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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
286/404

浅き夏 其之弐

永倉は胡坐あぐらをかいていた足を引き寄せ、井上、藤堂、原田らを責めるように見渡した。

「ほ~ら見ろ!ほ~ら見ろ!な?な?お前らがモタモタしてっから!クソ~、あいつら、けしやがって!で、なに?おマサさん、みんな行っちゃったの?」

マサはメンバーを思い出しながら、指を折った。

「あと、安藤はんどっしゃろ?…それから、松っちゃんとその子分」

「松ちゃん?」

秀二郎が母の説明を補足した。

「ほら、あの愛想アイソのええ、坊主頭の松原さんですよ。それから柳田さんと菅野さん」


余談だが、まっちゃんこと新入隊士の松原忠司は、あっという間に壬生に馴染なじんでしまった。

無知で、粗野そやで、ガサツながら、妙に愛嬌あいきょうがあり、要らぬお節介せっかいが得意な彼は、不思議と村人に人気があった。


「えー!オレ、そっちの組の方が良かったなあ」

藤堂が残念そうに身をよじると、

原田がお話にならないといった風に手を振った。

「あーダメダメ。あんなぬるま湯にかってる連中とツルんでちゃ、金輪際こんりんざい不逞浪士ふていろうしの首なんざ獲れねえぞ。子をエラコトチチくはし、てな。父のごとくキミタチを知るこの俺さまが、手柄てがらみちびいてやっから!」


藤堂が柳太郎に軽く肘鉄ひじてつを入れた。

原田さん(アレ)の言うことはともかくさ、親父オヤジに一生を支配されるなんてクッダらねえぞ?なにをおそれてんのか知らないが、なんなら、さっさと縁を切っちまえよ」

柳太郎は木太刀きだちを地面について、弱り果てた様子で小尻こじりに身体を預けた。

「でも…無理です。出来ないですよ」

藤堂は腕を組んで、そんな柳太郎をあわれむように眺めた。

そして、何か助言しようとしたが、

「平助さんはどうなん?お父上とうてんの?」

ゆうの言葉にさえぎられて、眉をしかめた。

「なにそれ、どういうこと?」

「今、京に来たはるんやろ?」

「なんだよ、おゆうちゃんまで、あんなうわさ本気にしてんの?」

「ウソがヘタやな。言いたないならええけど、さっきのアレ、自分の話やろ?」

藤堂は首の後ろをボリボリといた。

彼には、伊勢津藩主藤堂高猷(とうどうたかゆき)落胤らくいんだという出生のうわさが絶えずつきまとった。

今回、徳川家茂(いえもち)が上洛して二条城を仮の住まいと定めるにあたり、その二条城守衛の役目を任されたのが、くだんの大名、高猷たかゆきである。

「よせよ。聞いた話じゃ、俺は湯島(あた)りの旗本の妾腹めかけばらだってことだ。だいたい、伊勢の殿様とのさま何処どこで何してようが知るかよ。いったい、そりゃ誰から仕入れたネタさ」

「ま、町のうわさや。ご先祖の藤堂高虎とうどうたかとら公が作ったお城に、その末裔まつえい高猷たかゆき公が入られるんやさかい…」


すると、ついに永倉新八がすっくと立ち上がった。

「だあ!!テメーらナニのんびり世間話せけんばなしカマしてんだ!立ちませい!!あいつらにさき越されてもいいのか!」

ひざに乗っていた子猫は驚いて、庭に飛び出していった。

「立ってないのは、あんたと原田さんだけッスよ」

いつまでっても上達しない馬詰に手を焼いていた藤堂は、見回りに乗り気だった。


永倉が皆を追い立てると、原田が気乗りしない顔でようやく立ち上がった。

「や~れやれと…」

「で?手始めにどっからさがします?」

藤堂が腰に刀を差しながらたずねると、原田がその襟首えりくびを引き寄せた。

「…バカおまえ、そりゃ、日陰伝ひかげづたいに行けるとこまで行くんだよ」

「…そりゃあんた、テキトー過ぎんだろ」

「犬も歩けばぼうに当たるってなあ。こないだの吉村って土佐野郎も取り逃がしちまったから、差し当たりガサ入れの目星めぼしもつかねえしよ。こういう時は運を天に任せた方が上手うまくいくんだよ」



「ほんま、手抜きの言い訳だけは、べんが立つんやなあ…」

秀二郎はなかば感心しながら原田たちの後姿うしろすがたを見送り、

彼らが出て行って静かになると、井上に向き直った。

「そういえば、どうなんです?」

「いや、なかなかすじがいいよ。柳太郎に教えてやってほしいくらいだ」

井上は留守番らしく、相変わらず素振りを続けている。

「そやのうて、お仕事の方です」

「何が?」

井上は怪訝けげんな顔をした。

「将軍様はこないだ、摂海せっかいの沿岸警備を視察しさつされはったんでしょ?うわさでは、うるさがたのお公家くげさんも同船されはったとか。皆さんが大坂から帰って、もうしばらく経ちますし、そろそろなんぞお沙汰さたがあってもええんとちゃいますか」

「モタついとったら、そろそろ姉小路あたりがキーキー言うてきそうやもんな」

ゆう簾戸すど鴨居かもいみぞめながら意地悪な口をはさんだ。

「これ、あんたら!御公務ごこうむに口出しはあきまへん」

マサが二人をとがめた。

「これまでの経緯いきさつを考えたら、さもありなんだが、今んとこ、なんも言ってこないねえ。もっとも、沙汰のあったとしても、あたしの口から言えないよ」

井上は庭の片隅に咲くカスミソウを眺めながら、いつものようにニコニコ笑って受け流した。

「ふうん」

ゆうは興味なさそうに相槌あいづちをうつと、最後の一枚をめて、ほこりを払うように手をパンパンと打った。

「奥さん、ほんならうち、上がらせてもらいますね」

「おおきに。おつかれさん。いっつも悪いなあ」

マサゆうにうなずいてみせた。

「そんな。好きでやってるんやから。こちらこそ勝手言うてすみません」

言うが早いか、勝手の方に歩き出している。


「おや、今日は早いね」

井上はチラとゆうに視線をやって、マサに尋ねた。

「ええ。なんや、家の用事とかで」

秀二郎もクロを抱き上げながらマサに向き直った。

「そういえば、おゆうちゃん、どっから通ってるんでしたっけ?」

「聞いたことおへんなあ」



ところが。


「さあて、ぼちぼち狩りをはじめるとすっか」


離れにいた数名の隊士に声をかけて、

今まさに八木家の門を出ようとしていた永倉新八が、その会話を耳にはさんで戻ってきた。


「え~?なになに?おゆうちゃん、どこ行くの?」

「総司と逢引あいびきか?」

「いいな~、うらやましいなあ」

原田と藤堂も調子に乗って冷やかした。


「あんたら、まだったんかー!そんなんちゃうわボケー!!早よ出てけえええええ!!!」


ゆうはあっという間に永倉たちを叩き出し、

めずらしく晴れた空を見上げて、まぶしそうに眼を細めた。

「はぁ、またあつうなってきたなあ…」


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