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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
246/404

カッパ島の決斗 其之陸

近藤勇と山南敬介は、肩を並べてその試合を眺めていた。

「どうです?我々はきっと強くなりますよ。敵のふところで戦う柔術じゅうじゅつや、離れた敵を倒す弓術きゅうじゅつは、いずれも今の我々が持たない力だ」

山南が近藤の横顔に問いかけた。

近藤は何か思うところがあるのか、ふところで腕を組んだまま答えない。

土手を登ってきた土方が、二人の前で立ち合いを振り返った。

「ふん、だから集めたんだよ」


近藤は土方に鋭い視線をれた。

「まだまだ足らんな。清河はこの世を去ったが、桂小五郎、武市半平太、吉村寅太郎に宮部鼎蔵みやべていぞう、周りは敵だらけだ」

「5月10日からは、みんな、お友達じゃなかったのかよ?」

土方が茶化しても、近藤は表情を変えなかった。

「少なくとも、大名だいみょう連中は、そうだろう。表向きはな。だが、若い藩士の中には、公武一和こうぶいちわをぶち壊そうと画策かくさくする者も少なくない。彼らは、清河八郎のようにあきらめないだろう」


徐々に力を付けつつある組織が正当な評価を与えられないことに、土方は腹を立てた。

「ずいぶん弱気じゃねえか、局長さん。この際、ハッキリさせとくが…ん?なんだ?」

急に言葉を切ったのは、背後から聴こえる低い地鳴りのような音のせいだった。

山南も、目を閉じて耳をすませる。

「…なにか近づいてくる」


やがて、土手の向こう、合羽島の工場街から、人相にんそうの悪い男たちが、怒声をあげながら近づいてくるのが見えた。


みな、丸坊主やタバネといった髪型で、

胸元むなもとには刺青いれずみがのぞいている。

中には諸肌もろはだを脱いでサラシを巻いた者もいて、

遠目にも、やくざ者の集団と分かった。


大坂で情報収集を担当する新参の隊士、佐々木蔵之介が、痛恨つうこんの面持ちでひたいに手を当てた。

「あちゃー、やっぱり見つかってもうた!」

言い終わらないうちに、数十人のヤクザの大群が、河原に駆け下りてきた。


「コラー!おまえら、なに勝手に集まってチョケ(ふざけるの意)とんねん!」

背中に役者絵の刺青タトゥーの入った男が怒声を上げ、

ひたいからほおにかけて刀傷の残る大男がそれに続く。

「会津おあずかりやとー!ふざけんなゴンタどもが!ここはワシらの管轄シマじゃー!」


その中に、なぜかズブ濡れの侠客きょうかくが一人、松原忠司を指さして叫んだ。

「あー!松原や!三郎治とわしをやったんは、アイツや!」

役者絵の男は、それに反応して松原に狙いを定めた。

「オマエ、簀巻すまきにして摂海せっかいに沈めたるからなー!」

侠客きょうかくたちは、我先われさきに標的へ殺到した。


大坂が地元の佐々木愛次郎は、同郷の佐々木蔵之介の肩を叩いた。

「あれって…ひょっとして?」

「おう、例の『エライコッチャざむらい』や」


その言葉にいち早く反応したのは、地獄耳じごくみみの松原だった。


「エライコッチャザムライやとー!先に言わんかい!ほんなら、おまえら万吉の子分やないかー!かかってこい!シバいたるー!」

大音声だいおんじょう雄叫おたけびを上げ、

自らヤクザの集団に飛び込んでいくと、いきなり役者絵の男を投げ飛ばした。


「おおーっ!」

歓声があがると同時に、浪士たちがザワつき始めた。


沖田は、どうやら事情を知っているらしい佐々木蔵之介にたずねた。

「なに?なんて?なにザムライ?」

「“エライコッチャ侍”ですよ。要は地周じまわりのヤクザなんですが…」


浪士組が”壬生狼みぶろ”と渾名あだなされたように、明石屋万吉の子分たちは、大坂の人々から”エライコッチャ侍”と呼ばれていた。

先に述べたように、治安部隊として、いきなり一柳ひとつやなぎ家から士分しぶんに取り立てられた彼らは、武士としての体裁ていさいを整えるべく、町中で「えらいこっちゃ」と騒ぎ立てながらカタナなどを買い求めたのが由縁ゆえんとされる

急ごしらえのサムライという意味では、近藤たちの境遇きょうぐうと似ているが…いかにも大坂らしいネーミングセンスだ。


松原忠司が、小野藩への当てつけに浪士組に入った動機もこれだった。


一方、大坂の浪士たちは、相手が公権力こうけんりょくと知って関わり合いを恐れた。


しかし、門弟もんていの柳田三次郎と菅野六郎はそうも言っていられない。

「ま、まっちゃん!あかん!もう見てられへん。六郎、行くで!」

「…しゃあないなぁ。ヤケクソや」

見るに見兼ねて、渋々(しぶしぶ)ながら加勢することになった。


そして、 生真面目きまじめな林信太郎も、

「数にものを言わせるとは、卑怯ひきょうなり!助太刀すけだちいたす!」

義侠心ぎきょうしんからそこに加わった。


たまたま騒ぎの中心にいた島田魁は、侠客たちの振り回す刺股さすまた突棒つくぼうを振り払らいながら、必死で止めようとしたが、勢いは収まらない。


「よーし!俺も!」

ついには、新入隊士の中村金吾も、木太刀を振りあげて斬り込んでいった。


四人の助っ人は、大健闘をみせたが、松原はさらにすさまじかった。


柄取つかとり、

左脇抱ひだりわきかかえ倒し、

首投げ、

腰投げ、

背負い投げ、

すさまじい強さを発揮はっきして、次々と素手で敵を倒してゆく。


「カカカ!最高や!」


永倉新八は、松原の圧倒的な強さに舌を巻いた。

「…あの野郎、ハッタリじゃなかったってことか」


しかし、原田左之助は、こんな大喧嘩おおげんかを見ているだけで満足できる男ではなかった。

「がぜん面白くなってきたぞーっ!」

水を得た魚のように、片肌かたはだを脱いで、騒ぎの渦中かちゅうに飛び込んでいく。


河原は、大乱戦の様相をていした。

気がつけば、血の気の多い町人まで喧嘩ケンカに加わっている。



もはや収集のつきそうにない騒ぎを、近藤勇は、なかあきらめたようにじっと見つめている。

「やれやれだな」

こういう立場になければ、彼自身も荒っぽいのは嫌いではない。

山南敬介は、沖田総司や藤堂平助までが騒ぎに加わっているのを見て、苦笑いしながらかぶりを振った。

「どうやら、気が合ってるみたいですよ」

「とにかく…」

なにか言おうとした近藤を、井上源三郎が鬱々(うつうつ)とした表情でさえぎった。

「しかしねえ、人選はくれぐれも慎重に願うよ。なんせ人が増えれば、そいつらも食わしていかなきゃならん。つまりね、また余計な金がかかるってこった」


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