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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
273/404

禁じられた遊び 其之壱

島原遊郭、輪違屋わちがいや

遊里ゆうりの人通りも絶え、カラスの鳴き声だけが響く、夜明け前。


「天神、天神」

二人の禿かむろが眠っている琴を揺り起こした。

「どうしたの?」

琴は髪をかき上げ、まだ微睡まどろみながら、ぼんやりと答えた。

花君はなぎみ太夫と一之いちの天神が呼んだはります」

琴は目をこすり、まゆをしかめた。

暗闇の中で、小さな手の触れる感覚を頼りに禿かむろに向き直る。

「いま何時?」

「七つ半くらいどす。お二人ともついさっきグッタリして帰ってきはって」

「こんな時間に?」

「お台所(だいどこ)で待ったはります。お一人でおいでやすと」

禿かむろはそう言って持っていた燭台しょくだいを琴に手渡した。

「なんだろ?」

そうは言ったものの、頭のハッキリしてきた琴にはなんとなく事情が察せられた。

花君と一之は二人とも土方歳三のお気に入りで、くるわでは珍しくご公儀贔屓こうぎびいきの女郎だ。

今でなければならないということは、その他大多数の勤皇きんのう派の女郎たちの目をはばかるためで、何某なにがしか浪士組に関わる用件に違いない。

「ありがと、あなた達はもう少し寝なさい」

琴はそう言おいて廊下に出た。


暗い御厨みくりや蝋燭ろうそくの炎をかざすと、ぼんやりと鮮やかな着物を着た二人の姿が浮かび上がった。

花君は、桜木や花香と輪違屋のトップを競うナンバー3。

一之は糸里と共に次期太夫と目される人気の若手である。

二人ともさすがに華があったが、禿かむろのいう通り、この日はどこかくたびれて見えた。

太夫こったい、こんな時間にどうしたんですか?」

花君は疲れた顔で微笑んだ。

明里あけさと朝早あさはようにすんまへんなあ。実は昨日、薩摩のお武家ぶけ様方のお座敷に上がったんどすけど」

昨日言うても、ついさっきまでお酒に付き合わされてたんえ」

天神の一之が、さも迷惑そうな顔で付け加えた。

「はばかりさんです」

琴は苦笑しながら二人に京風のねぎらいの言葉をかけた。


「ちょっと気になることがおしたさかい、あんたの耳に入れとこ思て」

花君は土方歳三と琴の連絡係を務めていたから、琴が浪士組に関わる仕事をしていることも承知している。

「その薩摩はんがたの中に、土井やらう土佐言葉のご浪人がまじっとおいやしたんやけど、その方から浪士組のことを色々聴かれましたんどす」

吉村寅太郎の一件があったばかりなので、土佐の人間が浪士組に興味を持ったのが偶然とは思えない。

「その浪人は、なにをぎ回ってたんでしょう」

「ま、ほとんどはつまらんことや。浪士組は屯所とんしょが近いさかい、此処ここにはよお来はるんかとか、来るのは誰で、どんな仕事をしてはるんやとか」

「そやけど、なんや薄気味うすきみの悪いお方で」

一之がまた口をはさんだ。

どうも一言多い性格のようだが、情報として的を得た補完だった。

琴はそれが洛東らくとう瓦屋かわらやで会った岡田以蔵だと直感した。

「それで?太夫こったいはなんて?」

「まあ、そこら辺で聴けば誰でも知ったはることやし、隠してもしゃあないとはおもたんやけど。ただで教えてやるのもしゃくどすさかい、ちょっと揶揄からこうたげたわ」

「どういうこと?」

花君と一之は顔を見合わせて悪戯いたずらっぽく笑った。

「その土井様と投扇興とうせんきょうで遊んでなあ。うちが勝ったら聞かれたことにひとつ答える。その代わり、ひとつ負けるごとに、遊女おなごみたいにお化粧させるんどす。白粉おしろいを塗って、口にべにを引いて、赤い襦袢じゅばんを着せてゆう風に」


投扇興とうせんきょうとはちょうと呼ばれるまとおうぎを投げて、点数を競う御座敷遊おざしきあそびである。


琴にはその賭けの面白味が理解できなかったが、とりあえずうなずいて先をうながした。

花君は琴の顔に出た考えを察して、またクスリと笑いつつ、

「そやけど彼、楽しんどおしたえ。最後には、かんざしまで刺しはったし」

と、自分のかんざしに手を添えてみせた。

一之が話を引き取った。

「そうそう、あと、おかしなこと聞かはってなあ。浪士組に、お琴ゆう女子おなごかこてはる男はんはらんかて。それ、明里のことやおへんか?」

「ええ。琴は私です。どうして分かったんですか」

「その浪人のう容姿が妙にあんたと重なったんや。名前は今初めて聞いたけど」

「私も自分が浪士組の誰かに囲われてたなんて今初めて知りました」

一之は琴の冗談など気づいてもいないように、弁解めいた口調で続けた。

「もちろん、うちも太夫こったいも知らんうて、なんも答えてへんえ?」

しかし、琴にはそんな事など、どうでもよかった。

「で、その男は?」


「朝にはそのまま、口の裂けたお化けみたいな化粧で帰って行かはったわ」

花君は、自分の口をなぞるように両手の指で耳まである口を描いて見せた。

しかし、その表情は妙にこわばっていて、

「それだけの事どすのやけど、あの男の眼…なんや恐ろしい物の怪(モノノケ)みたいで」

その眼を思い出したように小さく身震みぶるいする。


「なあ、貴方あんた、また外に出て、山南様と会うんどすやろ?気いつけよしうたげて?」


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