カッパ島の決斗 其之参
こういうことには目端の利く三十郎は、一発で浪士組の頭目を見抜き、近藤勇にうやうやしく一礼した。
「局長殿、ソレガシ谷三十郎、備中松山藩板倉家中の者にございます。先ほど、浪士組加盟を申し出たところ」
近藤は、軽く目を見開いた。
「ほう。板倉勝静様の御家中ですか」
「以後、お見知りおきを」
「ふん、出たよ。局長殿の俗物根性が…」
土方歳三が、聴こえよがしに皮肉るのを、近藤がジロリと睨みつけた。
たしかに、近藤には家格や肩書に弱いところがなくもなかったが、
のちに現れる新選組のライバル、旗本部隊「見廻組」を例に引くまでもなく、親藩、雄藩の家臣を擁する部隊というのは、自ずと重要な役目を割り振られる。
土方は、小さく両手を挙げた。
「おっと、そう怖い顔するなよ。箔付けも必要だ。だろ?それは、俺も理解してる」
封建社会においては、それが現実だった。
しかし、この話の前提は、谷三十郎が今でも備中松山に籍を置いていればのことである。
もちろん、その辺りの事情に通じている原田左之助が、黙っているはずもない。
「こらこらこら!故郷の話はそれで終わりか?まだ、続きがあんだろ…」
三十郎は、詰め寄る原田の頸に腕を回して、グイッと引き寄せた。
「まあ、まてまて、左之助ぇ。お前の言いたいことは分かっている。が。すでにソレガシの名は、あの芳名録に記されておるし、此処はもう剣技を試される場だ。百聞は一見に如かずと言うから、まずは幹部のお歴々にはソレガシの腕前を見てから、ご判断願っても遅くないだろ?」
「また、いつもの屁理屈で煙に巻こうったって、そうは…」
三十郎は、突っかかる原田の耳元に口を寄せ、臭い息で囁いた。
「なあ、取り引きといこうじゃないか?弟子時代のお前の不行状は、黙っといてやろう。お互い、忘れたい過去のことはソッとしておかないか?」
「あーっ!てめ、俺を脅そうってのか?」
原田は、ますますヒートアップした。が。
「覚えてるかあ!?お前がさあ!あみだ池で、何処ぞの御家人のバカ息子をボッコボコにしたときは、ありゃモミ消すのに苦労したなあ!ソレガシ、アチコチから金を借りて…」
「う、うわあ!だ、だ、だ、黙れ!」
慌てふためく原田に、三十郎は歯をみせて微笑みかけた。
「追っつけ、お前の師匠である弟の万太郎も来るんだ。一緒に働きたいだろ?な?」
「…は、はい」
スゴスゴ戻ってきた原田に、永倉が肩を寄せた。
「なんだよ?なんの話してた?」
「い、いやあ、別に…」
原田は、きまりが悪そうに眼を逸らした。
河原では、中村金吾や佐々木愛次郎ら、新入りの隊士が、長持兼演壇の前で手を叩き、浪士たちを集めはじめる。
「はあい、じゃあこっちに並んでえ!」
河合耆三郎を引率してきた神田菊が、恐る恐る幹部たちの集まる土手に近づいてきた。
「あの~、兄もこの試合には、出させて頂けるのでしょうか?」
「もちろんですとも!」
真っ先に答えて、菊に飛びつこうとする永倉の後ろ襟を、原田が素早くつかんだ。
「ダレ!?」
「あ、こちら、新妻のお菊ちゃん!ささ、ご案内しましょ」
原田は、イソイソと菊の背を押す永倉に追いすがった。
「お菊ちゃんは知ってるよ!その後ろにいる、幽霊みたいのは…あ、おい!」
あっさり振り切られて、原田はがっくり肩を落とした。
「今度は人妻だと。あいつの女好きにも困ったもんだね」
主催者たる沖田総司は、大げさにため息をついた。
「弛んどるなあ」
「…そういえばお前さあ、あのお秩って美人の後家と付き合ってんの?」
浪士たちの派手なチャンバラを期待していた原田も、前置きの長さに飽きてきたらしい。
沖田にちょっかいを出し始めた。
「なんでそんなこと原田さんに言わなきゃなんないんですか」
沖田は、警戒した。
実は、試衛館時代にも、互いに憎からず想う相手がいたものの、身分違いを理由に引き裂かれた嫌な思い出がある。
近藤は、沖田に試衛館を継がせようと考えていたから、相手の氏素性に拘った。
だが、原田はそんなお家事情など知る由もない。
「いいじゃんか、別に減るもんじゃなし。教えろよ!」
「原田さんに言ったら、みんなに喋るでしょ?」
「バカおまえ、…喋るよ」
「ほらあ!」
「だから、それの何が問題なんだよ!」
「そしたら永倉さんもバレるでしょ!」
「だろうな。だって俺、あいつに最初に言うもん、きっと」
「わたしは、殺されますよ!」
「ていうか、おまえ!じゃあ付き合ってんじゃねえかよ!」
「…付き合ってませんよ」
「なんなの、じゃあ余計な心配すんなよ」
「そんなの分かんないでしょ!付き合うことになるかも知れないじゃない」
「付き合いたいんだな?」
「いや別に!」
「あーもうイライラする!めんどくさい奴だなあ!」
「ていうかさあ、なんで今聞くかなあ、そんなこと」
原田はニヤニヤしながら、沖田の鎖骨あたりを拳骨で小突いた。
「痛ったいなあ!小突くことないでしょ!」
沖田は、反射的に手にしていた竹刀で、原田の頭をコツンと叩き返す。
「あ!おまえ、竹刀でぶったな!」
「そっちが先だろ!」
とうとう、二人は竹刀で激しく打ち合い始めた。
「この!このやろ!」
集められた浪士たちは、幹部たちの内輪揉めを、呆気に取られて眺めている。
しかし、槍を取っては天下無敵の原田左之助も、剣技では天才沖田総司に及ばない。
沖田の大人気ない突きで、背中から地面に叩きつけられた。
「痛ってえ!クソが!まだ勝負はついてねえぞ!」
「ハハハ、あー、負け惜しみは見苦しい」
藤堂平助がサッと前に出て、醜態を取り繕うように、両手を頭上で何度も交差させた。
「よんどころなき事情により、私が進行を続けさせていただきますが!
とまあ、このように試合を行ってもらって。こっち(原田を指して)、負けた方が退場。そういうアレで行きますから、よろしく!」
原田は、さらにそれが癇に障ったらしく、
「なんだと平助、てめえ!なにがコッチだ!上級者は三本勝負なんだよ!」
と叫んで、沖田の頭に拳骨を落とした。
「痛ってえ!何すんだ!」
沖田がまた掴みかかろうとするところへ、藤堂が割って入り、
「まあまあ…うわ、オレまで殴ることねえだろ!」
止めに入ろうとしたが、案の定、巻き込まれた。
「やんのかコラ!」
頭に血の上った藤堂を、沖田がさらに煽る。
「いいぞ、平助!やっちまえ!」
原田は、とうとう槍を持ち出した。
「てめーら、二人がかりで卑怯だぞ!槍なら、絶対てめえらなんぞに負けねえんだ俺ぁ!!」
騒ぎを嫌って三間(5.5M)ほど後方から成り行きを見ていた土方は、指揮官に相応しい冷静な裁断を下した。
「島田さん。あの三人をつまみ出せ」
「はいよ」




