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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
上洛之章
28/404

壬生寺にて 其之弐

そのころ、当の山南敬介は、ちょうど八木邸の南となりにあたる壬生寺の境内けいだいにいた。

壬生狂言などで知られるこの寺は、浪士組が本営をおいた新徳寺と坊城通りをはさんで向きあうように建っている。


彼らが上京以来、通りの至るところで目にする寺院が、この都と神仏しんぶつとの密接なつながりをしのばせた。

「万が一、お役目やくめ中に何かあっても、これだけ寺がありゃ安心だな」

原田左之助が笑って言ったものだが、しかしそれは、後々(のちのち)彼らの身に起こることを思えば、とても笑えるような冗談ではなかった。


ともかく、

山南はその壬生寺で、中沢良之助とともに琴の説得にあたっていた。

すでに日は暮れはじめている。

鐘楼しょうろう(鐘を突くところ)のかたわらに立つ三人は、まだ行李こうり(竹籠の旅行鞄)を背負った旅装のままだ。


「三条河原の騒ぎを見たでしょう?今こうしている間にも、物騒ぶっそうな連中が続々とこの京に集まってきてるんです」

山南は、この都がどれほど危険な町なのか、なんとか分からせようとうったえかけた。

つい先ほど、その物騒な連中を目の前にいる女性が叩きのめしたことなど、彼は知らない。

「そんなこと分かってます。だから半月もかけてここまで来たんじゃないですか」

琴はつよい意思を込めた目で、山南を見返した。

これは弟である良之助しか気づいていなかったが、普段はひどく冷静な彼女も、なぜか山南の前ではわずかに感情の起伏きふくをのぞかせる。

「しかし、それはあなたのような女性がやる仕事じゃない」

「そう?けど、山南さんの仕事であるとも限らない」


境内けいだいで鬼ごっこをしていた近所の子供たちが、見なれない大人たちの言い争う様子に惹きつけられ、遊びをおざなりにして聞き耳をたてている。


「山南さん、もういい!そんなこと言ったって無駄ですよ。姉は何か我々とは別の目的があって京に来たんですから」

それまで鐘楼しょうろう石垣いしがきに片手をついて二人の話を聞いていた良之助が、山南の肩に手をおいて、姉をにらみつけた。


「それ、どういう意味?」

琴が目を細めて問い返した。

「いったい、清河に何を吹き込まれたのか知らないが、姉さんはあの男にだまされているだけさ」

良之助は、挑発的な口調で応えた。

琴はそれを一笑にして、サラリと受け流す。

「たしかにあの男は油断ならない奴だけど、少なくとも私たちよりは世間というものを知ってる」


姉の態度にカッとなった良之助は、怒りをあらわにした。

「で?その世間を知っている男が、なんと言った?幕府を転覆てんぷくさせて、我々でアメリカと雌雄しゆうけっしましょうってそそのかされたか?は!正気じゃない!」

良之助が、怒りに任せてたたみ掛けようとしたそのとき、

「見つけた!」

寺の南門の方から声がして、三人は振り返った。


ふところで腕を組んだ沖田総司が、ブラブラと近づいてくる。


「こんなとこに居たんだ。土地勘とちかんがないから、探してるうちに自分が迷っちゃいましたよ」

沖田は疲れた顔でそう言うと、本堂の方に目をやり、それきり遊んでいる子供たちをぼんやり眺めている。


ジワジワと間合いを詰めて三人の話を盗み聴いていた子供たちは、沖田と目が合った途端とたん、クモの子を散らすように逃げていった。


急に矛先ほこさきをそらされた良之助が、イライラして先を促した。

「探してたって、なんで?」

「ああ、そうそう。なんか、集まれって呼んでますよ」

沖田は他人事ひとごとのように言って、どこかさびしげに、夕暮れの境内けいだいを走る子供たちを目で追っている。

彼は試衛館にいた頃も近所の子供たちの面倒をよくみていたから、彼らを思い出しているのかもしれなかった。

あるいは、自らの孤独な少年時代を。


山南はそうした沖田の心中をおもんばかったのか、目を閉じて少し微笑んだ。

「そうか、ありがとう」


「いえ…」

「で、その人は?」

山南は沖田の肩を叩くと、その斜め後ろを指さした。

「え?」

そこには、高瀬川の小橋で入江九一らにヤジをとばした町娘が立っていた。

隊列の後ろを付いてきてしまったらしい。


よくみると目鼻立ちが整った、なかなかの美人だ。

