表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
284/404

デカダンスの夢想 其之肆

おそらく、この状況全体を俯瞰ふかんした視点で捉えている唯一の人物、安藤早太郎は、他の隊士たちのフォローも怠らなかった。

「しかしアレですな、尾形さんの冷静な判断力と、奥沢さんの勇敢ゆうかんさも、実に見事でしたよ」

それは、土方歳三に対して、彼らの心証しんしょうを少しでも良くしてやろうというパフォーマンスだが、沖田もそれを察して調子を合わせた。

「ええ、そうですよ。彼らだってかなり善戦ぜんせんしたんですから」


尾形俊太郎は、小さく会釈えしゃくした。

「それはどうも」

しかし、安藤の神技かみわざを目の当たりにした奥沢栄助は、そのめ言葉に感極かんきわまっていた。

「かたじけなく存じます!今後もご期待に添えるよう精進しょうじん致しますので、何なりとお申しつけください!尽忠報国じゅんちゅうほうこくのため、尊王攘夷そんのうじょういのため、あらゆる労苦をいといません」

安藤は少々ウンザリした顔で、奥沢の胸先に人差し指を突きつけた。

「んじゃまあ、一つ忠告してやろうか」

奥沢は、目を輝かせて次の言葉を待った。

「いい大人が、言われたことなら何でもやるなんて安っぽい台詞せりふを吐くもんじゃないよバカ!ちっとは八木さんの秀二郎殿を見習いな」


八木秀二郎は、突然引き合いに出されて少々狼狽うろたえた。

「わ、え?私ですか?」


「自らを灯明とうみょうとし、自らを頼りとして、他を頼りとせず、法を灯明とうきょうとし、法を頼りとし、他のものをり所とせずにあれ、ってさ。釈尊しゃくそんの教えだよ。よーするに、自分の頭で考えろってこった」


安藤がガラにもなく仏法ぶっぽうを説くと、谷老人は痛く感服した。

「うんうん。なかなか言えることじゃないねえ」

それを聞いて、八木秀二郎は、ようやくいつものニヒリズムを取り戻した。

生臭坊主なまぐさぼうずが、知った風な口を利いとるだけでしょ」

「いやいや、わたしの見るところ、彼の言葉には経験に裏打ちされた深みがあるよ。つまりさあ、彼に認められた君は、胸を張っていいってことだ」

谷老人は、庭先に咲くクチナシの香りを吸い込みながら、自分の言葉に酔いしれるようにうっとりと目を閉じた。

「…谷さん、まさかボケとるんやないでしょうね?」

秀二郎は照れ隠しに毒を吐きながら、事に当たって自分は恥ずかしくない行いが出来たのだろうかと自問した。



土方歳三は、隊士たちのとりとめのない言い訳に、とうとう業を煮やした。

「もういい!お前たちの気色悪きしょくわりめ合いなんぞ聞くにえん!だが、いいか?今日は、たまたま近藤さんが留守でよかったが、次はないと思え。あの土井って野郎を、必ず引っ張ってこい」

