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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
上洛之章
29/404

回天の野望 其之壱

入京して最初の夜。

浪士たちが、続々と新徳寺に集ってくる。


「いやあ、壮観そうかんだねえ。こうして一堂いちどうかいするのは伝通院以来(いらい)じゃないか?」


井上源三郎が、本堂の入口に殺到さっとうする人のれを見て、感慨にひたるようにあごでた。

試衛館の面々が、そのあとに続いてようやく中に入ると、さほど広くもない本堂(ほんどう)には、二百以上もの人間がひしめきあい、ギュウギュウ詰めの状態だった。


正面には、すでに幹部たちがズラリと居並いならんでいる。

みな、それぞれの思惑おもわくもあってか、緊張した面持ちだ。


ここで一応、その主な顔ぶれを紹介しておくと、


まず、組織のトップ、「浪士取扱ろうしとりあつかい」の鵜殿鳩翁(うどのきゅうおう)

過去には徳川幕府の目付(めつけ)という重職にあり、嘉永七年(1854年)には、あのM.(マシュー)ペリーと実際に顔を合わせたこともある人物である。


続いて、次席じせきの「取締役(とりしまりやく)」、山岡鉄太郎と松岡万。

実質的に浪士組を取り仕切る、若き幕臣ばくしんたちである。

しかし実のところ、彼らは清河が主催しゅさいする「虎尾(こび)の会」創設メンバーに名を連ねており、

つまり、浪士組首脳陣しゅのうじんの中に紛れ込んだ、清河の同調者だった。

ちなみに山岡鉄太郎とは、後年こうねん、無刀流の創始者となる剣豪けんごう、山岡鉄舟(てっしゅう)のことである。


そして「取締並出役(とりしまりなみしゅつやく)」佐々木只三郎。

彼は、この翌年「京都見廻組きょうとみまわりぐみ」が結成された際に与頭(くみがしら)き、以降、新選組とともに京の治安を守ることになる。


彼らを含め、10人ほどの幹部は全て幕臣でめられている。


「せっかく無事ぶじ京に着いたってえのに、幹部連中のご機嫌は心なしかうるわしくなさげじゃねえか」

カンの鋭い原田左之助が、勢揃せいぞろいした重鎮(じゅうちん)たちの表情を見渡して意地悪く笑った。

近藤勇が、フンと鼻を鳴らす。

旗本はたもとなんてなあ、大概たいがい不機嫌なつらをしてるもんさ」


もちろん、彼らの顔色かおいろえないのには理由がある。

この召集しょうしゅうは、清河八郎の発案によるものなのだ。



「なあに、ちょっとハッパをかけてやろうと思いましてね」

清河が言い出したとき、それを鵜呑うのみにする幹部もいなかったが、

なにぶん彼の腹心、山岡と松岡が取締役についているので、安易あんいに異を唱えることもできない。

わせ者の清河が、これから何を言いだすのか、彼らは戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。


対して、すし詰めにされた二百数十名の浪士たちも多士済々(たしさいさい)である。

こちらも目立った人物を見渡しておこう。


浪士組のなかで一大派閥をほこる庄内の豪農ごうのう、根岸友山は、

威勢いせいを張るように、みずからの私塾しじゅく三餘堂さんよどう」と道場「振武所しんぶかん」の門徒もんとをはべらせ、その中央に鎮座(ちんざ)している。


甲州勝沼の侠客きょうかく、つまりヤクザの祐天仙之助も、四十人ばかりの子分を従え、牢名主(ろうなぬし)よろしくふんぞり返っていた。


さらには清河の「虎尾こびの会」のメンバーから参加した、池田徳太郎、村上俊五郎、石坂周造、桜山五郎らの顔も見える。


そしてもちろん、芹沢鴨率いる水戸一派、そして中沢良之助などが、浪士の群れの中にいた。


みな長旅を終えて、やっと一息ついたところを呼び出されたため、なにごとかとささやきあっている。



清河八郎は、そのざわめく本堂へ、最後に悠然ゆうぜんと姿を現した。

彼なりの演出をねらったものか、必要以上にゆっくり中央に進み出ると、わざとらしく咳払せきばらいを一つ入れる。

「ええ、よろしいか、みなさん。少しお静かに願おう」

その一言ひとことで、本堂はうそのように静まり返った。


「こうして集まって頂いたのは他でもない。

このたび、われわれ浪士組がはるばる上洛した目的について、

