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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
254/404

明里 其之弐

「誰って、おまえ、新見が帰ってくるまでの局長代行だよ」

芹沢鴨が耳をほじりながら答えた。

「聞いてねーし!」

原田が詰め寄ると、

芹沢はそらとぼけて、何か思い出そうとするように首のあたりをさすった。

「えー?そうか?そうだっけ?近藤にはちゃんと言った気がするけどなあ?でも、アレだ、ほら、小石川の伝通院から、俺らと一緒に京に上ってきた浪士組の同志なんだから。まあいいだろ?」

沖田が首を傾げる。

「谷なんて、そんな人いたかなあ」


とそこで、八木雅がハタと辺りを見渡した。

「そうゆうたら、近藤先生や土方先生はどちらどす?」

「二条城から一緒に帰ってきたんですけど、そこで別れて、どっか寄り道してるみたいです」

「こんな時間にどすか?」

沖田はまゆを寄せてうなずき、原田たちに聞こえないよう声をひそめた。

「ええ。アレは島原で飲んでるんじゃないかなあ。きっと朝帰りですよ」


「おい総司!無駄話してないで行くぞ」

原田が、沖田の後ろえりを引っ張って部屋へ取って返した。

河合耆三郎も、アタフタとそれに続く。

隊士たちが寝起きしている六畳間の前まで行ってみると、隣の四畳間から藤堂平助が顔を出して手招てまねきした。

「こっちこっち!」


三人は藤堂に誘われるまま、足音を忍ばせて真っ暗な部屋に入ると、隣接する六畳間とを仕切るふすまから中をうかがおうとした。


と、突然。

「いよお!お帰り!何してんの?」

予想もしなかった背後から声がして、四人は飛び上がらんばかりに驚いた。

それでもお互いの口を押さえて、なんとか叫び声をこらえ切る。

振り返って暗闇に目をらすと、部屋の隅に大阪で会った一心寺の元僧侶、安藤早太郎が肘枕(ひじまくら)をしてくつろいでいる。

沖田が、安藤にい寄って、小声で詰問した。

「な、なに勝手に上がり込んでるんですか?!」

「失礼な。ちゃんとそこの局長さんにご了承いただいたうえで、上がり込ませてもらってるんだがね?」

「きょ、局長?やっぱり隣にいるのがその局長なんですね?」

安藤は不審ふしんげにまゆを寄せた。

「俺に聴くなよ。君らは自分たちの大将の顔も知らんのか?」


「し!」

原田が人差し指を立て、ふすま隙間すきまをそっと開けた。


「…確かに福禄寿ふくろくじゅじゃねえ。しっかし、ありゃ還暦かんれきもとうに過ぎてるぞ。あんなじいさん、いたか?」

確かに白髪混しらがまじりの老人が、置物おきもののように鎮座ちんざしている。

沖田は原田の隣から首を伸ばして、おそるおそる六畳間をのぞいた。

「あ!あの時の、あの面白いおじいちゃんですよ」

何か思い当たったらしい。

原田が不機嫌にささやき返す。

「俺の中では、おじいちゃんに面白いとか面白くないとか、そういう区分けはねえんだよ。お爺ちゃんは、スベカラクジジイだ」

「えー?ほら!わたしたちが中津川から六番隊に組み替えになったあと、十三峠じゅうさんとうげあたりで、前の組から落ちこぼれちゃったお爺ちゃんを追い越しそうになったじゃない」

「ウ~ム、そういう事があった気もするが、それは山へ芝刈しばかりに来たおじいさんじゃないのか?前を歩いてたって言やあ、祐天ゆうてんナントカいう侠客ヤクザの親分が、おっかない乾児こぶんどもをゾロゾロ引き連れてた組だぜ?」


