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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
280/404

A Love Bizarre Pt.2

「お母はん、お化け!」

以蔵を見た雪が泣きだして、母親の着物のすそを引っ張った。


「…確かに。なんだありゃ」

「なるほど。分かりやすく怪しいな」

安藤と沖田は、気の利いた雪の例えに感心しながら、考えていたよりも事態がひっ迫していることを肌で感じていた。


「おいちさん、残念ですがお雪ちゃんを連れて引き返してください」

「え、ええ。でも沖田さんは?」

「大丈夫です。こっちは人数も多いし」

雪が沖田の膝にすがって駄々(だだ)をこねた。

「そんなんいやや!」

「ごめん。またあとで、診療所の方にかお出すからさ」

その説得に、安藤が優しく口をえた。

「そうさ。おじちゃんもキンツバを持っていくよ。な?」

「ほんま?」

「ほんまホンマ!」

雪が納得したところで、沖田はいちの背中をそっと押した。

境内けいだいを抜けてください。あっちには土方さん達もいる」

「承知しました。お二人とも、どうぞご無事でお戻り下さい」

言い置いていちは雪を抱き上げ、小走りに引き返して行った。


沖田はいちが心配そうに何度も振り返りながら南門に消えていくのを見届けると、横目で安藤をにらんだ。

「…キンツバとか、安請やすうけ合いしていいんですか?」

「もちろん、払いは君だよ」

「チャッカリしてんなあ」

「しかし…」「ええ」

安藤が途中で飲み込んだ陰鬱いんうつな予測を、沖田も同じく危惧きぐしていた。

なぜあんな格好をしているのかはともかく、立ち姿を見れば、あの男が相当な使い手であることは疑いようがない。

男は左手で加禰カネのかぼそい腕をガッチリとつかみ、

さりげなくブラリとれたもう一方の手は、それでいて、いつでも抜ける位置にあった。

下手へたに動いてかんづかれれば、ここから彼らの元へたどり着くまでに、あの男なら造作ぞうさもなく抜き打ちに三人は切り下げるだろう。

何故なら、わざわざ一度に六人を相手にする危険をおかす必要など、何処どこにもないからだ。


実際、勝海舟の警護を任された時の以蔵は、なんなく三人の刺客を退しりぞけ、うち2人の命を奪っていた。


男を取り囲む浪士たちの中に、見知った顔が混じっているのを見て沖田は歯がみした。

「…秀二郎さんまで」

「ええい!こんな時にかぎって、固く結んじまった!」

安藤の方も肩から降ろした弓袋ゆみぶくろ口紐くちひもれったそうにほどきながら、うらめしに毒づいた。



そして一方、尾形俊太郎は、岡田以蔵と向き合ってみて、いささか後悔していた。

自分がどうにかこの男にすきを作れたとして、

果たして残りの三人の腕で仕留められるだろうか。

彼らでは少し役不足やくぶそくだったかもしれない。


「なんなが?わしゃ、おまんらなど知らんちゃ」

行く手をはばむように立ちふさがった四人を、以蔵は迷惑そうにめ回した

「我々は浪士組の者で、私は肥後ひごの尾形と申します」

肥後ひごの尾形ち、児雷也じらいやと同じやか!わしゃアレが大好きでのう…」

児雷也じらいやというのは講談こうだんなどで人気のあったヒーローもので、肥後の尾形周馬弘行おがたしゅうまひろゆきという主人公が妖術を駆使くしして戦う冒険譚ぼうけんたんである。

「そうですか。私も子供のころ、よく本で読みました」


実は尾形の本名は三嶋といって、案外こんなところから変名を思いついたのかもしれなかった。

脱藩だっぱんした浪士が国許くにもと追跡ついせきを逃れるため姓名せいめいいつわることなど別段べつだん珍しい事ではなかったから、浪士組においても、それには暗黙あんもくの了解があった。


