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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
242/404

カッパ島の決斗 其之弐

背中に罵声ばせいを浴びつつ戻ってきた沖田を捕まえ、土方は片方のまゆを吊り上げた。

「今なんつった?選抜戦だ?」

打たれ強い沖田は、まだ名前の埋まっていない対戦表を、得意げに広げて見せた。

「時間もないし、ここに組み合わせを書いて、最終的に勝ち抜いた人を隊士にすりゃいい。(ふるい)にかけるには手っ取り早いでしょ?」

土方は、呆れ顔で腕を組んだ。

「何考えてんだ?勝ち抜き戦だと、一人しか残らないだろが。このバカ!」

「あ、そうか」

「お前の浅知恵あさぢえは、だいたいいつもその程度…こらあ!名前を書くな!話を聞け!」



というワケで、選抜はトーナメント方式になったのだが、そこで沖田の筆がふと止まった。

「…そう言えばさ。あのヤサグレ坊主みたいのが、来てないんじゃないですか?」


常安橋じょうあんばし会所から駆けつけた島田魁が割って入り、沖田の見立て違いを正した。

「お、沖田さん、その坊主ぼうずは結構な大物おおものでしたよ!」


その言葉に近藤勇が興味を示した。

「面白そうな話をしてるじゃないか」


島田は肩で息をしながらうなずき、なにやら書き付けた帳面ちょうめんを開いた。

「あの男、安藤早太郎は、三河国挙母藩みかわのくにころもはんまれで、日置流雪荷派射術へきりゅうせっかはしゃじゅつの使い手です。

天保十三年(1842)に行われた東大寺大仏殿回廊とうだいじだいぶつでんかいろう通し矢(とおしや)では、一万本を超える矢数やかずのうち、実に八割近くを的中させ、これは、長い通し矢の歴史でも今日こんにちに至るまで破られていない日本一ひのもといちの成績とされています」

近藤は、切れ長の目をさらに細めた。

「確かに、あの腕前うでまえには舌を巻いたが、あの男がそうなのか?大仏殿だいぶつでんとおといえば、有名な京の三十三間堂さんじゅうさんげんどうとおよりさらに難しいと聞くが」

島田魁は、もう一度力強くうなずいた。

「ええ、ですからその腕前うでまえは、『古今第一ここんだいち』とまで評されているとか」


安藤早太郎―アンドウ ハヤタロウ―

一芸いちげいに秀でた武芸者ぶげいしゃの多い浪士組の中でも、尾張おわり徳川家の御前試合ごぜんしあいで優勝したこの島田魁と並び、際立きわだった経歴の持ち主である。

一時は知恩院一心寺ちおんいんいっしんじ僧籍そうせきを置いていたが、乱世らんせに思うところがあったのか、帰俗きぞくしてサムライに戻り、同志に加わる。

彼の最も得意とする弓術きゅうじゅつは、もはやこの時代において、その役目を銃器にゆずった後であり、「日本一の弓取ゆみとり」という肩書きも少々色あせた感は否めないが、彼の存在にはそれ以上の価値があった。


近藤や、土方、山南、新見といった幹部ですら、当時はまだ二十代で、だからこそ、新選組は、若さに任せた勢いで時代を駆け抜けたとも言えるが、反面、重要な局面で、大人の判断を下せる人物を欠いていたのは否めない。

粕谷新五郎の去ったいま、分別ぶんべつと経験を兼ね備えた安藤早太郎の存在は、つまり、彼らに最も足りないものを補った。

四十二歳と年長であったし、武芸に優れているだけでなく、非常に気さくで、しかもきもの座った男だったので、すぐさま沖田や永倉たちと同格の副長助勤ふくちょうじょきんに任じられたのも、当然と言えよう。