すると、福禄寿ふくろくじゅがいきなり声を発した。

「キミ達さあ、聞こえちゃってるよ。ワタシは一応()われてここに居るわけ。だから、なんて言うのかなあ、それなりの敬意をもって接してくれないと」

「うわ!びっくりした!」

「ひい!」

原田たちは、思わず悲鳴を上げてから、観念しておずおずとふすまを開けた。

「す、すんません、こんばんは~」

局長代理と聞いてしまった手前てまえ、一応、挨拶あいさつしておかねばならないだろう。

一人ひとり姓名せいめいを名乗り、福禄寿ふくろくじゅの反応を待った。


「いやあ、ごくろうさん。谷右京たにうきょうです。キミ達、こっちに来る道中でも会ったよね?」

ヌーボーとした見た目通りの、ノンビリした口調。

谷右京、御年おんとし六十三歳の浪士組隊士である。


沖田は、早速ズケズケと質問を始めた。

「なんで此処ここにいるんです?わたしたち以外にもこっちに残った人がいたなんて聞いてませんよ」

谷老人は軽くき込んでから、ノホホンと説明を始めた。

「だって、やっとの思いで京まで辿たどり着いたのにさあ、清河くんだっけ?また引き返せなんて無茶むちゃ言うんだもの。そんなの、もう無理だよねえ?私の歳じゃ下手ヘタしたら死んじゃうこともあるわけじゃない?だから都に骨を埋めるっていうのかねえ、残ることにしたの」

原田が承服しょうふくしかねる様子で胡坐あぐらをかいた。

「そりゃまあ、そうかも知れねえけど、じゃあ、あんたみたいな爺さんが何しに出て来たんだ?」

失敬しっけーな!ご奉公ほうこうってのはね、なにも腕っぷしだけじゃないんですよ。大事なのはココですよ、ココ」

分かりにくいが、どうやら怒っているらしい谷右京は、自分の頭を指先でコツコツと小突こづいた。

「ははあ…」

「キミたち分かってないなあ。これからはさ、鉄砲の時代なんだよ。この国で出回ってる旧式の鉄砲なんてのは、あんなの外国じゃあ骨董品こっとうひんですよ。火縄ひなわに着火して、口から火薬かやく詰めて、その上にまたタマを込めてさあ、そんなのチンタラやってる間に、向こうは二三発撃っちゃうんだから」

河合は、前のめりになって話に聞き入った。

「あちらは野蛮やばんだと聞いておりましたが、つまり文明は日進月歩にっしんげっぽなんですねえ」

「そ。だから私は今ねえ、アメリカ製の元込(もとごめ)式の鉄砲を手に入れてさ、コレをね、バラシて研究してるんだな。あとね、鉄砲のタマを防げるたて!これなんかもう完成間近かんせいまぢか、今度見せてあげる。考えてもごらんなさいよ。これから外国といくさしようってときに、その外国に、何百両何千両って金を払ってだよ?鉄砲を買うなんて国策は、大いなる矛盾むじゅんはらんでいると思わないかい?」

「た、たしかに」

藤堂も河合も、聞いているうちに何となく納得させられてひざを正した。

「おんなじもんが日本で作れればさ、これはもう一挙解決じゃない。ね?」

「す、すげえ」


鍋島や島津など先見性のある大名は、すでに国をげて西洋式の兵器開発に着手していたが、浪士組に一個人でこうした武器の研究を進めていた人材があったことは、あまり知られていない。


「でしょ?そうでしょ?研究だったら別にこっちでも出来るワケじゃない?たださあ、問題はね、お金なんだなあ。とにかくお金がかかんの。困ったなあって思ってたら、ある日、浪士組の新見さんて人が訪ねて来て、言うわけ。浪士組の幹部にね、名前をつらねてくれたらお金を出してもいいってさ。渡りに船。名義貸めいぎがしじゃないけど、そんなんで資金が手に入るなら、お安い御用ですよ」

科学にも武器開発にも興味のない沖田は不承不承ふしょうぶしょううなずいた。

「ま、まあ、だいたいんとこ経緯いきさつは分かりましたよ」

原田には、もうひとつ気になることがあった。

「でも局長代行ってことは、なに?山南さんとか土方さんよりエライってこと?」

「ボクはその人たちのこと覚えてないんだけどさあ。やっぱり、そういうことになるのかなあ?困っちゃうよねえ」

原田はアゴをさすりながら、考え込んだ。

「ん~、ほんじゃまあ、荒っぽいことは俺らに任せて、御大おんたいはド~ンと座っててくれりゃいいんじゃねえすか?」

もとより原田には何の権限もなかったが、谷老人は茫洋ぼうようたる風格を発揮して、深くうなずいた。

「ん。ん。なんか困ったことがあったら、また声を掛けてちょうだい。じゃあね」

沖田が慌てて呼び止める。

「じゃあねって!ど、どこ行くんですか?!」


近所そこ政太郎まさたろうってお百姓ひゃくしょうさんがいてねえ。納屋なやを借りて研究に使ってるから。ま、いつでもいらっしゃい」

谷老人はそう言い置いて、飄々(ひょうひょう)と出て行った。



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