そう吐き捨てると、山南敬介に目配めくばせした。


それを合図に、山南は中沢琴の腕をつかみ、道場の脇に引っ張ってゆく。

「来るんだ!」

「え?ちょっと!」


奥沢栄助は、その声でようやく謎の女性の存在を思い出した。

「そういえば、いったい、あの女の人は…?」

奥沢の疑問はもっともだった。

彼女はどこの誰で、あの剣技は何という流派なのか。

あれほどの剣客など、武士だらけの江戸でも見たことがない。

「ああ、言いたいことは分かる。けど、彼女は部外者だから、このことは此処ここだけの秘密にしてほしいんだ」

「そ、そうなんですか?!けど、あれは…」

沖田はそれをさえぎり、有無を言わせない調子でさらに念を押した。

「いいね?奥沢さん。山野さん、それから安藤さんも」

安藤は軽い調子で応じた。

「ああ、いいとも」

もっとも彼は、大坂の八軒家で、琴の腕前のほどは十分すぎるほど知っている。



一方、道場の脇では、

山南がその手を離すと同時に、土方が琴に詰め寄った。

土井あいつは、何しに来たんだ?ここに用あって来たのか、それともあんたにか?」

さらに山南が畳みかける。

「だとすれば、なんで貴方あなたが都合よく此処ここに居合わせたんです?」

琴は、肩をすくめた。

「いきなり質問責しうもんぜめね?どうせバレちゃうから白状するけど、花君太夫が教えてくれたの。昨日の夜、土佐の土井って男が、浪士組と私の関係をぎまわってたって」

「なんで?俺たちの関係がもうバレたってことか?」

土方の言い回しが引っかかったのか、山南は渋い顔をする。

琴は開き直った。

「それが分からないから、気になって来てみたんじゃない」

「で?」

土方は、さらにその先をせっついた。

「で?そうね、用があったのは私」

「それじゃ説明になっていない!」

山南も、厳しく問い詰める。

土方はあやふやな答えに終始する琴に疑いを深めた。

「お前、俺たちに何か隠してるな」

顔をのぞき込まれて、琴は目を逸らした。

「あなた達には関係ない…今のところ、まだね」

「どういう意味だ?気になる言い方をするじゃねえか」

「その通りの意味よ。だから、土井を逃がしたのも私。この件で、また誰かに責めを負わせるなんて真似まねは、しないでちょうだい」

琴は、硬いからに覆われたように、それ以上の質問をこばんだ。

「だがな、往来おうらいで刀を振り回したあんたを捕まえることなら出来るんだぜ?」

琴は挑みかかるように土方をにらみ返した。

「やってみれば?」

「お琴さん!」

山南は、琴を怒鳴どなりつけた。


土方は大きく深呼吸してから、以蔵が落として行った鼈甲べっこうかんざしを拾い上げ、さりげなく琴の手に握らせた。

「山南さん、今日はこれくらいにしよう。こいつの言う通りなら、これはケンカみてえなもんだ。会津の下で、私闘しとうなど許されるべくもない。これからは何をするにつけ、嫌でも政治ってもんがついて回るし、バラガキの時代もそろそろ終わりにしねえとな」

隊士達の目を気にしたのか、それとも、これ以上琴の態度を硬化させても得がないと踏んだのか、土方はあえてそれ以上追求しなかった。

山南も、周囲の雰囲気を察して一旦は引いたものの、決して納得した訳ではなかった。

「とは言え、あの浪人を、そのままにしておくつもりなどないでしょう?荒らされたのは、我々の屯所とんしょです。お琴さんには知っていることを話してもらわねば。明日、裏の水茶屋でもう一度集まりましょう」


そこへ。

最年長の副長助勤、井上源三郎がやってきて大騒ぎを始めた。

「あ~あ~、まったくなんてザマだ?ええ?この柱、いったい一本いくらすると思ってんだい?!」

井上は、あちこちに残る刀傷を叩きながら、無残な道場の骨組みを検分していき、

めずらしくカンカンになって副長たちに詰め寄った。

「土方先生、山南先生!いったい、こりゃあなんの騒動だい!!あ!あーっ!これも!」

以蔵の残した刀の物打ち(刀身の先の方)が、柱の芯に届くほど斜めに深く入っている。

山南は土方の陰に隠れて、矢面に立たされた土方は、うるさそうに手を払った。

「それは、浪士組うちのヤツらがやったわけじゃないってば」


「うわっ!なんだこれ!こっちにも弓矢が刺さってるじゃないか!これは?これは安藤のだろ?なあ!そうだな?!」

「あ~、いやその…どうでしたか…」

安藤はシドロモドロになって、他の隊士たちも井上の剣幕けんまくに恐れをなし、ソロソロと距離をとる。


とうとう土方が、皆を代表して太々(ふてぶて)しく頭を下げた。

「はいはい、悪かったよ!ごめんなさい!」

「あたしが言ってるのはねえ、お金のことだけじゃないんだ!また工事が遅れるんだぞ!!え!?」


琴は、このドサクサに紛れて逃げようと企んだ。

「じゃあ、いくわね」

しかし、その腕を土方ががっちりとつかむ。

「おい、島原でおまえの正体がバレてないなら、あの契約はまだ生きてる。忘れんなよ?」

「はいはい」

二人のやり取りを、山南は複雑な表情で眺めていた。




ケガをした新入隊士、大松系斎だいまつけいさいのその後についても、少し触れておこう。

山野八十八が身をていしてかばい、石井秩いしいいちがすばやい救命処置を行った甲斐かいあって、彼は五体満足で一命を拾い、ケガの治るまでの間、しばらくは浪士組に籍を置いていたが、隊務に復帰することは、ついにかなわなかった。


つまるところ、こうした危険と常に隣り合わせにあることが、彼ら浪士組の日常だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