獲物が飛び出したぞ! 其之壱
「ヒュー♪」
烏丸通りに出たところで、芹沢鴨が口笛を吹いた。
その視線の先、先を行く梅と芹沢らの間を、真桑瓜の入った竹籠を担いだ美しい娘が横切っていく。
「八百藤」の娘、あぐりだった。
「ありゃ、屯所へ行商に来とる八百屋の娘でっせ」
察しのいい佐伯又三郎が、間髪入れず芹沢に注進した。
この先には虎の見世物で賑わう因幡薬師があり、あぐりの叔父がその興行主であったから、差し入れでも持っていくつもりらしい。
「へえ。そいつは俺としたことが迂闊だったな。いい女じゃねえか」
芹沢はわざと梅に聞こえるような声で話に乗った。
「でしょう?永倉先生も懸想しておられるようで」
佐伯は下卑た笑みを浮かべて追従した。
「はは!あいつにしちゃ、いい趣味だ」
芹沢が笑うと、先を歩いていた梅が振り返り、二人を睨みつけた。
「仕事もようせんと、女の尻追い掛け回すやて、ええご身分どすなあ」
「こいつあ手厳しいや!」
どうやら芹沢は梅の嫉妬を誘って気を引く作戦らしい。
平間は飽きれて、おどける芹沢の肩を小突いた。
「おいおい、また悪い癖が出たんじゃないだろうな。まだ小娘だぞ?いつから趣味が変わった?」
「美しいもんを愛でるのは別に罪じゃない。だろ?」
「…熱でもあるんじゃないだろうな」
平間は気味悪そうに身体ごと、手を引っこめた。
「芹沢先生、なんなら、わたしが話しつけてきましょか?」
佐伯が芹沢に耳打ちする。
「ふうむ…」
芹沢は顎を撫でて考える風を装いながら、ニヤニヤと笑って見せる。
梅が引き返してきて、ツカツカと芹沢に歩み寄った。
パァン!
梅は芹沢の頬を思い切り平手で打った。
佐伯や平間たちは、口を開けたまま凍り付いたが、芹沢は相変わらずにニヤついている。
「おお、痛って!」
「ついて来んといて!」
滑稽なことに、なぜか平間重助だけが、その場を取り繕おうと慌てふためいた。
「そ、そ、そこに、飯屋がある。ちょいと喉を潤して行こう。な、みんな?ほら、お梅さん、芹沢さんも!」
このままでは不味いと思ったのか、珍しく気を回して皆を誘う。
「菱屋のお台所で、旦那さんが隠したはる吟醸酒でも煽ってたほうがマシどす」
精いっぱいの見栄を切って渋る梅を、平間は必死で説き伏せた。
「まあま、そう言わず!ほらそこ、開けろ」
野口に飯屋の入口を開けさせると、平間は梅の背中をグイグイ押して、店の中に押し込んだ。
それから、芹沢の袖を引き、
「いくらなんでも、お梅さんの前で他の女に色目使うとは無遠慮にもほどがあるぞ!」
と小声で叱りつけた。
「なんで、お前がアタフタしてんだよ」
芹沢が頬を摩りながら口を尖らせた。
実のところ、平間は、この悪女を絵に描いたような梅が嫌いではなかった。
それは何も変な下心あってのことではなく、彼女の心根とでも言うべき部分に、何処かしら憎めないものを見出していたからだ。
それは芹沢も同じのはずだった。
一刻(約2時間)ほどのち。
土佐浪人、土井鉄蔵こと岡田以蔵を探索するため、市中を見廻っていた永倉新八らも、烏丸通りを南下して因幡薬師に向っていた。
「ずいぶん遠回りするじゃねえかよ」
京の蒸し暑さに当てられた原田左之助が、両手をだらりと前に垂らしながら不平を漏らした。
永倉が、めずらしく真顔で原田を振り返る。
「やまと屋で近藤さんがチラッと言ってた姉小路の件が、どうにも引っかかってな」
藤堂平助は宙をみつめて、脳裏に地図を描いた。
たしか姉小路の屋敷は、禁裏(皇居)の東に隣接していたはずだ。
「それで、禁裏を廻ったんスか?」
「まあな。その公家屋敷と、土佐の吉村寅太郎が出入りしてるって四国屋を結んだら、たまたま帰りがこの道になっただけだ」
原田と同じく、汗だくの河合耆三郎がポンと手を打った。
「ナルホド、永倉先生はただ闇雲に歩いているようで、ちゃんと考えておられるのですねえ」
口にこそ出さないが、馬詰柳太郎も同じことを思っていたようで、二人は今日初めて助平な先輩浪士に尊敬の眼差しを送った。
永倉がそれに応えるように、じっとりと河合を睨み返した。
「おまえそれ、褒めてんの?」
丁度その頃。
結局、いつものように強かに飲んだ芹沢一行が、ようやく店から出てきた。
「ほな、うちは帰りますさかい」
店を出てからも、機嫌の直らない梅に、平間は必死でとりすがった。
「なあ、お梅さん、芹沢さんはああ見えて、あんたのことを大事に思ってるんだ」
「へえ。なんでもお見通しなんどすなあ、いっそ平間先生が芹沢先生と添い遂げはったらどないどす」
彼らは永倉たちより少し先を、やはり四条方面に進んでいる。
一行は、やがて西洞院通と高辻通が交差する辻に差し掛かった。
浴びるほど飲んだ芹沢は、一同から遅れてゆるゆると歩いていたが、周囲を見渡し、覚えがある景色に気が付いて眉間にしわを寄せた。
「ここは何時ぞやの見世物小屋の近くじゃねえか、まだやってんのかクソ面白くもねえ!」
見物帰りの客を威嚇するように毒づく芹沢を、梅は冷ややかに流し見た。
「そりゃあ、ケダモノなんぞ同類どすさかい珍しゅうもないどすやろ」
平間は、梅の皮肉にも耳をふさぎ、人の気も知らず好き勝手に振る舞う芹沢を恨めしげに一瞥した。
「…いや、だから、そうは見えんかもしれんが、付き合いの長い私には分かるんだ。あの人にはあんたみたいな人が必要なんだよ」
「し。少しお黙りやす」
梅が乱暴に平間の口を押さえた。
「あ、いや、その、腹立ちはごもっともだが…」
それでもモゴモゴと言い訳をやめない平間に、梅は顔を近づけ、声を潜めた。
「そやのうて。ほれ、あの男…」
煮売り酒屋の屋台で、酒を飲む二人組の浪人を指さす。
「あの男達がなにか?」
「背の低い方、昨日の浪人と似といやす」
「まちがいないか?」
「さあ、そない言われても、うちはっきりは見てへんさかい。そや、佐伯はんは見ましたやろ?」
二人の後ろにいた佐伯は目を眇め、梅の指の先にいる男をしばらくじっと見つめて、
「さあ?……でも、どうですかねえ」
と曖昧に答えた。
「頼りにならしまへんなあ」
「そやかて、ほら、あの時はあいつ、ケッタイな化粧をしてましたから!」




