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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
272/404

大盗賊の抜け穴 其之参

ゆう蝋燭ろうそくを置いて沖田に続いた。

「ここは?」

「カビ臭い。土蔵どぞうの中みたい」

二人は手探てさぐりでお互いの位置を確認した。

向こうに細長い光の筋が見える。

「あれ、扉の隙間すきまと違う?」


沖田は、光の方向に向かおうと無意識にゆうの手をとり、意外なほど華奢きゃしゃで柔らかいその感触にドギマギした。

「い、行こう」

緊張のせいもあって、少し進むごとに、何かに肩や足をぶつける。


ようやく扉に行きついた二人は、同時に手を伸ばした。

沖田の手が、冷たい鉄の扉に触れたのと同時に、祐のてのひらがその上にかぶさった。

「あ。ごめん」

今度はゆうあわてて手を引っ込めた。


二人の間には、糸のように細い外光が差し込み、小さなほこりが光の粒になって舞っている。

沖田の手には、まだゆうの温もりが残っていた。

短い沈黙があって、

「えっと、沖田はん…」

「しめた、鍵が開いてるぞ」

沖田は、何か言いかけたゆうをわざとさえぎるように、大きな声を出した。


重い扉を開き、外に出ると、二人はの光に目がくらんだ。

ようやく外の明るさに目が慣れてくると、そこは板塀いたべいに囲まれた見知らぬ庭だった。

はば三間さんけん(約5.5M)程度の、ごく小さな庭で、どうやら、どこかの商家の裏に出たらしい。

板塀いたべいには木戸きどがあったが、沖田は裏口からズカズカと家の中に踏み込んでいった。

「あ、ちょっと!」

ゆうあわてて後を追う。


家の者が突然現れた男女に目を丸くする中、沖田は、

「失礼」

と、火袋ひぶくろ(炊事場)と通り庭(とおりにわ)(通路)を抜け、店先に出たところで、

そこが大仏寺の門前もんぜんにある餅屋もちやだと知った。



大仏餅屋だいぶつもちやに入った近藤は呆気あっけにとられた。

名物を求める客の顔を見渡すも、吉村寅太郎の姿は忽然こつぜんと消えており、代わりにそこへ現れたのは、沖田総司と八木家の女中、ゆうだったのだ。

「総司…」

「あ」

沖田たちも、口を開けたまま近藤を見つめている。

「どういうことだ?俺はずっと外に居たが、お前たちが入っていくのを見なかったぞ?」

沖田は近藤の様子を見て、大体の事情を察したらしい。

「…近藤さん、ひょっとして抜け駆けしようとしましたね?」

近藤はバツの悪い顔をして、沖田を店の外に引っ張り出した。

人聞ひとぎきの悪いこと言うな!それより吉村を見なかったか?」

「そいつなら、きっともう居ませんよ。実は…」



さて、姿を消した吉村寅太郎の足取りについて、少しれておく。

このしばらく後、吉村は京を離れ、同志の松本奎堂まつもろけいどう真木和泉まきいずみらと共に長州山口城を訪ねて、藩主毛利敬親(もうりたかちか)謁見えっけん攘夷親征じょういしんせい決行に合わせ、挙兵して京にのぼるよう協力をあおいでいる。

この長州行きへは池内蔵太いけ くらたら土佐脱藩浪士らも同行しており、この日、吉村は瓦屋かわらや五郎兵衛ごろべえ宅に起居ききょする池らを訪ねたのだった。


まさに、近藤らは間一髪かんいっぱつ大物おおものを釣り逃がしたのだった。


「ちぇ!この大仏餅屋だいぶつもちや一役ひとやく買ってるわけか」

原田は忌々(いまいま)しげに店の看板をにらんだ。

近藤は腕を組んで大きなため息をついた。

は奴らにある。厄介(やっかい)なことに、この京には、心情的に長州や土佐に肩入れする者が無数にいて、積極的に協力しないまでも、何かあればこうして奴らを助けるんだ」

琴は苦笑した。

「まるで目に見えない敵に囲まれてるようなものね」

その言葉に含まれた少々のトゲに、誰も気付かない。

ただゆうだけが少し不思議な顔をしたように、琴には思えた。


「クッソ!吉村の野郎、そのアジトには当分とうぶん寄り付かねえだろうな」

原田が地面をるのを見て、近藤が(かぶり)を振る。

「残念だが、追跡はここまでのようだ。歳にバレないうちに解散とするか」

原田が近藤に詰め寄った。

「てか、まず俺に謝ることがあるだろ!」

「わかった!悪かったよ!謝る!」

近藤は手を合わせて原田に頭を下げた。


ゆうが原田の肩を小突こづいた。

「アホ!近藤先生は、会津と土佐の間が(こじ)れて責任を問われたときに、原田さんにるいが及ばんよう気ぃ使こてくれたんやで?」

原田はゆう小突こづき返した。

「バーカ、俺だってそれくらい分かってら!」


沖田は笑いながらも、そうした政治力学に気が回るゆうに少し驚いた。

彼女は時々意外な一面を見せる。


琴はその様子を少しうらやましそうにながめて微笑んだ。

「じゃあ私は此処ここで」

立ち去ろうとする琴を沖田が引き留めた。

「なんで?せっかくなんだから、みんなで大仏餅だいぶつもち食べて帰りましょうよ」

「あ?何言ってんだおまえ!店の連中は敵だぞ!」

原田が看板を指して怒鳴どなった。


「まあまあ、もちに罪はないんやから」

ゆうの言葉に、近藤と沖田 がうなずいた。

「そうだな」

「そうだよ」

三人になだめすかされて、原田は縁台えんだいにドッカと腰を下ろした。

「仕方ねえ。じゃあ、おごりで」


近藤はふところから財布を出しながら相好そうこうくずした。

「今日は俺が持つよ。ほら、お琴さん、愛次郎も座って」


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