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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
281/404

デカダンスの夢想 其之壱

壬生村、八木家。

母屋おもやの玄関脇の部屋に寝かされていた山野八十八の耳に、甲高かんだかい金属音が届いた。


「今のは、何の音です?」

山野が、反射的に半身はんみを起こす。

それは、まるで剣戟けんげきの響きだった。

「さあ?」

仏頂面ぶっちょうづらをした菱屋ひしやの梅が、不機嫌に答え、山野の頭を乱暴に枕へ押しつけた。

部屋には二人きりである。

男所帯の浪士組に、なぜこんな美人がいるんだろう。

山野はこぶしの傷みに朦朧もうろうとしながら、そんなことをぼんやり考えていた。


しかし。

「ほらまた!女の悲鳴が…」

それはやまと屋の加禰カネの声だった。

再び起き上がろうとする山野を、梅が怒鳴りつけた。

「じっとしとき!ほんま!あんたらおサムライときたら、血のおおおすなあ!そんな体たらくで出てったかて、せいぜい一合いちごうで斬られるのがオチどす」

山野の腕に、包帯の要領で木綿の端切はぎれをグルグル巻きにしながら、梅はうらみ言をつづけた。

手当てあてを押し付けられたうちの身ぃにもなっとくれやす!このうえ死体の始末までは、堪忍かんにんえ」


この少し前。

岡田以蔵にこぶしの骨をくだかれた山野は、境内けいだい考試こうしを行っていた浪士組の元へ運ばれた。

「誰か、屯所とんしょへ連れて行って介抱かいほうしてやれ」

副長土方歳三が指示すると、たまたま居合わせた芹沢鴨が愉快ゆかいそうに笑って、

「ホレ、おまえさんのお気に入りがヤラレちゃったってよ?行って面倒めんどう見てやんな」

と梅の背中を押したのだった。


契約外の業務を押し付けられて、憤懣ふんまんやる方ない梅の気持ちを知ってか知らずか、

「…やっぱり気になりますよ。行かなきゃ」

山野はフラつきながら立ち上がった。

「お待ちやす!あんたは見も知らん女のために、命を賭けはるんか?あんたらの命は会津さんに預けたんやおへんの?」

本来、部外者であるはずの梅にしては、真っ当な問いかけだった。

彼女は値踏ねぶみするような目で山野を見つめながら、その答えを待った。

「…命だなんて、そんな大袈裟おおげさな…ええ、でも行きます」

申し訳なさそうに頭をかく山野に、梅は降参する様にちいさくかぶりを振った。

「はぁ…ほんなら、お好きにしやす。毒を食らわば皿まで。これもえんどすさかい、骨くらいはひろうたげます」

「ハハ、かたじけない。なるべく死なずに帰ってきますよ」

出ていく山野の背を見ながら、梅は床に手をついてひざをくずした。

「…アホくさ、やっとれんわ」




人斬り以蔵が抜刀ばっとうした刹那せつな

彼を取り巻いていた尾形俊太郎、奥沢栄助、大松系斎、中沢琴の四人は、四方に飛び退いた。


しかし、以蔵は迷うことなく、まっすぐ琴に襲い掛かった。


丸腰まるごしの相手に斬りかかるわけ?」

琴は刀を持っていない。


「女同士やき、カタいこと言いなや!」

まるで出来損できそこないの女郎のような扮装をした以蔵は、多くの要人ようじんの血を吸った剣を、容赦ようしゃなく振るった。


もっとも、琴も、他愛たあいのない会話で時間をかせぎ、

後退しながら、離れと母屋おもやの間にある道場へと敵を誘い込むつもりだ。


「うわあ!なんやなんや!」

仕事をしていた大工たちが、一目散いちもくさんに逃げだした。

あろうことか、女装した男が、殺気さっき立った目で刀を振り回しながら近づいてくるのだ。


琴は道場に駆け込み、置いてあった大工道具を見つけると、

ヤットコをつかんで、以蔵が袈裟懸けさがけに振り下ろした刀をはじいた。

山野が聴いたのは、この音だった。


「たま~るか!わしの剣をここまでワヤにしたがは、おまんが初めてじゃ!!」


建設中の道場は、入口の土間どまも含めれば、およそ五十畳に近い広さがあったが、まだ柱がき出しで壁も床もない。


琴は、間仕切まじきりの柱を上手く利用して、以蔵の動きを封じた。

「あ~もう!イライラするちや」

れた以蔵は、道場の前で、やまと屋の加禰カネをかばうようにおおいかぶさっている八木秀二郎に目をめた。

そして、秀二郎の背中に刀を突き立てようと身構えた。

秀二郎の肩越しに、以蔵の形相ぎょうそうを見た加禰カネが、鋭い悲鳴を上げる。


「ちっ!」

琴を道場からおびき出す、見えいた手ではあったが、

彼女には二人をかばう他、選択肢はない。

さくおぼれたねや、滝夜叉姫たきやしゃひめ!」

満面の笑みで刀を振りかぶった以蔵が、そのまま琴に向き直った瞬間、


カカッ!


