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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
262/404

大望の残像 其之参

「巻き込んでしまったのは、悪かったと思ってます」

これは、琴の本心だった。

が、山南は首を横に振った。

「私のことはいい。しかし、今となっては、そこまでの危険を犯す意味があるんですか」

それは、土方歳三と全く同じ問いだった。


「清河八郎が死んだから?」


山南は琴の傷に触れたことに気づいてハッとした。

「…清河さんのことは、私も惜しい人を亡くしたと思っている」

「それ、本気で言ってるの?」

「ああ、これまでの経緯いきさつはどうあれ、彼はこの国にとって必要な人間だった」

「あれは…自業自得です。いい気味だわ」

琴はばちに言った。


貴方あなたの、それは本心ですか」


琴は足元の水溜みずたまりに次々と浮かんでは消えてゆく小さな波紋はもんへ視線を落としたまま、寂しげにうつむいている。

「…わかりません。彼は…清河八郎は、自信過剰で、皮肉屋で、謀略ぼうりゃく好きで、とても善良と言えるような人じゃなかったけれど…」

「けど、なんです?」

「…やっぱり、わかりません」


「まさか、あなたは清河のやり残した仕事を引き継ぐ気ですか?」


琴は驚いたように大きな目を見開いて山南を見上げた。

山南もまた、琴の心中に踏み込むようにじっと見返している。

「良之助みたいな言い方。ねえ、私のことを傷ついた十六歳の女の子みたいに扱うのはやめて。どう思おうが勝手ですけど、私は清河の選ぶ手段に賛同したことはないし、彼をあがめたりもしていません」

「では教えてください、お琴さん。清河はあんな黒船モノが作れる国々と、どうやって渡り合うつもりだったんです?そんなことが本当に出来ると信じていたんでしょうか」

山南を見つめるその眼に、ふとうれいの色が差した。

「私は…その問いに答えられるほど長い時間を、清河と過ごしたわけじゃありません。けれど、一つだけ確かなのは、彼の犯した残酷ざんこく非道ひどうな行為の、どの一つとして、自分の欲得よくとくの為ではなかったという事です。それを正当化するつもりはないけど、その先にあるはずだった結末を、私も知りたかった…」

琴は、山南と話すことによって、あいまいだった自分の気持ちが明確になっていくのを感じていた。

「ええ…確かに彼の背負ったごうは深い、が、だからこそ大局を見ることも出来たんだろう。この前は言葉足らずだったが、あの家里次郎いえさとつぐおでさえ、彼なりの正義があったんです。それを惜しむ気持ちは、私にもまだ残っています」


琴は山南の申し開きにただ力なく微笑み返し、ふところにあった手紙を差しだした。

「…これを見てください」


「なんですこれは?」

山南は雨除けの油紙をきながらたずねた。

琴は肩をすくめて見せた。

「生前、清河から預かったものです」


宛書あてがきには、

法輪寺ほうりんじする僧へ、二つ目の慶事けいじを願い、後事こうじたくす」とのみある。


達筆たっぴつだ」

山南は上目遣うわめづかいに琴を見て、面白くもなさそうに笑った。


「何のことだかわかりますか?」


山南はしばらくの間、その手紙の角を持って、裏返してみたり、透かしてみたりしていた。


「表にはこの意味深いみしんな宛名以外、何もない。それで?中にはなんと書いてあるんです」

「まだ開けていません」

山南は手紙を軽く振って見せた。

「見ても?」

「それはお見せ出来ません。私は友人として、清河との最後の約束を果たしたいだけなんです。でも『二つ目の慶事けいじ』が浪士組の利害と相反あいはんするものだったら?」

「もちろん、その手紙を届けさせるわけにはいかない」

「だから、開けないほうがいいんです」

「なるほど。我々の関係をこれ以上こじらせないためにも賢明けんめいだ。さて…」

山南はまた宛書あてがきの文字を見て考えにふけった。


「清河は間もなく同士が上京すると言ってました。これは法輪寺のお坊さんがその男との仲介をするという意味でしょうか?」

琴は山南の意見を待った。

山南は、手紙を琴に手渡し、更にしばらく間を置いた。

「たぶん、これは言葉遊びと言うか、謎かけですよ。万が一、その手紙が人手に渡ったときのことを考えた用心かも」

「だとしたら、ただの悪ふざけです。そういう男なんです。私たちがこの手紙を見るとき、自分はもう死んでるくせに。なにを考えてるんだか」

琴はうんざりした顔でため息をついた。


「やはり…お琴さんは、深いところで清河さんと心が通じていたんですよ」

「え?」

山南は寂しそうに微笑んだ。

「いや…下ノ下立売通しものしもたちうりどおりの法輪寺は別名だるま寺と言って、この『する僧』とは、おそらく達磨大師だるまたいしのことだ」

「じゃあ『二つ目の慶事けいじ』というのは…」

「『二つ目の慶事けいじを願う』からには、まだダルマの目は一つしか入っていないと言う意味じゃないでしょうか。つまり、隻眼せきがん?誰かそういった人間に心当たりはありませんか」


琴の脳裏のうりに清河八郎が寺田屋の女将おかみ登勢とせに伝えた名前がフラッシュバックした。


「あります。清河が江戸にいた頃、行動をともにしていた男です」

琴の答えは、山南の記憶の呼び水になった。

「そうか、思い出したぞ。玄武館げんぶかん道場にいた安積吾郎あさかごろうのことかも知れない。たしか、彼は子供のころ右目を痘瘡とうそうでやられている。私や良之助くんと同門だった男です。道場で清河と一緒にいるところをよく見かけました」


「彼を探す」

琴の言葉は、静かな決意を秘めていた。


山南は、その決意に不穏ふおんな予感を抱いた。

「それは誰かに任せればいい。これで清河さんへの義理は果たせたでしょう?」


琴はあいまいな笑みを浮かべたまま、手紙を油紙あぶらがみで包み直した。

「何を考えてるんです」

「別に。けど、どのみち、もうしばらくは都に居るしかないんです」

「君は清河が死んだことの責任を勝手に背負い込んで、自分を罰しようとしている」

「やめて。そうやって私まで分析しようとしないで」

「そんなつもりは…じゃあ、私はどうすればいい?お金のことなら…」「私と山南さんは、」

琴は山南の言葉の続きを打ち消した。

「あとどのくらいの間、こうやって一緒に過ごせるのかな」


山南は気抜けしたように大きなため息をついた。

「まるで女の子みたいなことを言うんだな」


琴は山南をひとにらみして、 それから居住いずまいを正した。


利害りがいの一致する限り、浪士組には私が知り得た事実を伝えます。土方さんにもそう伝えてください」

「お琴さん」

「…心配しないで」

琴は安心させるように微笑んだ。


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