大盗賊の抜け穴 其之参
祐は蝋燭を置いて沖田に続いた。
「ここは?」
「カビ臭い。土蔵の中みたい」
二人は手探りでお互いの位置を確認した。
向こうに細長い光の筋が見える。
「あれ、扉の隙間と違う?」
沖田は、光の方向に向かおうと無意識に祐の手をとり、意外なほど華奢で柔らかいその感触にドギマギした。
「い、行こう」
緊張のせいもあって、少し進むごとに、何かに肩や足をぶつける。
ようやく扉に行きついた二人は、同時に手を伸ばした。
沖田の手が、冷たい鉄の扉に触れたのと同時に、祐の掌がその上にかぶさった。
「あ。ごめん」
今度は祐が慌てて手を引っ込めた。
二人の間には、糸のように細い外光が差し込み、小さな埃が光の粒になって舞っている。
沖田の手には、まだ祐の温もりが残っていた。
短い沈黙があって、
「えっと、沖田はん…」
「しめた、鍵が開いてるぞ」
沖田は、何か言いかけた祐をわざと遮るように、大きな声を出した。
重い扉を開き、外に出ると、二人は陽の光に目が眩んだ。
ようやく外の明るさに目が慣れてくると、そこは板塀に囲まれた見知らぬ庭だった。
幅三間(約5.5M)程度の、ごく小さな庭で、どうやら、どこかの商家の裏に出たらしい。
板塀には木戸があったが、沖田は裏口からズカズカと家の中に踏み込んでいった。
「あ、ちょっと!」
祐が慌てて後を追う。
家の者が突然現れた男女に目を丸くする中、沖田は、
「失礼」
と、火袋(炊事場)と通り庭(通路)を抜け、店先に出たところで、
そこが大仏寺の門前にある餅屋だと知った。
大仏餅屋に入った近藤は呆気にとられた。
名物を求める客の顔を見渡すも、吉村寅太郎の姿は忽然と消えており、代わりにそこへ現れたのは、沖田総司と八木家の女中、祐だったのだ。
「総司…」
「あ」
沖田たちも、口を開けたまま近藤を見つめている。
「どういうことだ?俺はずっと外に居たが、お前たちが入っていくのを見なかったぞ?」
沖田は近藤の様子を見て、大体の事情を察したらしい。
「…近藤さん、ひょっとして抜け駆けしようとしましたね?」
近藤はバツの悪い顔をして、沖田を店の外に引っ張り出した。
「人聞きの悪いこと言うな!それより吉村を見なかったか?」
「そいつなら、きっともう居ませんよ。実は…」
さて、姿を消した吉村寅太郎の足取りについて、少し触れておく。
このしばらく後、吉村は京を離れ、同志の松本奎堂や真木和泉らと共に長州山口城を訪ねて、藩主毛利敬親に謁見、攘夷親征決行に合わせ、挙兵して京に上るよう協力を仰いでいる。
この長州行きへは池内蔵太ら土佐脱藩浪士らも同行しており、この日、吉村は瓦屋五郎兵衛宅に起居する池らを訪ねたのだった。
まさに、近藤らは間一髪で大物を釣り逃がしたのだった。
「ちぇ!この大仏餅屋も一役買ってるわけか」
原田は忌々しげに店の看板を睨んだ。
近藤は腕を組んで大きなため息をついた。
「地の利は奴らにある。厄介なことに、この京には、心情的に長州や土佐に肩入れする者が無数にいて、積極的に協力しないまでも、何かあればこうして奴らを助けるんだ」
琴は苦笑した。
「まるで目に見えない敵に囲まれてるようなものね」
その言葉に含まれた少々の棘に、誰も気付かない。
ただ祐だけが少し不思議な顔をしたように、琴には思えた。
「クッソ!吉村の野郎、そのアジトには当分寄り付かねえだろうな」
原田が地面を蹴るのを見て、近藤が頭を振る。
「残念だが、追跡はここまでのようだ。歳にバレないうちに解散とするか」
原田が近藤に詰め寄った。
「てか、まず俺に謝ることがあるだろ!」
「わかった!悪かったよ!謝る!」
近藤は手を合わせて原田に頭を下げた。
祐が原田の肩を小突いた。
「アホ!近藤先生は、会津と土佐の間が拗れて責任を問われたときに、原田さんに類が及ばんよう気ぃ使こてくれたんやで?」
原田は祐を小突き返した。
「バーカ、俺だってそれくらい分かってら!」
沖田は笑いながらも、そうした政治力学に気が回る祐に少し驚いた。
彼女は時々意外な一面を見せる。
琴はその様子を少し羨ましそうに眺めて微笑んだ。
「じゃあ私は此処で」
立ち去ろうとする琴を沖田が引き留めた。
「なんで?せっかくなんだから、みんなで大仏餅食べて帰りましょうよ」
「あ?何言ってんだおまえ!店の連中は敵だぞ!」
原田が看板を指して怒鳴った。
「まあまあ、餅に罪はないんやから」
祐の言葉に、近藤と沖田 がうなずいた。
「そうだな」
「そうだよ」
三人になだめすかされて、原田は縁台にドッカと腰を下ろした。
「仕方ねえ。じゃあ、奢りで」
近藤は懐から財布を出しながら相好を崩した。
「今日は俺が持つよ。ほら、お琴さん、愛次郎も座って」




