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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
240/404

今弁慶、徘徊御免 其之伍

「ギ、ギャーッ!」

強面コワモテの松原忠司を見ただけで、河合耆三郎かわいきさぶろうはまた外に飛び出した。


菊の相手に忙しい永倉は、突然やってきた浪士を、無意識に視界しかいの外へ追いやった。

松原は、永倉の前に回り込んで、のぞき込むように顔を近づけた。

「あんたが局長さんけ?」

永倉はまた顔をらした。

「ごめんなさぁい、あいにく局長は不在で」


後ろからついてきた三次と六郎が、心底ホッとした表情で松原の肩に手を置いた。

「よかったー。局長さんらんうたはるわ。まっちゃん、しゃあないさけ、今日は帰ろか?」

松原は、二人を乱暴に振り払った。

「うるさい!ほな、局長やのうてもええ、ワシ、浪士組の責任者と話があるねん」


永倉は、松原の顔を数秒間じっとながめ、

「ホントごめんなさぁい。うち、坊主ボーズナマモノは扱ってないんですよお。ん?坊主?」

とここで、ようやく島田魁の言葉を思い出したらしい。


「愛次郎!座布団ざぶとん!」

「はい」

「蔵之介!お茶!」

「はいはい」

「柳太郎、鶴屋八幡つるやはちまんのお饅頭まんじゅうをお出しして」

「は、はい?」

「金吾!肩もみ!そっちじゃねえ!俺だ」

「なんでやねん!」

「…おめえ、大坂に来てウデをあげたな」

といった、面白くもない小芝居を見せられた後、松原は諸手もろてを挙げて出迎えられた。


「大将、聞いてまっせ?」


「…え?なにを?」

さすがの松原も、手のひらを返したようなこの歓待かんたいには警戒したが、根が単純な男である。

「お強いんですってね?」

この一言で、簡単に気を許した。


「…わ、わかる?ゆうとくけどワシ、そこそこ強いよ?」

「そほんな、ご謙遜けんそんを~。そのゴリゴリの坊主頭、どう見ても、豪傑ごうけつでしょお?ささ、こちら受付になっております」

永倉は、松原の頭をでまわした。

「なんでこう、トントン拍子びょうしに話が進むねん」

六郎が、気味悪きみわるそうに三次に耳打ちする。


松原は、おだてられて怪しむ気配もない。

「ちょ、ちょ、ちょ、困るなあ、だいたい、ワシとこの道場は順調にいっとおし、徒党ととう組むのは嫌いやねん」

三次と六郎は絶句した。

「よおうわ…」


「ワシは、ただコイツらを引率いんそつして来ただけやねんから。あ、コイツら、デキは良うないけど、一応ワシの弟子ね」

「みなさん、お強そうで!じゃあ、ともかく堂島川でやってる選考の試合だけでも、かお出していきませんか?お弟子さんもご一緒に」

「キキキ、見たい?ワシの強いとこ?」

「新八、見たぁ~い。えーと、じゃあまず、こちらにお名前をと」


佐々木愛次郎は、松原の書くヘタクソな字をのぞき込で、アゴをさすった。

「へえ。柔術ですか」

「ワシ、天神真楊てんじんしんよう流を極めちゃってるからね」

天神真楊流てんじんしんようりゅう免許皆伝めんきょかいでんですか。そいつはすごい」

自身も柔術をくする愛次郎は素直に感心した。

天神真楊流柔術は、現代柔道のルーツとも言われるメジャー流派である。

「そやけど、もう教わることもないし、北辰心要ほくしんしんよう流ちゅー道場を作ってみたんよ」

「看板書くとき、”真楊流”の漢字難しいんで、そこは変えたんですわ」

六郎がこっそり補足した。

勧められるまま、身上書プロフィールを書きながら、松原は何を思い出したのか、一人ほくそ笑んでいる。

「ケケケ、泥坊主どろぼうずが、ザマァみさらせ」

愛次郎と蔵之介が気味悪がっているのを見て、三次が事情を説明した

「こう見えて、このひと”あの”物外和尚もつがいおしょうの弟子なんですわ」

愛次郎が、目を輝かせた。

物外もつがいと言えば、有名な拳骨和尚げんこつおしょうですよね。てことは、不遷ふせん流も納められたんですか」


曹洞宗そうとうしゅうの僧侶、武田物外たけだもつがいは、不遷流柔術ふせんりゅうじゅうじゅつ開祖かいそで、幕末にはよわい七十にして勤王きんのうのため精力的に奔走ほんそうした豪傑ごうけつである。

