表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
293/404

獲物が飛び出したぞ! 其之壱

「ヒュー♪」

烏丸通りに出たところで、芹沢鴨が口笛くちぶえを吹いた。

その視線の先、先を行く梅と芹沢らの間を、真桑瓜まくわうりの入った竹籠たけかごを担いだ美しい娘が横切っていく。

八百藤やおふじ」の娘、あぐりだった。

「ありゃ、屯所とんしょへ行商に来とる八百屋の娘でっせ」

察しのいい佐伯又三郎が、間髪かんぱつ入れず芹沢に注進ちゅうしんした。

この先には虎の見世物でにぎわう因幡薬師があり、あぐりの叔父おじがその興行主こうぎょうぬしであったから、差し入れでも持っていくつもりらしい。


「へえ。そいつは俺としたことが迂闊うかつだったな。いい女じゃねえか」

芹沢はわざと梅に聞こえるような声で話に乗った。

「でしょう?永倉先生も懸想けそうしておられるようで」

佐伯は下卑げびた笑みを浮かべて追従ついしょうした。

「はは!あいつにしちゃ、いい趣味しゅみだ」

芹沢が笑うと、先を歩いていた梅が振り返り、二人をにらみつけた。

「仕事もようせんと、女のしり追い掛け回すやて、ええご身分どすなあ」

「こいつあ手厳てきびしいや!」

どうやら芹沢は梅の嫉妬しっとを誘って気を引く作戦らしい。


平間はきれて、おどける芹沢の肩を小突こづいた。

「おいおい、また悪いクセが出たんじゃないだろうな。まだ小娘こむすめだぞ?いつから趣味しゅみが変わった?」

「美しいもんをでるのは別に罪じゃない。だろ?」

「…熱でもあるんじゃないだろうな」

平間は気味悪そうに身体ごと、手を引っこめた。


「芹沢先生、なんなら、わたしが話しつけてきましょか?」

佐伯が芹沢に耳打ちする。

「ふうむ…」

芹沢はあごでて考える風を装いながら、ニヤニヤと笑って見せる。


梅が引き返してきて、ツカツカと芹沢に歩み寄った。


パァン!


梅は芹沢のほおを思い切り平手ひらてで打った。

佐伯や平間たちは、口を開けたままこおり付いたが、芹沢は相変わらずにニヤついている。

「おお、痛って!」

「ついて来んといて!」


滑稽こっけいなことに、なぜか平間重助だけが、その場を取りつくろおうとあわてふためいた。

「そ、そ、そこに、飯屋メシやがある。ちょいとのどうるおして行こう。な、みんな?ほら、お梅さん、芹沢さんも!」

このままでは不味マズいと思ったのか、珍しく気を回してみなさそう。


菱屋ひしやのお台所だいどこで、旦那だんさんが隠したはる吟醸酒ぎんじょうしゅでもあおってたほうがマシどす」

精いっぱいの見栄みえを切ってしぶる梅を、平間は必死で説き伏せた。

「まあま、そう言わず!ほらそこ、開けろ」

野口に飯屋めしやの入口を開けさせると、平間は梅の背中をグイグイ押して、店の中に押し込んだ。

それから、芹沢のそでを引き、

「いくらなんでも、お梅さんの前で他の女に色目いろめ使うとは無遠慮ぶえんりょにもほどがあるぞ!」

と小声でしかりつけた。

「なんで、お前がアタフタしてんだよ」

芹沢がほおさすりながら口をとがらせた。


実のところ、平間は、この悪女あくじょを絵に描いたような梅が嫌いではなかった。

それは何も変な下心したごころあってのことではなく、彼女の心根こころねとでも言うべき部分に、何処どこかしら憎めないものを見出みいだしていたからだ。

それは芹沢も同じのはずだった。



一刻いっとき(約2時間)ほどのち。


土佐浪人、土井鉄蔵こと岡田以蔵を探索たんさくするため、市中を見廻っていた永倉新八らも、烏丸からすま通りを南下して因幡薬師いなばやくしに向っていた。

「ずいぶん遠回りするじゃねえかよ」

京のし暑さに当てられた原田左之助が、両手をだらりと前に垂らしながら不平を漏らした。

永倉が、めずらしく真顔まがおで原田を振り返る。

「やまと屋で近藤さんがチラッと言ってた姉小路の件が、どうにも引っかかってな」

藤堂平助はちゅうをみつめて、脳裏のうりに地図を描いた。

たしか姉小路の屋敷は、禁裏きんり(皇居)の東に隣接していたはずだ。

「それで、禁裏きんりまわったんスか?」

「まあな。その公家屋敷くげやしきと、土佐の吉村寅太郎が出入りしてるって四国屋を結んだら、たまたま帰りがこの道になっただけだ」

原田と同じく、汗だくの河合耆三郎がポンと手を打った。

「ナルホド、永倉先生はただ闇雲ヤミクモに歩いているようで、ちゃんと考えておられるのですねえ」

口にこそ出さないが、馬詰柳太郎も同じことを思っていたようで、二人は今日初めて助平スケベな先輩浪士に尊敬の眼差まなざしを送った。

永倉がそれに応えるように、じっとりと河合をにらみ返した。

「おまえそれ、めてんの?」



丁度その頃。

結局、いつものように(したた)かに飲んだ芹沢一行が、ようやく店から出てきた。

「ほな、うちは帰りますさかい」

店を出てからも、機嫌きげんの直らない梅に、平間は必死でとりすがった。

「なあ、お梅さん、芹沢さんはああ見えて、あんたのことを大事に思ってるんだ」

「へえ。なんでもお見通しなんどすなあ、いっそ平間先生が芹沢先生とげはったらどないどす」


彼らは永倉たちより少し先を、やはり四条方面に進んでいる。

一行は、やがて西洞院通にしのとういんどおりと高辻通が交差する辻に差し掛かった。


浴びるほど飲んだ芹沢は、一同から遅れてゆるゆると歩いていたが、周囲を見渡し、おぼえがある景色に気が付いて眉間(みけん)にしわを寄せた。

「ここは何時いつぞやの見世物小屋みせものごやの近くじゃねえか、まだやってんのかクソ面白くもねえ!」


見物帰りの客を威嚇(いかく)するように毒づく芹沢を、梅は冷ややかに流し見た。

「そりゃあ、ケダモノなんぞ同類どすさかいめずらしゅうもないどすやろ」

平間は、梅の皮肉にも耳をふさぎ、人の気も知らず好き勝手に振る舞う芹沢をうらめしげに一瞥いちべつした。

「…いや、だから、そうは見えんかもしれんが、付き合いの長い私には分かるんだ。あの人にはあんたみたいな人が必要なんだよ」

「し。少しお黙りやす」

梅が乱暴に平間の口を押さえた。

「あ、いや、その、腹立はらだちはごもっともだが…」

それでもモゴモゴと言い訳をやめない平間に、梅は顔を近づけ、声をひそめた。

「そやのうて。ほれ、あの男…」

煮売にうり酒屋の屋台で、酒を飲む二人組の浪人を指さす。

「あの男達がなにか?」

「背の低い方、昨日の浪人と似といやす」

「まちがいないか?」

「さあ、そない言われても、うちはっきりは見てへんさかい。そや、佐伯はんは見ましたやろ?」

二人の後ろにいた佐伯は目を(すが)め、梅の指の先にいる男をしばらくじっと見つめて、

「さあ?……でも、どうですかねえ」

曖昧あいまいに答えた。

たよりにならしまへんなあ」

「そやかて、ほら、あの時はあいつ、ケッタイな化粧けしょうをしてましたから!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