「ほうですかよ!こがなとこ同好どうこうに会えるらぁて、うれしいにゃあ。けんど、わしゃ初めて会う人と話すのは苦手ですき」

「ですが、浪士組に御用がおありとか?お役目上、我々はあなたが何者なのか確かめねばならんのです」

「こりゃいかん、茶屋で名乗るのを忘れちょりました。わしゃ土佐の土井鉄蔵どいてつぞうちゅうもんです」

同じく、この「土井鉄蔵」も岡田以蔵がよく使った変名である。

尾形は、努めて丁重ていちょうに”土井鉄蔵”の真意を引き出そうとした。

「土井殿、ご忠告申し上げるが、この辺りで、お国訛くになまり丸出しで浪士組をぎ回られるのは、あまり利口りこういとは言えませんよ?」

「尾形さん、そりゃあ、誤解ごかいうもんぜえ。わしゃこの娘さんにちっくとものをたずねちょっただけやか。用のあるがは女です。お仲間におらんかよ?ほりゃもう絶世の美女ぜ」

「浪士組の屯所とんしょに、女などる訳ないでしょう」

思わず口をはさんだ秀二郎は、自分の声が上擦うわずるのを聞いた。

「ほうですかね。けんど浅葱あさぎ色のダンダラと歩いちゅうのを見たもんがおりますき」

尾形は相手を刺激しないよう慎重しんちょうに言葉を選んだ。

「ほう。それなら隊士の愛人だろうか。うらましい同僚どうりょうもいるものだな。あいにく新参しんざんの私は、寡聞かぶんにして存じませんが」

その間、彼の全神経は、ずっと以蔵の右手にそそがれていた。

「やき、屯所とんしょへ行って直接聞くが」

しかし、この駆け引きが理解できない奥沢は、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

横恋慕よこれんぼに幸せな結末は望むべくありませんよ。ましてや恋敵こいがたきが会津おあずかりの身となれば、勝ち目などない」

「あやかしい。おまさんらと付き合うらあて泥舟どろぶねに乗るようなもんですろう?」

奥沢は、その言い草についカッとなった。

「聞き捨てならんな。そいつはどういう意味だ!」

加禰カネが、ビクリとふるえる。


以蔵のべにを引いたくちびるが不気味に吊り上がった。

ヒリヒリするような緊張感が走る。

おこりなや。ほんの京雀きょうすずめうわさちや。わしが言うたがやないき」


明らかに挑発している。

奥沢や秀二郎の未熟な情緒じょうちょでは、この膠着こうちゃく状態も長くは続かないだろう。

「気にしな。ほれ、まぎるき、退いてつかあさい」

抜くべきか。

尾形は迷った。



「クソ!さっきからいったいナニ話し込んでんだ?」

ジリジリしながら、五人の様子を(うかが)っていた沖田の視界の(すみ)に、人影が映った。

「…あれは」


その、まさに同じ(とき)


緊張は極限に達し、

尾形のき手がピクリと動く。

刹那(せつな)

「私に用があってきたんでしょう?」

彼は間近(まぢか)に、涼やかな女の声を聞いた。



「おお、滝夜叉姫(たきやしゃひめ)じゃいか!」

人斬り以蔵が、甲高(かんだか)嬌声(きょうせい)をあげる。

「…お琴さん」

沖田は、やっとそれが誰なのか分かった。



滝夜叉姫(たきやしゃひめ)、中沢琴が、縞木綿しまもめん小袖こそで姿で、何時いつからか八木家の門前もんぜんに立っていた。

だれそれ?ていうか、なにその格好かっこ?」

琴はズカズカと以蔵に近づいて、その顔をのぞき込んだ。

「えいろう?おもい人に会いに行くがやき、めかし込んで来たつもりじゃ」

気安げに話しながら、以蔵は加禰カネを突き放し、刀の鯉口こいくちを切った。


カチリ。


尾形らはギョッとして刀のつかに手をかけ、身構みがまえた。


あきれた。嫁入よめいり前の娘が下着姿で往来おうらいを歩くなんて、はしたなくてよ?」

琴は以蔵の刀の小尻こじりにそっと手を置いて抜刀ばっとうを封じると、それから八木秀二郎に目配めくばせした。

「え?」

こんな時だというのに、秀二郎は琴の相貌そうぼうとその吸い込まれそうな眼に思わず魅入ってしまった。


しかし。



「離れて」



その一言が、まるで全身に掛けられた魔法を解いたように、

加禰カネの手を引っつかみ、駆けだしていた。


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