別名を、泥仏庵どろぶつあんとも称した。


「ドアホ!あんな泥坊主ドロぼうずに教えられたことなんか、一つもないわい!ワシがあまりに強いんで、あいつが便乗びんじょうして師匠面ししょうヅラしとるだけじゃ!」

怪力僧として日本各地に逸話いつわを残す「拳骨和尚ゲンコツおしょう」物外と「徘徊御免はいかいごめん」松原忠司の接点がどこにあったかは定かでない。


「なにやら複雑な師弟してい関係がありそうですな」

有名人の名を聴きつけた谷三十郎が、話に加わろうと、さも感慨深かんがいぶかげにうなずいて見せる。

「単純な話ですわ。あの和尚、かなりええ歳なんやけど、死ぬほど強いから、松ちゃん、あたま上がらんのです。しょっちゅうしかられてますねん」

三次が、永倉に耳打ちした。


「黙ってえ!おまえら、さっきからしょーもないチャチャばっかり入れやがって!死にたいんかボケー!」

「あーっ!ま、まっちゃん、なんで勝手にワシらの名前まで書いてんねん?!」

三次が、芳名録をひったくってワナワナ震えだした。

「こいつら、柳田三次郎と菅野六郎ゆうてな。半人前やけど、二人合わせたらサブロクのカブやから、縁起えんぎだけはええんや」

松原は聞く耳を持たず、勝手に紹介をはじめた。

三次と六郎はゲンナリして肩を落とす。

「もう、なにうてんのかワケわからんわ…」

「そやけど、松っちゃんも足したらブタやで…」


「ねえ、この人たち、なに話してるか分かる?」

さすがの永倉も当惑とうわくして、菊に尋ねると、河合耆三郎がおずおずと説明を買ってでた。

「”おいちょかぶ”は花札はなふだの点数の合計を競う遊びなんですが、下一桁しもひとけたが9(カブ)になると、一番強いんです」

「それくらい知ってるよ」

「つまりですね、まつは一月を表す札で、1点。3と6と1を足すと10で、すなわちブタ(0点)になるわけです」

河合は、手のひらに指で数字を書いてみせる。

松原がうなずいた。

「そういうこっちゃ…ん?お前ら、まだウジウジ言うとんのかー!」

「そやけど、めちゃめちゃやんけ」

「おまえらの言い分は、聞いてへんのじゃー!ワシが入る言うたら、お前らも入らんかい!!!!」

三次と六郎の抗議は、理不尽りふじん却下きゃっかされた。



「さあ、それでは、我々も参りましょうか」

何故か、谷三十郎が場を仕切り始め、地元の佐々木蔵之介と佐々木愛次郎の先導で、全員連れだって堂島川に向かうことになった。


皆がゾロゾロと会所を出てゆく中、河合耆三郎が、中村金吾のそでを引っ張った。

「あのーワタクシは、どうすれば…?」

「興味があるなら、ついてくれば?」

「妹にも、付いて来てもらってよろしいでしょうか?」

「もう好きにしなよ…」

中村は宙をにらんで、かぶりを振った。


サムライと、坊主と、商人と、町娘。

なんとも珍妙な行列が出来上がり、なにわ筋を道行く人々も、次々と足を止めて振り返る。


列の一番後ろで、永倉新八が柳田三次郎の脇腹をつつき、松原の坊主頭をあごで指した。

「そういえばさあ、あの人、なんで有名なんだっけ?」

「ゆ、有名?」

三次と六郎は顔を見合わせた。

「ま、まあ根は憎めん人なんで、町内では人気ありますけど…」

「はあ?よくわかんねえなあ」


たしかにこののち、松原忠司は、壬生村で浪士組の心証しんしょうを改善するために一役ひとやく買うことになるのだった。


(ちな)みに、冒頭登場する「加島屋」は、現在でも同じ場所に大同生命保険本社ビルとして存在し、朝ドラのモデルにもなりました。


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