あらためて、その意義(いぎ)をお伝えし、結束けっそくを固めんがためである」


土方歳三が、近藤に耳打ちした。

「は、結束だってよ。そんなもんあったっけ?」

近藤はジロリとその顔を横目でにらんだきり、応えない。

土方にはそれが不満だったらしく、近藤をへだてて座っていた山南敬介の顔をのぞきこみ、お道化てみせた。

「黙って聴けとさ」


清河の声は、さほど大きくないが、不思議とよく通った。

「われわれは、不逞ふていやから跋扈ばっこする都をやすんじ、

つつがなく大樹公たいじゅこう(徳川家茂)をお(むか)えせんがために、こうして上洛(じょうらく)を果たした。

ここにいる者はみな、ご交誼こうぎの呼びかけに応じ、その為に万難(ばんなん)(はい)して(つど)った義士ぎしである!」


彼は手振てぶりをまじえて、滔々(とうとう)と語り続ける。


「しかし、思い起こして頂きたい。

このお役目のしんに意味するところは何か。

そもそも大樹公が、遠路この京洛きょうらくへ入られるのは、

孝明帝こうめいていに『攘夷じょうい』の実行を約束するためである!

言うまでもなく『攘夷』はみかど悲願ひがんであり、

今や、わが日本ひのもと国体(こくたい)まもるための唯一の手段である」


「よくしたの回る野郎だな」

原田左之助は、妙なところに感心していた。

そのとなりで藤堂平助が舌打ちした。

「ちぇ、へ理屈コネやがって」

一通りの学問をかじっている彼にとって、清河の言葉は小賢こざかしく聴こえるらしい。


しかし、幹部たちの怒りはそれどころではなかった。

自分たちの目の前で、一介いっかいの浪士が、幕府肝煎(きもい)りの組織の目的を、都合よくすり替えようとしているのだ。



この茶番ちゃばんじみた大演説が行われている本堂の外で、

き出し窓の下に腰かけた中沢琴が聞き耳を立てていた。

「大津で言ってたのは、このこと…」


「まあったく、食えねえ野郎だな?」

「!!」

突然耳元で声がして、思わず大声が漏れそうになるのを、琴はギリギリでこらえた。

振り向けば、四つんいになった永倉新八の顔が目の前にあった。


「いやあ、ちっとばかし遅刻しちゃってさあ」

口元に人差し指を立て、小声で言い訳する永倉に、琴も声をひそめて詰め寄った。

「永倉さん、どうして…?」

「どうしてって、あんたの貞操ていそう危機ききさらされてるってえから、八方はっぽうさがまわってたんじゃねえかよう」

「なにそれ?」

「どうやら無事そうで、ひと安心だぜ」

永倉はわざとらしくひたいの汗をぬぐうふりをした。



本堂の中では、ついに清河八郎が野望の一端(いったん)垣間見かいまみせた。

「そして、思い出していただきたい。

われわれ浪士一同は、元来、幕府の(ろく)()むものではない。

つまり、浪士組結成の第一義だいいちぎは、単に大樹公の露払(つゆはら)いにあらず!

すなわち!

われらの果たすべき最終的な責務せきむは、

あくまで卑劣ひれつ西洋列強せいようれっきょうを打ち払うため、

身命しんめいを投げ打つことにある!

加えて言うならば、

みかどの悲願を、われわれの手で成就(じょうじゅ)することこそが、

ひいては大樹公の恩義おんぎむくいることにもなるだろう。

もし、この天意てんいはばむ者があらば、

それが何人(なんぴと)であれ、

われわれは、容赦ようしゃなくその罪を糾弾(きゅうだん)し、

かの者を(ちゅう)さねばならない!」


それを聞いた幹部たち、鵜殿鳩翁うどのきゅうおう、佐々木只三郎などは思わず腰を浮かした。

彼ら旗本は、ここにいる浪士たちとは違い、多少なりとも国際情勢に通じている。

すでに通商条約が締結ていけつされた今、朝廷の希望に沿ってその条約をたがえることは、圧倒的な戦力差のある列強諸国と一斉いっせい戦火せんかを交えることを意味した。

それがもはや現実的でないことは自明である。


穿うがった見方をすれば、このまま外交の膠着こうちゃくを引き延ばそうとすれば、徳川将軍家も「攘夷じょうい(はば)む者」のそしりをまぬがれない、と暗に名指ししたも同然であり、

他ならぬ清河ならば、そこまで先を見越みこしているに違いなかった。


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