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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
289/404

HUSH-HUSH Pt.3

「おいおい、こいつは部外者…」

土方が食い下がるのを、近藤は手で制した。

「いいんだ、トシ。それに、お前たち、お琴さんに間者かんじゃ真似事まねごとをさせてるんだろ?なら、彼女こそ知っておいた方がいい」


土方と山南は、三人の密約みつやくを近藤に見透かされていたことに驚いた。

しかし、勘のいい近藤は、大仏餅だいぶつもち屋の一件で、おおよそ察しが付いていたようだ。


「で、その小笠原様だが、大樹公たいじゅこう拝謁はいえつの後、内々で姉小路卿との会談が設けられているというんだ。そのことが、禁裏きんりや城内でも様々な憶測おくそくを呼んでいる」


「姉小路卿は、今や朝廷内でも重きをす存在です。天子様への申し開きが目的であれば、それ自体、別に不思議はないでしょう」

山南の問いに、近藤は二本の指を突き出した。

「卿の変節へんせつを疑う根拠は二つ。その会談が余人よじんを交えず秘密裏ひみつりに行われるらしい事。もう一つは、密談の相手である小笠原様が、建前たてまえに反して江戸から一軍を率いて京にのぼる途上にあるってことだ」


穿うがちすぎじゃないの」

ほとんど無意識に琴が口にした疑念を、近藤は即座に打ち消した。

五隻ごせきの軍艦に千五百人を超える旗本はたもと御家人ごけにん大所帯おおじょたいせて来ると聞いてもそう言えるか?」


老中と言っても、この時の小笠原長行おがさわらながみちは、まだまだ血気盛けっきさかんな41歳である。

かつて松平春嶽まつだいらしゅんがく政事総裁職せいじそうさいしょく時代に設立した洋式軍隊を率い、

幕府の軍艦、蟠龍ばんりゅう朝陽ちょうよう鯉魚門らいもんの3せきに加え、イギリスから借り入れた汽船エルギン号、ラージャー号を含む船団で、海路、天保山へ乗り込もうとしていた。

その数、歩兵1200、砲兵100、騎兵150、外国御用出役がいこくごようでやく(臨時部隊)150。

総勢千六百名にのぼ軍容ぐんようである。


ちなみに、この小笠原長行おがさわらながみちには懐刀ふところがたなと呼ばれる切れ者の参謀さんぼうがいた。

名を大野右仲おおのうちゅうといい、近藤、山南、土方らとほぼ同世代の若者である。

この上洛は現実的な策ではないと主君長行をいさめ、わざわざ賊名ぞくめいを着せられて死にに行くようなものだと、ほとんどケンカ腰で反対したが聞き届けられず、

彼自身は、その後病魔に倒れて同行すらかなわなかった。

こののち流転るてんする運命に導かれて、彼も最末期さいまっきの新選組に加盟することになる。

そこで、土方歳三を補佐するNo2として大きな活躍を見せるのだが、それはまだずっと先の話である。


「それが本当だとしたら、姉小路はこっちに寝返ったってことか」

土方は山南と申し合わせたように琴の顔を見た。

琴は両手を上げて、二人に降参のポーズをとってみせる。

「買いかぶらないで。そんなこと私は何も知らないし、聞いてもない。けど、そこまでやるってことは、その老中ろうじゅう、姉小路と示し合わせたうえで、洛内らくないの反対勢力を一掃いっそうして、大樹公たいじゅこうを連れ帰る気じゃないの」

一方では、吉村寅太郎、藤本鉄石一派が、みかどかついで攘夷親政じょういしんせいなどという暴挙を企てているというのに、今、将軍が京を離れるなど、まったく冗談ではなかった。


近藤勇は、そこまで政情せいじょうに通じてはいなかったが、勿論もちろん、事の深刻さを理解している。

「江戸城の連中が意図いとするところなどはかすべもないが…そういう解釈をする奴が敵の中にいてもおかしくないだろうな」

山南は世の中に絶望したように両手を拡げた。

「バカバカしい。ほんとにその気なら、いくらなんでも1000人やそこらの兵じゃ無理だ。長州兵だけでも、いったいこの京にどれだけいると思ってるんです。そうなったとき、薩摩だって必ず此方こちらにつくなんて保証はないんですよ」

だが琴は、むしろ山南の俯瞰ふかんした物の見方の方に苛立いらだちを覚えた。

「なにを他人事ひとごとみたいに!そうなったら、会津やあなた方浪士組も、幕府方ばくふがた頭数あたまかずに入るのよ」


もっとも、浪士組が剣を振るう場所を欲する土方歳三にとって、それは歓迎すべき事態だった。

「ハ、嬉しいねえ。期待していいのかよ?近藤先生」

「わからん。どれもただの推測すいそくにすぎん」


山南は人差し指であごでた。

それは、彼が何かを考える時のクセだった。

不味まずいですよ。うわさ真偽しんぎはともかく、そのような話が我々にまでれ聞こえてくることこそ問題です。噂はすでに長州や薩摩の密偵みっていから、諸藩しょはん攘夷激派じょういげきはの耳に入っていると見て、まず間違いないしょう」

土方が返事の代わりに鼻を鳴らした。

「フン、相変わらず、お上もわきの甘いこって。さもなくば、以前、薩摩の御隠居ごいんきょ(島津久光)が使ったハッタリの意趣返いしゅがえし…て線もあり得るがな」

山南はその言葉にハッとした。

「つまり、彼らは意図的にうわさを流している?」

「さあね。それを考えてもしょうがないだろ。どちらにせよ、一波乱ひとはらんありそうだぜ」

胸に期するものがこみ上げてくるように、土方は不敵な笑みを漏らした。


「まったく、男ってバカばっかり」

それが琴の結論だった。


やがて、山南敬介の予感は的中し、またしても京に陰惨いんさんな悲劇が起きる。



一方。

「アレ?方向が違うのでは?」

永倉の後ろを歩いていた河合耆三郎かわいきさぶろうが、堀川に出たところで南を指さしてたずねた。


先を行く永倉は歩みを止めない。

「気が変わった。伏見はヤメだ。禁裏きんりを廻って、左之助の言ってた四国屋まで南に下って、そうだな、それから因幡薬師いなばやくしで例のトラでも見てから帰るか。まだやってるかなあ?」

「あぐりちゃんが、もうじき終わるから、今日叔父さんのとこに顔出すつもりだって言ってたよ」

藤堂が答えた。

「でも、なんでですか?」

河合が首をかしげる。


「っせーな。見世物みせもの小屋のそばには屋台が出るからだよ!それにあぐりちゃんがいるなら、俺が行けば喜ぶだろ!」


河合と柳太郎は顔を見合わせてため息をついた。


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