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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
上洛之章
24/404

カタナ・ガール 前篇

幕末をいろどった剣豪けんごうたちからいったん離れて、視点を市井しせいの一剣士、阿部慎蔵(のちの阿部十郎)に移そう。

大坂で、からくも「人斬り以蔵」の凶刃きょうじんをのがれた阿部は、その足で京に取って返した。

暗殺者に顔を見られてしまった以上、大坂に長居するのは危険だと判断したからだ。

それから更に一ヶ月。

この頃になると、彼は京でも借金まみれになっていた。

すでに脇差わきざししちに入って、タケミツに変わっている。

とにかく時間だけはあるが、動くと腹が減るので、終日ひねもすのたりくたりして過ごしていた。


そんなある日。

久々に仕事にありついて小金が入ると、彼はその足で三条制札場せいさつばよこの酒場に向かった。

そして案の定というか、人事不省じんじふせいになるまで深酒ふかざけして、りずにみちばたで寝てしまったのである。

もっとも、今やいっぱしの路上生活者になっていた阿部は、ことに気候が良くなってきた近ごろでは、酔っていようがいまいが道で寝ることの方が多かったが。


彼は、人々がざわめく声で、夢の世界から引き戻された。

また何か起こったらしい。

この時代、三条大橋というのは、つねに大小の事件が絶えなかった。

まさに騒乱そうらんの発信地である。

そもそも、こんな場所で寝ている阿部にしても、大いびきをかいていなければ、死体と間違えられてもおかしくないくらいだ。

すでに日は頭上を過ぎている。

それでもしばらくまどろんでいたが、目の前を異様な風体ふうていの一団がぞろぞろと通り過ぎていく足音でようやく眼をました。


「まったく、うるせえなあ」

眠い目をこすって辺りを見回すと、「本日の出し物」を観にきた野次馬と、得体の知れない浪人の集団でごった返している。


最近、すこし厭世えんせい的な気分の阿部は、周囲のドタバタもただわずらわしいだけだ。

しかし、まずは顔を洗おうと河原に降りて、ひとしきり朝の身支度みじたく(朝じゃないが)を済ませてスッキリすると、急に騒ぎが気になり出した。


見物を済ませた野次馬ヤジウマの中に、顔見知りの古骨屋ふるぼねや(今でいうリサイクル業者)だかを見つけたので、捕まえて聞いてみると、昨日の夜、等持院から強奪ごうだつされた木像の首が、河原にさらされているらしい。


室町幕府、初代将軍足利尊氏、二代義詮、三代義満。

この時代から500年も前の英傑えいけつたちの名前である。


「なんだってそんなもんを」

好奇心に駆られた阿部は、足利将軍の顔を一目見ようと、野次馬の群れに分け入った。

誰が誰だかは分からないが、確かに三つの首が並んでいる。


「ふっ」

阿部のとなりで見物していたサムライが、口元をゆがめて笑った。

紋付の小袖こそで小倉袴おぐらばかまを着た、身なりのいい若者だ。

「毎日毎日、血なまぐさい事件があとを断たねえが、今回のはなかなか独創的じゃねえか」

愉快ゆかいそうに、一緒に見物している仲間に話しかけている。

もちろん阿部と面識はない。

長州藩の入江九一といって、有名な松下村塾の四天王にかぞえられる秀才である。

師である吉田松陰に追従ついじゅうして、老中、間部詮勝を暗殺しようとしたこともある、筋金入りの過激派だ。

彼には人形の首など、ほんのおふざけにしか見えていないだろう。

「間もなく上洛するという家茂公も、さぞや首筋がうそ寒いことでしょうね」

そうこたえたのは、同じく長州の山県小輔。

のちに第三代内閣総理大臣となる若き日の山縣有朋の姿だ。


征夷大将軍せいいたいしょうぐんの上洛。

三代将軍徳川家光以来、230年ぶりの大イベントである。

もっとも、今回の家茂上洛は、孝明天皇から呼びつけられたも同然だった。

外国ぎらいの孝明天皇は、いっこうに始まる気配のない攘夷の進捗しんちょくについて、将軍から直接説明をもとめたのである。

これは、幕府の威勢いせいを朝廷に知らしめるため上洛した家光とは対照的だった。


近藤勇ら浪士組の目的は、この将軍上洛にともなう警備にある。

彼らの当面の敵は、まさにここにいる入江や山県など、長州派の不穏分子ふおんぶんしたちだといっていい。


「しっかし、あの弱腰の大樹公(家茂)を、天下の大悪人足利尊氏とその眷族けんぞくになぞらえるのは、少々買いかぶりすぎじゃないかね。はたして、三つもの首と釣り合うもんだろうか」

