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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
244/404

カッパ島の決斗 其之肆

三人は、巨漢きょかんの島田魁に猫の子のように衣紋えもん(襟の後ろ)を吊られ、近藤や土方が見物している土手に引っ立てられて行った。

谷三十郎は、抜け目なく、引きずられてゆく沖田に伴走した。

「ホホホ、聞きましたぞ、沖田殿?沖田殿の嫁取よめとりも、ソレガシがお膳立ぜんだていたしましょう。ええ!」

「もう、わたしのことは放っといてくださいよ!」

「いいから!任しておいてください!いや、いいから!ご遠慮えんりょは無用!その代わりと言っちゃあなんだが、立ち合うのであれば、ソレガシ、ヒジカタとかいう浪士を相手に所望しょもう致す」

土方をにらみつける三十郎の目が本気なのに気づいて、沖田は急に話に引き込まれた。

「な、なぜです?」

「ソレガシの贔屓ひいきにしている太夫たゆう(たぶら)かしておるのが、あの助平スケベ浪士なのです。近頃、新町で派手ハデ浮名うきなを流してるようだが、馴染なじみのソレガシを差し置き、若鶴わかづるちゃんを連れまわすなど、とんだ横紙破よこがみやぶり!よい機会なので、その無粋者ぶすいものに身の程を思い知らせてやろうと思いまして」

昨日も一昨日も若鶴からソデにされた三十郎の恨みは深い。


脇で話を聞いていた原田は心底ウンザリしていた。

「あんた、それを言いにわざわざ来たのかよ?」

「もちろん、浪士組加盟の為に参ったのだ。土方をらしめるのは、行きがけの駄賃だちんである」


沖田は、土手まで来ると、土方にひたいを突き付けるようにして親指で背後を指した。

「いまの聞いた?あの『土方すけべろうし』ってさあ、土方さんのことですよね。やっぱり」

「…かもな」

土方は、素っ気なく応えた。

近藤は、可笑しそうに、

「ぜひとも、身の程を思い知らせてもらった方がいいんじゃねえか?トシ

と茶化したが、土方は鼻にも掛けない。

「抜かせ。俺は別にどっちでもいいんだが、あの若鶴太夫わかづるだゆうのほうが、俺に気があるみたいでな」

戻ってきた永倉が、さっそく話に食いついてきた。

話がつやっぽい方向に転ぶと、黙っていられない。

「しっかし、あの大将の目つきは、嫉妬しっとに燃えちゃってるぜえ?きっと、若鶴ちゃんから『土方センセと谷センセはどっちがお強いんどすやろ?』なーんてなことを聞かれてんじゃねえの?」