「お連れしたよー!」

遠くから聞こえてきた永倉新八の声に、

島田が勢いよく振り返った。

「お!永倉が、安藤殿を連れてきたようです!」

藤堂平助がはじかれたように、沖田の腕をとって駆けだした。

「見に行こうぜ!」



「ささ、先生、こちらでございま~す!」

永倉が、松原忠司を二人の前に突き出すと、

沖田はその坊主頭ぼうずあたまの男を見て、一瞬表情をくもらせた。

「えっ!!なんか、さっきとちょっと顔が違くない?ん~…ま、いっか。ぜひ試合に出てください!ね、先生!是非ぜひ!」


松原も、こう持ち上げられて悪い気はしない。

「せやけど、今さら試されるのも、なんかちょっとなあ…」

沖田にグイグイ引っ張っていかれながら、言葉とは裏腹うらはらにニタニタしている。

「まあ、そう言わずに!」

「そやけどアレ、竹刀しないやないか。ワシ、ホンマは…」

「知ってます。専門は弓なんでしょ?なぁに、これは簡単な手続きだと思ってください。一芸は道に通ずるって言うじゃないですか?どうせロクなのは集まってないんだから、チャチャっと勝って終わらせちゃいましょ?」

「ゆ、弓?なんかお前、誰かと間違まちごうてないか?」


藤堂平助の方は、当然この手違いにすぐ気づいていた。

「お、沖田!沖田ってば!この坊主頭は、さっきの人じゃ…」

なんとか知らせようとしたが、沖田の勢いは止まらない。

「それより、後で見せてくださいね、その通し矢ってやつ!」

「せやからおまえ、誰と間違まちごうとんねん!ワシは…」

「いーからいーから!」

松原の抗議こうぎは、浪士たちの喧騒けんそうき消えていった。


近藤勇と島田魁は、顔を見合わせた。

「ダレだアレ…?」

安藤早太郎の合流は、もう少し先になりそうだ…。



こうして、曲者揃くせものぞろいの新選組に、役者がつどってきたわけだが…

いや、ここにもう一人、もっともクセの強い男が残っていた。


谷三十郎である。



集まった浪士の群れを見渡していた原田左之助が、突然ブルっと身震みぶるいした。

なにか野生のかんのようなものが働いたのかもしれない。

「…おかしいぞ?さっきから、妙な悪寒おかんがする…」

松原を送り届けて上機嫌じょうきげんの永倉新八が、原田の背中を叩いた。

「心配すんな。バカは風邪かぜひかねえから」

原田が浮かない表情で振り返った。

「そんなんじゃねえ。な予感がするんだよ!そういえば、大坂に来てからこっち、ずっと、なんっか、引っかかってんだよなぁ」

「ハア?なに言ってんのおまえ。なんかって何だよ?」

「それが思い出せねえから、モヤモヤしてんじゃねえかよ!俺ぁ何か大事なことを忘れてるんだよ。忘れちゃいけない、何か」


そこへ。

背後から、谷三十郎が能天気のうてんきに手をヒラヒラ振って悠揚(ゆうよう) 姿を現した。

「こりゃまたどうも。ご盛況せいきょうですな。みなさん、ご機嫌麗きげんうるわしゅう」


原田は、ゲンナリした顔でつぶやいた。

「ああ…たったいま思い出したぜ…大坂には、アイツがたってことをよ」

三十郎は、すれ違いざま原田の肩をポンと叩いて、スタスタと近藤たち幹部のもとに歩み寄った。

「いよっ、左之助!おまたせ!大樹公たいじゅこうがついに京へのぼられたと聞きつけ、ソレガシ、せ参じましたぞ。みなさん、もう心配はご無用!」



その背中を見ながら、原田は永倉に耳打ちした。

「いつか出しゃばってくるとは思ってたが、とうとう出やがったな。あいつには関わらねえ方がいいぞ」

「知り合いか?」

「俺のやりの師匠の兄貴だ。もとは備中松山びっちゅうまつやまの産まれだが、今は兄弟三人で南堀江に出てきて、道場をやってる」

「そんなのが三人も浪士組に入れば、心強いじゃねえか」

「だといいが。末っ子は町内一の美少年、次男は松山一の槍使やりつかい、なんて言われてたがな。 長男のあの男は、日本一のお調子者って町中のうわさだった」

「ハハハ、そりゃ調子よすぎだな!」

どうやら永倉はコトの深刻さを理解していない。

原田は眉間みけんしわを寄せた。


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