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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
275/404

禁じられた遊び 其之参

沖田は早速、的の置き場を物色ぶっしょくし始めた。

「どうせなら三十三間堂の通し矢とおんなじ距離でやりたいですよねえ。三十三間(約60M)って言ったら、この寺の境内けいだいはじから端くらいあるのかな」

安藤は腰に手をやって、壬生寺の境内を目測もくそくした。

「いいや。あそこの本堂は六十六間くらいあるから、この寺じゃ無理だな」

「え!なんで!?じゃあなんで三十三間堂って言うんですか!」

「そんな事、私に怒ったって知らんよ。そもそも私がやったのは大仏殿だいぶつでんの通し矢で、それでも六十間はあったかねえ」

「ふうん…ここじゃあ狭いですねえ」

「うんまあ、そうかねえ」


木々の葉から、前日の雨のしずくがポタポタと落ちてくる。

お手製のまとを抱えて境内けいだいをウロウロする沖田を眺めながら、安藤はいちに肩を寄せた。

「なあ、おいちさん、確かにあんたはまだ若くて美人だ。だが、老婆心ろうばしんながら言わせてもらえば、俺が見るに…沖田さんは今、とても大事な時期だ。中途半端ちゅうとはんぱに関わる気なら手を引くのが大人の分別ぶんべつってもんだぜ」

「で、ですからそれは誤解です。そんなつもりは」

いちは神妙な面持おももちでうつむいた。

「ふうん。ま、どちらにせよ、今のは余計なおせっかい介だったねえ。ただし、俺ならいつでも歓迎しますぜ」

年増としま後家ごけ揶揄からかうのはよしてください」


その時、沖田の持っている的に、何処どこからか飛んできた小石がコツンと当たった。


「おい」

声をかけたのは、境内の中央にじん取り、例によって入隊希望者の立ち合いをにらみつけていた浪士組副長土方歳三だった。

沖田がほおふくららませる。

「あ、土方さんか。あぶないなあ」

「そんなもん抱えた人間に目の前をウロつかれちゃ、皆の気が散るんだがな」


沖田の後ろからいちがおずおずと会釈えしゃくした。

土方は、いちと沖田の顔を交互にながめた。

「確か、浜崎先生のところの。はあん、色気のねえ待ち合わせ場所だな。すみませんねえ、こいつ気がかなくて」

「まったく」

安藤がニヤリとして相槌あいづちを打った。

「ちぇ、みんなして冷やかすのは勘弁カンベンしてくださいよ」

沖田はそう言って、何気なく参道の石畳いしだたみの脇に集まる入隊希望者たちの群れを見渡した。

「で?有望そうなのは?」

土方は頬杖ほおづえをついてため息を漏らした。

「そうだな、見込みのありそうなのは3、4人ってとこか。他人ひとのことは言えねえが、流れ者の用心棒くずれとか、昨日初めて刀を握ったようなにわざむらいばっかだ」


「あの…まだ人を増やすんですか?」

意外なことに、いちが一歩進み出て尋ねた。

試合を注視していた土方の刺すような視線がいちに向けられた。

「不安がらせる訳じゃないが、まだまだ頭数あたまかずが足りませんのでね」

当たりは柔らかいが、部外者が口をはさむことをこばむむ響きがありありと感じられる。

土方の眼に気圧けおされながらも、しかしいちは引かなかった。

「それは、都にいる毛利のご家来衆けらいしゅう(長州藩)と比べて、という意味でしょうか?」

「さあね。長州、薩摩、水戸、どこだろうが関係ない。このご時勢、今日の味方が、明日もそうだって保証はありませんから」

土方の語気が鋭くなるのを感じて、沖田は、いちをこの場から遠ざけたほうがいいと思った。

「土方さんは、浪士組の抑えがなけりゃ勤皇きんのう派が都を席巻(せっけん)するなんてバカげた妄想もうそうに取りかれてるんですよ。いくらなんでも、コトを急ぎすぎだと私も思いますがね。さ、行きましょう」

土方の眼に例の皮肉っぽい笑みが浮かんだ。

「否定はしないがね。差し迫った話をすりゃあ、土佐の過激派がまたぞろ動き出したらしい。まったく、どっからいてきやがるんだか」

「ええ。言われなくても、私がこの眼で見て来たんだから知ってますよ」

沖田はいちを脇へ押しやり、土方に人差し指を突きつけた。

土方は沖田の反応を面白がっている。

「せっかく休みをやったのに、ヒマなら手伝ってくか?」

「遠慮しときます」



「どれ、じゃあ俺が相手をしてやろう」

そこへ突然二人を押しのけて進み出たのは、隻眼せきがんの剣士だった。


「おや、平山さん。あんた、新しい隊士をつのるのには、あまり乗り気じゃなかったはずだが?」

土方が闖入者ちんにゅうしゃの名を呼んだ。

芹沢鴨一派の副長助勤ふくちょうじょきん、平山五郎である。

「ここは剣術道場じゃないんだ。使えねえ奴らはふるい落とさなきゃ足手まといになる。だろ?」

平山は頸を左右に曲げ、肩の骨をボキボキと鳴らした。

「なるほど。だがそいつは、あんたの考えじゃないよな?」

言葉に苛立いらだちがのぞく。



沖田は、釣られたように辺りを見回し、入隊希望者の集団をはさんで反対側にある本堂の方を指さした。

「あれ、芹沢さんじゃないの?いつの間に」

なんの気まぐれか、愛人の梅を伴った筆頭局長ひっとうきょくちょう芹沢鴨が、石積みの基壇きだんに腰掛けて試合を見物している。

「よう!沖田」

同時に芹沢の方も沖田に気付き、得体のしれない上機嫌じょうきげんさで手を振る

「ちぇ、また捕まっちゃったよ」

せっかくの休日に顔を合せたくない相手だが、沖田はあきらめて芹沢に近づいて行った。

「あ?相変わらず失礼な小僧だな。俺が声を掛けちゃ不都合なことでもあんのかよ」

「芹沢さんもヒマだなあって。となれば、あの飛び入りも筆頭局長の差し金ですね?」

沖田が平山を親指で指すと、芹澤は鼻を鳴らした。

「ホザけ。おもしれえ余興よきょうだろが」

「悪いですけど、今日はお雪ちゃんたちと一緒なんで、こんな荒っぽい見世物にいつまでも付き合う気はありませんよ。じゃ、挨拶あいさつは済ませたんで」

梅にも軽く会釈えしゃくすると、沖田はいちたちのもとへ戻っていった。



土方が舌打ちした。

「ちぇっ、野郎、たちの悪いひまつぶしを考えつきやがる」


しかし、芹沢の動機がどうあれ、隻眼せきがんの剣士、平山五郎は試験官として十分にふさわしい実力者だった。


彼は開始の合図と同時に、

最初の相手が八相はっそうに構えた間合いにズカズカ踏み込むと、

構えすら見せず、乱暴に木太刀きだちを横にいだ。

木太刀は的確に腰の急所を捕らえ、

男がうめいてうずくまったところへ、

さらに容赦ようしゃなく手のこうを打つ。


「グァ!」


「おい!勝負はついてるだろ!」

審判しんぱんを務めていた藤堂平助がとがめたが、平山は歯牙しがにもかけない。

「ハン、そうかい?おら!つぎ来い、次!」


「おおい!ここぁ食い詰め者のあずかり所じゃねえんだぞ!」

芹沢からヤジが飛ぶ。


「やりにくくてしょうがねえ」

土方がアゴさすりながら毒づいた。


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