沖田は、さも残念そうに項垂うなだれ、首を振った。

「土方さん…こりゃあもう、相手してやんないと」

「やだよバカ、あんなメンドクサそうな奴と。あそこの無駄ムダに元気そうな坊主頭とやらせろ。勝てば、俺が相手してやるつっとけ」


藤堂平助が、永倉の顔をのぞき込んだ。

「ていうか、そもそもあの坊主は、ナニモノなんスか?」

「さあ?俺に聞くなよ」

永倉は、無責任にも迷惑顔めいわくがおでそっぽを向いた。



とにかく、そんな訳で、ようやく選抜の立ち合いが始まった。



対戦者が双方そうほうから歩み出て、河砂利かわじゃりを踏みしめる音が響く。

一方は先ほど入隊を願い出た林信太郎である。

二人が礼をして構えると同時に、島田魁が「はじめ!」の掛け声で合図した。


それは見事な一撃だった。


林は正眼せいがんから合図と同時に間合いを詰め、

一直線にのど元を突いた。

その間は一秒にも満たない。

「うう…」

相手は林が竹刀を引いてから、ゆっくりとうずくまる。



「ス、スゴイ突きだ…」

ほとんど処刑の順番を待つ気分の河合耆三郎かわいきさぶろうは、圧倒されて足がガクガク震えている。

妹の菊は、静かに礼をして引き上げる林の所作しょさに目を奪われた。

「に、兄様、浪士組というのは本当にあんな強い人たちばかりなんですか?」

青い顔で一言もない河合に代わって、三十郎がれ馴れしく菊の肩を抱いた。

「あんなヒヨッコなど取るに足らん。お菊さん、ソレガシが本当の剣士というものをお見せしよう。だから、ソレガシ以外の男の前で、そんな顔をしなさんな」

「で、でも、あの土方様も、お強そうですよ」

菊は三十郎の手を払いながら、両手で竹刀しないをついて土手に立つ土方を見やった。

「まあ、見ていなさい。あの淫蕩いんとう好色こうしょく浪人には、お仕置きが必要なのでな」



「…ぜんっぶ、聞こえてんだよ」

土方が忌々(いまいま)につぶやくと、永倉がその両肩をつかんでさぶった。

「あーっ!あの野郎、おれに断りもなく、お菊ちゃんの肩を抱きやがったぞ!」

土方は、思い切り渋い顔で首を振った。

「ああやだやだ、虫唾ムシズが走るね」

それを聞いた永倉は、急に頭が冷えたらしい。

「…いや、あんたも新町でああいうことやってそうだけどな」

土方は、皮肉も耳に入らない様子で、菊を見ながらあごでた。

「ふむ…だが、なかなかの女を連れてる」

永倉はガックリ肩を落として、首を振った。

「ありゃ、さっきそこで会ったお菊ちゃんだろ!」


三十郎という男を良く知る原田は、二人のやり取りを聴きながら鼻の頭をいた。

「ま、奴は口八丁くちはっちょうだからな。接待せったいならうってつけの人材だぜ?」


トーナメントは粛々(しゅくしゅく)と進んで行く。


沖田総司が、ソロリソロリと浪士たちの待機場所に近づいてきて、三十郎の耳元にささやいた。

「谷先生、実はちょっと問題が…」

「…問題?なんでしょう?」

(そば)にいた河合耆三郎とその妹菊も、聴き耳を立てている。

沖田は、大袈裟おげさに困った顔をして見せた。

「その、例の土方なんですが…その、まあ先生もアレを見て薄々察(うすうすさっ)しはついてるかも知れないんですけど、かなり気位きぐらいが高くてですね」

三十郎は、土手の上に立つ土方を見ながら、何度もうなずいた。

「さもありなん、ですなあ」

「で、まことに申し上げにくいんですが」

「構いません。言ってください、沖田殿」

「その、つまり、『食い詰め浪人どもの立ち会いごときに、このオレサマが出て行って、何処どこ馬の骨(ウマノホネ)とも知れんヤツなんぞとヤレるか』と…」

「ウ、ウマの…なんですと!」

「あ、いや!あの、違いますよ!これは、わたしが言ったんじゃなくて、ヒジカタがそう言ってゴネてるんです!」

悪ノリした沖田は、下手したでに出る振りをしながら、なんの配慮はいりょも、なんのヒネりもなく、ほぼストレートに、いや、むしろ誇張こちょうして土方の言葉を伝えた。


三十郎は、着物のそであか火照ほてったひたいの汗をぬぐった。

「いや、失礼、分かっています。あの男が言いそうな台詞セリフだ。ソレガシとしたことが、ついムカっと来てしまい申した」

「ですよね。身内の恥をさらすようですが、まったく不遜ふそんというか、尊大そんだいというか、彼の扱いには我々も、ほとほと手を焼いておりまして」

沖田の言い訳は、方便ほうべんというより本音ほんねが見え隠れしている。

それだけに妙な説得力があった。

「で、考えたんですが」

うかがいましょう」

沖田と三十郎、河合、菊は輪になってしゃがみこんだ。

「あの、坊主頭の御仁ごじん。あの方は、柔術で天下に名をせた物外和尚もつがいおしょうのお弟子さんでして…」

「つまり、先にあの頭の悪そうな坊主を倒せば、ヤツも逃げられないと。こういうワケですな」


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