表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
270/404

大盗賊の抜け穴 其之壱

五条大橋を渡り、鴨川沿いに南下すると、

やがて方広寺仁王門ほうこうじにおうもんに通じる大仏正面だいぶつしょうめん通りに出る。

四人が鴨川に架かる正面橋(しょうめんばし)の脇に差し掛かったとき、

佐々木愛次郎が不意ふいに立ち止まった。

「どうした?」

正面橋の下を見つめている愛次郎に、後ろを歩いていた原田左之助が声をかけた。

「あの男…」

原田が視線の先を追うと、浪人らしき三人連れの男たちが、しきりに周囲を気にしながら、(あし)の茂みを()き分けて歩いているのが見えた。

「怪しげな連中だな。知り合いか?」

「いえ…先をゆく丸顔の男、以前、八百藤(やおふじ)のそばで見かけたことがあります」

「誰だよ」

「知らない男ですが、ジッとこちらの様子を伺っていたので、引っかかっていたんです」


愛次郎が指差したのは、総髪そうはつ頭頂とうちょうで結い上げ、打裂羽織ぶっさきばおり野袴のばかまを着た男だった。

土佐の吉村寅太郎その人である。

連れの一人は、十徳を着た五十がらみの中年男、もう一人は左眼に眼帯をした、がっしりとした体格の男で、歳は三十前後だろうか。


原田が橋の下に気をとられている内に、

愛次郎は、土手を駆け降りていた。


「ちょっと…」

愛次郎が声をかけると、吉村はハッとして、次の瞬間にはいきなり抜刀ばっとうしていた。

しかし、あしの茂みに視界をさえぎられている愛次郎は、まだそれに気づいていない。

橋の上からその様子を見ていた原田が叫んだ。

「愛次郎!伏せろ!」

愛次郎は反射的に身を低くした。


間一髪でその頭上を吉村寅太郎のいだ刀が通り過ぎる。

あし穂先ほさきがハラハラと宙を舞った。


原田は刀を抜いて橋の欄干らんかんから飛び降り、

落下の勢いに任せて、力一杯吉村の刀を叩き折った。

「おまんら、誰なら!」

吉村が叫んだ。

「そりゃ、こっちの台詞セリフだ!」

原田が吉村をめ上げた。


他の二人も、吉村にならい、すでに抜刀している。


異変に気付いた沖田が、ゆうかばうように肩を抱いた。

「ここでじっとしてるんだ」


吉村は折れた刀を打ち捨て、あしの茂みに逃げ込んだ。


原田と愛次郎はお互いに背を預けて周囲を警戒する。

「総司!そっちに行ったぞ!」

原田が叫ぶ。


沖田は正面橋の欄干らんかんから、下をのぞいた。


三人の浪士が、まっすぐこちらに向かってくる。

先頭を走る丸顔の男は、脇差わきざしに持ち換えていた。

「…下がって」

沖田はゆうに指示すると、カチリと鯉口こいくちを切った。

その声音こわねゆうは状況を悟り、身を硬くした。

沖田はスラリと刀を抜き、

そのまま姿勢を低くして、敵めがけて走る。


男たちは、三角の陣形で突っ込んできた。


むせかえるような草の匂い。

沖田は距離をはかり、

一足一刀いっそくいっとうの間合いに入る寸前で横っ飛びした。

浅葱色あさぎいろの羽織がはためいた。


先頭の男が振り下ろした脇差しはわずかに届かず、

沖田は横にいだ刀の背で男のあしを払い、

返す刀で右側にいた片目の男の手の甲をしたたかに打った。

「ぐっ!」

男たちは痛みで声にならないうめきを漏らす。


残るひとり、左側を走っていた年配の男は、ゆうに向かって行く。


「逃げろゆう!」

ゆうは、頭を抱えて土手の方向へ走った。

沖田は男に追いすがったが、

男はゆうに目をくれず、そのままあしの茂みに駆け込み、姿をくらました。

沖田はゆうに走り寄って無事を確認した。

怪我ケガは?」

「ううん、大丈夫」

ゆうは首を振った。


「ええから、たくっちょきや!」

茂みの何処(どこ)からか吉村の声がした。


沖田は後の二人を振り返ったが、

彼らも同じく茂みに身を隠したらしい。


「くそ!近藤さんに止められてなきゃ、斬り捨てたんだが…」

敵がどこに隠れているか判らない今、下手に仲間と離れない方がいい。

沖田は、えて深追いしなかった。


「大丈夫か!」

原田が駆けつけて二人を見た。

「ええ」

沖田がうなずく。

「…あんたら、ほんまに強かったんやなあ」

ゆうは目を丸くして言った。

「お前はしかし、呑気のんきでいいな」

原田が可笑(おか)しそうに、ゆうの頭をクシャクシャとでた。

しかし、言葉とは裏腹(うらはら)に、ゆうの心臓は早鐘(はやがね)のように打っていた。

「…足でまといになってもた。ごめんな」

「いや、無事でよかった」

沖田はまだ周囲を警戒しながら答えた。



大仏餅屋の裏木戸(うらきど)にはまだ動きはなかった。

琴は近藤より先に吉村寅太郎の身柄を押さえて、軍資金の在り処(ありか)を聞き出そうと考えていた。

確かに、紙のように薄い希望だ。

吉村がその金を自由にできるなら、今頃ケチな強請ゆすりなどやっていないだろう。

しかし、1年前、吉村が伏見義挙(ふしみぎきょ)呼応(こおう)する気だったのなら、薩摩や田中河内之介とも連携れんけいしていたはずである。

少なくとも何か知ってるかもしれない。


仮にその軍資金がすでに誠忠組(せいちゅうぐみ)なる薩摩の過激派の手中(しゅちゅう)にあり、土佐や長州すら手出しできないとしても、

その情報を京都守護職(きょうとしゅごしょく)の会津に渡せば、ご公儀(こうぎ)の知るところとなり、これ以上の政治的な混乱を未然に防げるかもしれない。


なにより、まかり間違って、その金が吉村に渡るようなことがあれば、攘夷親征じょういしんせいなどというとんでもない暴挙が現実になるかもしれない。

あの坂本龍馬が言っていたではないか。

今の日本の軍備では、到底とうてい諸外国にする力などないと。

負けの知れている戦に、強引に(みかど)を巻き込むなど、

それだけは何としても阻止(そし)しなければならない。


結局のところ、琴は清河の理想に魅かれながらも、山南敬介の理性に寄り添うことを選んだのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