しかし沖田は、いかにも興味なさそうな目で彼女を一瞥いちべつして、

「ん?いえ。知らないひとです」

と素っ気なく応えた。

町娘はムッとして、

「なんでえな。さっき長州屋敷んとこでうたやんか。なあ?」

と、琴の方を見て同意を求めた。

「ああ。さっきの」

琴は少しだけ口元をほころばせた。



脈アリとみた娘は、良之助と琴のあいだに身体をねじ込んだ。

「ちょっと、聞きたいことがあるねん」

「悪いが今、取り込み中なんだ」

話の腰を折られた良之助が、不機嫌な顔で娘を押しのけた。

しかし、娘も簡単には引く気配はない。

「なあ。女でも、その浪士組に入れんのん?」


良之助は腰に手をあてて、ため息をついた。

「またややこしいのが入ってきたな。あんた、誰なんだ?」

しかし彼女は振り向きもせず、大きな瞳で琴を見つめている。

「誰でもええやんか。答えて。女でも入れんの?」

「そんな訳ないじゃないか!」

沖田があきれて言った。

「そやかて、このひとも女やんか」


沖田は驚いてしばらく琴と目を見合わせたが、やがて軽くまゆをあげ、肩をすくめた。

「ほらね?みる人が見れば、そんな変装すぐにバレちゃうんですよ」


山南が娘をさとすように少し腰をかがめて視線を合わせる。

「この人はね、浪士じゃない」

「それでも浪士組の隊士なんやろ?」

娘はどうしてもあきらめがつかない様子で、さらに食い下がった。


沖田がフンと鼻を鳴らす。

「浪士じゃないってことは、浪士組でもないってことだよ。バカじゃないの」

「バ、バカ?バカってなんやねん!」

町娘は勢い込んで沖田に詰め寄ったものの、間近まぢかに見るその整った顔立ちに見とれて、気勢を削がれてしまった。

「も、もうええ!」

軽く舌打ちして照れたように顔をそむけると、そのまま鐘楼しょうろうの石垣にちょこんと腰掛けて、不貞腐ふてくされる。


良之助は急に我に返って、頭をきむしった。

「ああクソ!いったい何の話をしてる!」

琴はこの好機を逃さず、急かすようにその背中を押した。

「ほらほら!呼ばれてるんでしょ?」

良之助は、渋い顔で山南と目を見合わせた。


「まだ話は終わってないんだからな?すぐ戻るから、勝手にいなくなるなよ!?」

良之助は、半身はんみで琴を指さしながら、悔しそうに表門の方に歩いていった。

山南も、後ろ髪を引かれる想いで何度もふり返りながら、その後に続く。


「帰れってさとされてたんでしょ?」

沖田は琴と肩を並べると、軽く肘鉄ひじてつを入れて顔をのぞき込んだ。

「危ないのは山南さんや良之助だって同じでしょ?あなただってそう。あの娘じゃないけど、女はなにかと損」

琴はそう言って、鐘楼のへりに座って沖田をにらみつけている町娘を返り見た。


「本当に同じなんですか?」

「ん?」

その問いかけをいぶかしむように琴が眉をひそめた。

沖田はうつむいて、その視線を外すと、ふところから手を出してほおをかいた。

「だって清河さんと何か深刻しんこくな話をしてたでしょう?ひょっとして、お琴さん自身、何か危ないことに関わろうとしてるんじゃ…」

「良之助と同じこと聞くのね」

さも心外だという風に、琴はその言葉をさえぎった。


「お転婆てんばの姉を持った弟は、気苦労が絶えないんですよ」

「え?」

「いや、これはわたしの話ですけどね」

沖田は、にこっと笑って見せた。

琴はすこし首をかしげ、冷めた視線を返した。

「しばらく会わないうちに、生意気な口が利けるようになったのね」

「ホント、その言い方。うちの姉とそっくりですよ」


琴は沖田の背中をポンと叩いた。

「ところで…見送ってちゃ不味マズいんじゃないの?」

「ああそっか。でもなんか忘れてる気がするんですよね」

沖田は、どこか尺然しゃくぜんとしない様子で腕を組んだ。

「そのうち思い出すわ」

「お琴さんは行かなくていいの?」

遠慮えんりょしとく」

「ま、それが賢明けんめいかも。じゃ、あとで」


しきりに首をかしげながら立ち去る沖田の背中に、少女が罵声ばせいを浴びせた。

「あんたかて、女みたいな顔してるくせに、なんやねん!いっぱしのサムライ気取りか!あんたみたいなガキが、将軍様を守るとか笑わせんといて!あんたなんかなあ、すぐ斬られてまうわ!アホウ!」


因みに、沖田の記憶から漏れていたタスクは永倉新八である。


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