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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
245/404

カッパ島の決斗 其之伍

「さすが谷先生、その通りです。そうなれば、あの傲慢こうまん権化ごんげみたいな土方も、先生との立ち合いを断れないと思うんです」

「よろしい!その話、乗った!ソレガシが首尾しゅびよく勝利を納めたら、あとは頼みますよ。沖田殿」

「ええ勿論もちろん是非ぜひあの男をギャフンと言わせてください!応援してます!」

目的をげて揚々(ようよう)引き上げようとする沖田のそでを、三十郎が引っ張った。

「あ、沖田殿!ちょっと!感謝いたしますぞ。この勝負が片付けば、よめ取りの件、ソレガシ相応ひさわしい候補を、熟考じゅっこうしておきましょう」

沖田は、なんとか笑顔を作り、頭を下げた。

「あ、そうすか。どーも。よろしくお願いしゃっす」


沖田が土手に駆け戻ってくるなり、土方はその襟首えりくびつかんだ。

「てかおまえ、ちゃんと納得させたんだろうな?」

充分にきつけてきた沖田は、満面の笑みでうなずいた。

「ええ、バッチリ。穏便おんびんに話をつけてきましたから。ほら、次ですよ」


「谷三十郎、松原忠治、前へ」

審判を務める島田魁が、二人の名を告げた。


「大丈夫なんですか?」

河合耆三郎かわいきさぶろうが、心配そうに三十郎の顔を覗き込む。

菊も、その隣でうなずいた。

「まあ、見ておきたまえ、お菊さん」

三十郎はニタリと笑い、菊の肩を叩いて前に進み出た。

「ヤツは、そこそこ名の知れてる流派の高弟こうていらしい。しかも専門は敵のふところに入らねば何も出来ん柔術だ。シメシメ」

ネームバリューのある相手を倒して、この機会に名を売るつもりらしい。


松原忠治と対峙たいじした三十郎は、慇懃いんぎんに礼をしてから正眼せいがんに構えた。

「小坊主…もとい、忠太郎ちゅーたろー殿、そなたに恨みはないが、くじ運がなかったとあきらめてくれ」

長身の三十郎は、自然、見下ろすような形になり、単純な松原は簡単に挑発ちょうはつに乗ってしまった。

「あー!おまえケンカ売っとるなあ!」

「とんでもない。さあ、かかってらっしゃい」


「コロスー!!!」

「はじめ」の声は、松原の気合きあいにき消された。

島田が手を上げると同時に、松原が襲いかかる。


が、次の瞬間。


「てぇい!てい!」

パン!パーン!と、乾いた音が響いた。


三十郎は、かろやかに松原の左に踏み込み、

同時に脳天のうてんへ一発、

更に、胴へ一発入れて、

身体を入れ替えた。


「いでっ!」

松原のひざが、カクリと折れる。


永倉新八が、原田左之助に軽く肘鉄ひじてつを入れた。

「話が違うじゃないか。長男も腕は悪くない」

「ああ、アレで道場剣法は、なかなかのもんなんだ。だが、どっちにしろ根がいやしすぎて、実戦では使えん」


「ま、まっちゃん!」

松原の弟子、三次と六郎がけ寄った。

「ま、まだじゃー。ワシはまだ負けてへんど〜!!」

不屈ふくつの闘争心を見せたが、

松原はそのまま目を白黒させて大の字に倒れた。


谷三十郎は、土方に向かって高笑いした。

「フハハ!ソレガシにかかればご覧の通り!

不逞浪士ふていろうしの十人やそこらなど倒すのは造作ぞうさもない。

ただし!重要なのは、そこじゃありませんぞ。

もうお分かりと思うが、ソレガシが浪士組に加われば、

武士のほこりや品位、そういった形のない財産ものを、

他の隊士たちに与えてやれるでしょう」

明らかに土方への当て付けだったが、意外にも土方は、敬意を示すように頭を低くして三十郎に歩み寄った。

「そう願うね。確かに、谷先生の立ち合いには、一種の風格があった」

「ご理解頂けて、祝着(しゅうちゃく)にござる。では土方殿、約束通り、次はお相手願え…」

と、土方は、人差し指を立てて、三十郎の言葉をさえぎった。

「実はついこないだも、そのブシノホコリとかいうのをけがした奴がいてね。そいつのハラワタで、会所の畳をよごしちまったばかりなんだ。いちいち腹を切らせてちゃ、畳代も馬鹿にならんが、わかるだろ?会津中将あいづちゅうじょう(松平容保)の名前に泥を塗ることも出来ん。悩ましいところさ」

「土方副長、そう、おどさなくても」

島田魁が(たしな)めたが、土方は、なおも三十郎に顔を近づけて口をへの字に曲げてみせた。

「ああ、そうそう、申し出は光栄だ。ブシノホコリを賭けて、お相手(あいて)(つかまつ)ろう」

殺気に満ちた眼が、ギラリと光り、

三十郎は、その圧力に黙りこんだ。


そして、

躊躇(ためら)いなく(てのひら)を返した。

「土方殿は、浪士組の副長であらせられましたかー。では若鶴わかづるちゃんは、おゆずりするより他なさそうですなあ」

この厚顔無恥(こうがんむち)な、もとい、強靭きょうじんな精神力こそ、彼の最もひいでた資質ししつかもしれない。

太夫たゆうはモノじゃねえ、ゆずるのゆずらないの、それは本人が自分の意思で決めることだ」

土方が、松原忠治の落とした竹刀しないひろい上げようとした。


その刹那せつな


「アホかー!まだ勝負はついてへんわい!さっきの説明、聞いとらんかったんかい!上級者は三本勝負じゃー!」

松原が跳び起きて叫んだ。

三次と六郎が飛び退く。

「うわー!生き返りよった!」


三十郎は、島田の顔を見た。

「え!そうなの?」

島田はあわてふためいたが、松原は、すでに臨戦態勢りんせんたいせいに入っている。

「あ、いや?そう!そ、そう言えば、そううようなことを言ってたような!」


松原が、頭上で六角棒をブンブン回すのを見て、

三十郎も、再び正眼せいがんに構え直した。

「なれば、仕方ない。だが、ソレガシに虚仮威コケおどしは通用しませんよ」

「死にさらせボケー!」

松原は、いきなり六角棒を投げつけた。


「うわー!」

三十郎は自分めがけて一直線に飛んでくる棒を、

すんでのところで叩き落とした。


しかし、その時すでに、松原はいのししのような勢いで間を詰めている。

腰めがけて強烈なタックルをブチかまし、

そのまま、三十郎を引き倒した。


気がつけば、三十郎は仰向あおむけに寝転んで、空を眺めていた。

胸板むないたを松原に片膝かたひざで踏みつけられて、身動きすらできない。

「もう一回やったってもええけど、次は遠慮えんりょせんからなあ!降参するなら今やど!ケケケ!」


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