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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
241/404

カッパ島の決斗 其之壱

堂島川にある中州なかす西端せいたんに、合羽島かっぱじまと呼ばれる地区があった。


時刻は四つ半(11:00am)。

沖田総司一行は、船大工ふなだいくが集まるこの界隈かいわいを抜け、川下の方向に進んでいく。


工場の軒先のきさきでは、船大工が船室の破風はふカンナをかけたり、柱のようなものの継手つぎてを加工したり、せわしく働いている。


近藤勇は、道々みちみちその様子を眺めながら、山南敬介に胸中きょうちゅうを打ち明けた。

「山南さん、私は天保山で見た黒船クロフネが頭から離れない。秋山様の話ではペリー艦隊の旗艦きかんはアレと同じ蒸気外輪船じょうきがいりんせんで、しかも右舷、左舷、甲板には砲門ほうもんがズラリと並んでいるらしい。装備はケタ違いだ。そんなモノにどうやって立ち向かおうというのか…我々はこんなことをやっていていいんだろうか」

山南敬介は少し考えて、いつもの優しい笑みを浮かべた。

「アレをの当たりにした隊士たちの感想は…大方おおかた似たようなものでしょう。私自身、その疑問に満足な答えを見出みいだせないでいる。ですが、思うに…外国かれら砲火ほうかを交えるかいなかは、まつりごとの領分だ。ただ私に言えるのは、結局のところ、世界を動かすのは蒸気機関じょうききかんでも、新式の銃や砲門でもなく、ひとだということです。我々に足りない部分を補う同志が一人増えれば、我々にとってその力は一人分以上の価値を持つでしょう。また、その逆も然りです」

「…」

近藤には、山南の言わんとしている事が分かったが、今は何も答えようがなかった。


「脱走した奴らをひっ捕まえて罰するのは、別に悪いことじゃない」

近藤が口に出来なかった言葉を吐き捨てたのは土方だった。

彼は山南のけわしい視線を、挑発的な目で受け止めた。


「着きましたよ。あそこ」

二人の緊迫きんぱくした空気を知ってか知らずか、沖田が呑気のんきな声を上げた。


一行は、中州の突端とったんにある河原に辿たどり着き、浪士たちはそこに集められていた。

「いい場所でしょ?」

沖田は、その景観を誇るようにてのひらを水平にグルリと回した。

川をへだてて西岸には、田植えをして間もない水田が広がり、東側には蔵屋敷くらやしきの屋根がつらなるのが見える。

下流には、その両岸をつなぐ船津橋が架かっており、

その向こうに、小さな桟橋さんばしがあった。

往き来する樽廻船たるかいせん菱垣廻船ひがきかいせんき波が、彼らの居る中州の河原に打ち寄せている。


「あの食い詰め浪人の中に、そんな値打ちもんがいるとは思えねえがな」

土方が、山南のいましめを皮肉くった。


沖田は、それを黙殺して満足げにうなずく。

「おー、意外と集まったな」

70から80人ほどはいるだろうか。

しかし、その半分は、大工やヒマな町人などの野次馬ヤジウマだ。


群衆それを見た隊士の佐々木蔵之介は、あおざめて沖田の肩を揺さぶった。

不味まずいですって!こんな大っぴらにやっちゃ!」

「なんで?」

「なんでって…つまり、この辺りは明石屋一家の縄張なわばりみたいなもんで…あ、ちょっと!」

沖田は、最後まで聞かずに行ってしまった。


同じく平隊士の中村金吾が、どこかの船が打ち捨てた穴の空いた長持ながもち(木箱)を持ってきて、集まった浪士たちの前にドンと据えた。

「沖田さん!」

これで準備が整ったという風に、沖田を呼ぶ。


沖田総司、登壇とうだん


「どうもどうも、えー、お集まりの皆さん。お忙しい中、ふるってご応募いただき、ありがとうございます。わたくし、浪士組副長助勤ろうしぐみふくちょうじょきんの沖田総司と申します」

どこで手に入れたのか、軍配ぐんぱいを手に沖田はうやうやしくお辞儀じぎした。

ざわめいていた浪士たちが、沖田の声に耳を傾けようと少し静かになった。

前置まえおきが長げーよ!こんなとこに来てる奴らが、お忙しいわけねえだろ!」

背中から野次ヤジを飛ばしたのは、原田左之助だった。


「こらあ!失礼やろ!」

聴衆がその野次に応じる。


「えーさて。本日は不肖ふしょうながら、このわたくしが、皆さんの立ち合いを取り仕切らせていただきます。

と、その前にですね、江戸市ヶ谷で天然理心流試衛館道場てんねんりしんりゅうしえいかんどうじょう塾頭じゅくとうを勤める、わたくしみずから、武術に必要な心得を5つ!皆さんに伝授でんじゅしたいと思います。

つまり、この5つが皆さんの技量を見定める上での基準になるので、よく聴いておくように!」


浪士たちの前に並んでいる藤堂平助が、渋い顔で原田左之助をつついた。

「なんか、上から行きますねえ?」


「まずひとつめは、剣捌けんさばき。これは流派を問わず、実戦重視で判断いたします。

次に!足捌あしさばき。これも道場剣法どうじょうけんぽうでは意味がないので、えて今回は足場の悪い河川敷かせんじきで立ち合ってもらいます」


原田が深くうなずく。

「確かに、身内が聞いててもムカつくな」


「それから…えー…体捌たいさばき!これはまあ、えと、アレです」

「アレってなんやねん!」

応募者から、また鋭い野次が飛ぶ。

沖田は子供のように軍配をブンブン振り回した。

「うるさいなあ!もう!思い出すから、ちょっと黙ってて!あ~の、踏み切りとか、受け流しとか、そういうアレですよ!」



近藤勇ほか、幹部たちは河原に降りるゆるやかな土手に陣取じんどり、気の荒い応募者達と沖田の間抜けなやり取りを見下ろしている。

「あいつ、もう怪しくなってきたぜ?」

土方歳三が、意地悪く笑った。

天才肌の沖田は、あれこれと理屈で身体を動かすタイプではなかったから、体系的な知識にとぼしく、そもそも選んだお題目だいもくに無理があった。


「あと、えー、えーと、なんだっけな、あそうそう!手綱たずなさばき!

あ!でもアレか。これも今日は馬がいないんで、アレだな!

で、最後はー、えー、あれ?なんだっけか、4つだったかな?」

あくまでマイペースの沖田だったが、大坂の観衆は手厳しい。

手綱捌たづなさばきは剣法と関係ないやろ!」

「あとなんや?ナニさばきやねん?」

「えー…あー…うー…」

オーディエンスは追求の手を緩めなかった。

「早よせんかいボケ!わしらかてヒマちゃうねん!」

よ!ナニさばき?」


「あのー、えーと、ホラ!アレ!大岡裁おおおかさばき?」


「……」


河原が一瞬静まり返ったのち、怒れる群衆は沸騰ふっとうした。

「なんっじゃそら!説明せえ!」

「どーゆーこっちゃ大岡裁おおおかさばきて!」

「ダレがナニを裁くんじゃドアホ!」

「ひっこめボケナスー!」

罵詈雑言ばりぞうごんが飛び交う。


それどころか、河原の石くれや流木りゅうぼくまで飛んできたので、沖田はあわてて身をかがめた。

「うわっと!と、とにかく、選抜は勝ち抜き戦で行いますから!コレ見てコレ!」

沖田はふところから出した紙をヒラヒラとかかげてみせると、

不貞腐ふてくされて即席の演壇えんだんを降りた。

「今回の応募者は質が悪い」


「聞こえとるねん!シバくぞコラ!」


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