入江の辛辣しんらつな批評に、仲間たちが含み笑いをもらす。


まずいことに、その一言が阿部の正義感に火をつけた。

彼の行動は、いつも直情的だ。

生意気盛(なまいきざかりの長州藩士たちの前に立つと、リーダー格とおぼしき入江をねめつけた。

「なにがおかしい。あんたら、少し口が過ぎやしねえか」

しかし、相手は長州でも指折りの俊才しゅんさい、入江九一だ。

黙って引き下がるはずもなかった。

挑むように阿部を真っ向から見すえて、

「なにか、気に障ることをいったかい」

怒気どきをはらんだ声で問い返した。

「ああ、気に入らないね。かりにも天下の将軍様にたいして、あんたらのような若造が、言っていいことと悪いことがあるぜ」

せいすると書いて征夷大将軍と読むんだよ。つまり攘夷は徳川家茂公の本分ほんぶんではないか。それをズルズル先延ばしにして、なぁにが将軍か!」

入江は、衆目しゅうもくもはばからず大喝だいかつした。

「家茂公は、攘夷をやるとおっしゃってる!」

阿部も一歩も引かない。

その場のいきおいで、相手との戦力差などはまるで頭にないのだ。

「まったく、おめでたい奴だ。で、俺たちにどうしろという」

仲間のひとり、杉山松助が哀れむように言った。

「さっきの言葉を取り消してもらおう」

「そんなことをすると思うかい?」

入江は胸をそらせ、刀の小尻こじりに手をかけて、阿部に詰めよった。

その後ろで、杉山が刀の鯉口こいくちをきる。

「ケンカを売った相手が悪かったな」


半年ほどまえ、同じ場所で斎藤一が演じたいさかいの再現だった。

違うのは、阿部には斎藤ほどの自制心がなく、そのくせ斎藤ほどの腕もなかったことだ。

いつものことながら、阿部はやっと抜き差しならない事態に気がついた。

「なにものだ」

と、時間かせぎにもならないことを口走る。

もちろん、相手が松下村塾門下の俊英しゅんえいたちであることなど知るよしもない。

「おまえに名のってもしょうがなかろう」



と、そのとき。

「おいおい、なんだなんだ?着く早々ケンカか?」

三条大橋の上で嬌声をあげたのが原田左之助である。

原田は橋の欄干らんかん頬杖ほおづえをついて、この木像の首をとりまく騒ぎを見物していたが、野次馬のまんなかで、もめ事が始まったかと思うと、そのうちの一人が、やおら刀を抜きはなった。

彼らを中心に、群集がわっと割れ、悲鳴があがる。

原田は満面まんめんの笑みで、となりにいる藤堂平助の肩を叩いた。

「いいねえ!京の町は風雲ふううん急を告げちゃってるねえ!どれ、俺も一つ加勢してくっか」

永倉新八が、橋から飛び降りかねない勢いの原田の襟足えりあしをつかんで、引きもどした。

「い〜いから!てめえはじっとしてろっての」

「なんで邪魔すんだよ!」

三度のメシより"喧嘩ケンカ上等"の原田左之助は、いても立ってもいられない様子だ。

「だいたい、行ってどうする気だ」

「だから、加勢かせいに行くんだよ」

「どっちに!」

「どっちにって、…そりゃあ旗色はたいろの悪い方に決まってるだろ」

永倉は、引きつった表情で原田の両肩をがっちりとつかんだ。

「…おめえがからむと、なんでもかんでも、鉄火場てっかばのケンカみたいになっちまうな」

一方、こちらも気性の荒い藤堂平助が、河原で繰り広げられる私闘しとうを指差して叫んだ。

「あ、でもみてよ!あっちは一人で形勢けいせい不利だぜ。三対一なんて卑怯ひきょうじゃねえか!お、なんだ、あいつも抜くのか?あ!ああっ?!逃げた逃げた!逃げちゃったよ!」


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