安藤早太郎の放った弓矢が二本、

以蔵の顔面をかすめるように、道場の柱に突き立った。



「ち。外しちまった 」

10けん(18M)も先にいた安藤がうそぶいた言葉は、どこまでが本気だったのか。

だが、安藤の妙技みょうぎ間近まぢかに見た沖田は、思わず感嘆のため息を漏らした。


そして以蔵の動きが封じられた瞬間、

今度は奥沢栄助が突進して、突きを放った。

「死ね!」

「ひゃあ!」

以蔵は飛び退いて、片膝かたひざをつく。


さらに追う奥沢を、尾形俊太郎がとどめた。

「深追いするな!今のうちに二人を!」


奥沢と尾形は、それぞれ加禰カネと秀二郎の腕を引っ張って、門の外まで引きずり出した。


のうが悪いねや。こがあザコばかりこじゃんとっちゃあ、流石さすがのわしも一人で相手しきらん」

「さ、鬼ごっこの続きをしましょう?」

琴は以蔵を挑発して、尾形たちから遠ざけるために、また道場にさそった。

「分かっちゅう、滝夜叉姫。わしの意中いちゅうはおまんだけじゃき」

以蔵は、琴のたくらみを承知で道場に脚を踏み入れる。

不動の自信が成せるわざだ。

だが、以蔵ほどの達人に何度も同じ手が通じないことは琴も心得こころえている。



脇玄関を出た山野八十八は、門前の騒動そうどうに目を疑った。

建設中の道場で、あの狂人が町娘まちむすめおそっている。

「な、なにがどうなってる?」

山野はその時初めて刀を持っていないことに気づき、狼狽ろうばいした。



以蔵の刀が一閃いっせんするたび、

木クズが煙のように立ちのぼった。

琴がたてに利用している柱にはばまれ、

以蔵は攻めあぐねているように見えたが、

そうではなかった。

得物えものを持たない琴はジリジリと後退するほかなく、

以蔵は建物のすみに琴を追い詰めた。


「もう後がないぜよ」

「そう?」

薄く笑いながら以蔵のいだ刀を交わし、

琴が最後の柱を回り込むと、

太刀筋たちすじは、その後を追うように軌道きどうを変えた。

「まっこと!洒落臭しゃらくさいちや!」

しかし、それも琴の計算ずくだった。

さらにスピードを上げ、

以蔵のやいばを紙一重で交わせば、

渾身こんしんの一撃は、

柱にザックリと食い込んだ。

「クソが!」

以蔵は力任ちからまかせに引き抜こうとするも、

愛刀「肥前忠広びぜんただひろ」はビクともしなかった。


それまで手を出せずにいた、新入隊士大松系斎(だいまつけいさい)が、

背後から以蔵の首筋にやいばを当てた。

「そこまでだ」


「…ったちや~」

以蔵は、ガックリと両膝りょうひざをつき、刀を手放すと、

膝這ひざばいで大松を振り返り、

驚いたことに、そのまま両手とひたいを地面にりつけて土下座どげざした。

「このとおりですきに、許してつかあさい!」

大松はあききれ返った。

「…いくらなんでも観念かんねんするのが早すぎやしないか?武士の風上かざかみにも置けん男だな。あんたは」

しかし、以蔵は、なおもわざとらしく泣いて命乞いのちごいを続けた。

後生ごしょうじゃ!斬らんでつかあさい。痛いのは苦手ですきに。のう?この通り!こんだけおがみ倒してもダメなが?」

奇妙な女装ともあいまって、その姿はひどく滑稽こっけいに映った。


「ふん」

大松は刀を引き、以蔵を見下ろした。

そこに油断が生じたのを、以蔵は見逃さなかった。

「おおきに」

ニタリとわらって、脇差わきざしを下から斬り上げる。


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