カッパ島の決斗 其之陸
近藤勇と山南敬介は、肩を並べてその試合を眺めていた。
「どうです?我々はきっと強くなりますよ。敵の懐で戦う柔術や、離れた敵を倒す弓術は、いずれも今の我々が持たない力だ」
山南が近藤の横顔に問いかけた。
近藤は何か思うところがあるのか、懐で腕を組んだまま答えない。
土手を登ってきた土方が、二人の前で立ち合いを振り返った。
「ふん、だから集めたんだよ」
近藤は土方に鋭い視線を呉れた。
「まだまだ足らんな。清河はこの世を去ったが、桂小五郎、武市半平太、吉村寅太郎に宮部鼎蔵、周りは敵だらけだ」
「5月10日からは、みんな、お友達じゃなかったのかよ?」
土方が茶化しても、近藤は表情を変えなかった。
「少なくとも、大名連中は、そうだろう。表向きはな。だが、若い藩士の中には、公武一和をぶち壊そうと画策する者も少なくない。彼らは、清河八郎のように諦めないだろう」
徐々に力を付けつつある組織が正当な評価を与えられないことに、土方は腹を立てた。
「ずいぶん弱気じゃねえか、局長さん。この際、ハッキリさせとくが…ん?なんだ?」
急に言葉を切ったのは、背後から聴こえる低い地鳴りのような音のせいだった。
山南も、目を閉じて耳をすませる。
「…なにか近づいてくる」
やがて、土手の向こう、合羽島の工場街から、人相の悪い男たちが、怒声をあげながら近づいてくるのが見えた。
みな、丸坊主やタバネといった髪型で、
胸元には刺青がのぞいている。
中には諸肌を脱いで晒を巻いた者もいて、
遠目にも、やくざ者の集団と分かった。
大坂で情報収集を担当する新参の隊士、佐々木蔵之介が、痛恨の面持ちで額に手を当てた。
「あちゃー、やっぱり見つかってもうた!」
言い終わらないうちに、数十人のヤクザの大群が、河原に駆け下りてきた。
「コラー!おまえら、なに勝手に集まってチョケ(ふざけるの意)とんねん!」
背中に役者絵の刺青の入った男が怒声を上げ、
額から頬にかけて刀傷の残る大男がそれに続く。
「会津お預かりやとー!ふざけんなゴンタどもが!ここはワシらの管轄じゃー!」
その中に、なぜかズブ濡れの侠客が一人、松原忠司を指さして叫んだ。
「あー!松原や!三郎治と儂をやったんは、アイツや!」
役者絵の男は、それに反応して松原に狙いを定めた。
「オマエ、簀巻きにして摂海に沈めたるからなー!」
侠客たちは、我先に標的へ殺到した。
大坂が地元の佐々木愛次郎は、同郷の佐々木蔵之介の肩を叩いた。
「あれって…ひょっとして?」
「おう、例の『エライコッチャ侍』や」
その言葉にいち早く反応したのは、地獄耳の松原だった。
「エライコッチャザムライやとー!先に言わんかい!ほんなら、おまえら万吉の子分やないかー!かかってこい!シバいたるー!」
大音声で雄叫びを上げ、
自らヤクザの集団に飛び込んでいくと、いきなり役者絵の男を投げ飛ばした。
「おおーっ!」
歓声があがると同時に、浪士たちがザワつき始めた。
沖田は、どうやら事情を知っているらしい佐々木蔵之介に尋ねた。
「なに?なんて?なにザムライ?」
「“エライコッチャ侍”ですよ。要は地周りのヤクザなんですが…」
浪士組が”壬生狼”と渾名されたように、明石屋万吉の子分たちは、大坂の人々から”エライコッチャ侍”と呼ばれていた。
先に述べたように、治安部隊として、いきなり一柳家から士分に取り立てられた彼らは、武士としての体裁を整えるべく、町中で「えらいこっちゃ」と騒ぎ立てながらカタナなどを買い求めたのが由縁とされる
急ごしらえのサムライという意味では、近藤たちの境遇と似ているが…いかにも大坂らしいネーミングセンスだ。
松原忠司が、小野藩への当てつけに浪士組に入った動機もこれだった。
一方、大坂の浪士たちは、相手が公権力と知って関わり合いを恐れた。
しかし、門弟の柳田三次郎と菅野六郎はそうも言っていられない。
「ま、まっちゃん!あかん!もう見てられへん。六郎、行くで!」
「…しゃあないなぁ。ヤケクソや」
見るに見兼ねて、渋々ながら加勢することになった。
そして、 生真面目な林信太郎も、
「数にものを言わせるとは、卑怯なり!助太刀いたす!」
と義侠心からそこに加わった。
たまたま騒ぎの中心にいた島田魁は、侠客たちの振り回す刺股や突棒を振り払らいながら、必死で止めようとしたが、勢いは収まらない。
「よーし!俺も!」
ついには、新入隊士の中村金吾も、木太刀を振りあげて斬り込んでいった。
四人の助っ人は、大健闘をみせたが、松原はさらに凄まじかった。
柄取り、
左脇抱え倒し、
首投げ、
腰投げ、
背負い投げ、
すさまじい強さを発揮して、次々と素手で敵を倒してゆく。
「カカカ!最高や!」
永倉新八は、松原の圧倒的な強さに舌を巻いた。
「…あの野郎、ハッタリじゃなかったってことか」
しかし、原田左之助は、こんな大喧嘩を見ているだけで満足できる男ではなかった。
「がぜん面白くなってきたぞーっ!」
水を得た魚のように、片肌を脱いで、騒ぎの渦中に飛び込んでいく。
河原は、大乱戦の様相を呈した。
気がつけば、血の気の多い町人まで喧嘩に加わっている。
もはや収集のつきそうにない騒ぎを、近藤勇は、半ば諦めたようにじっと見つめている。
「やれやれだな」
こういう立場になければ、彼自身も荒っぽいのは嫌いではない。
山南敬介は、沖田総司や藤堂平助までが騒ぎに加わっているのを見て、苦笑いしながら頭を振った。
「どうやら、気が合ってるみたいですよ」
「とにかく…」
なにか言おうとした近藤を、井上源三郎が鬱々とした表情で遮った。
「しかしねえ、人選はくれぐれも慎重に願うよ。なんせ人が増えれば、そいつらも食わしていかなきゃならん。つまりね、また余計な金がかかるってこった」




