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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
239/404

今弁慶、徘徊御免 其之肆

「あ、永倉さん、お帰りなさい。首尾しゅびはどう…?」

蔵之介は、永倉が一人でションボリと帰ってくるとたかくくっていたので、

小紋姿こもんすがたの若い女にべったり寄り添っての凱旋がいせんに、言葉を失った。


「…ねえねえ、お菊ちゃん。歳は?お菊ちゃんの好きな食べ物は?お菊ちゃんの趣味は?」

蔵之介の眼に、心なしか、お菊ちゃんは迷惑そうに見えたが。


「お!永倉、ええところに」

島田が両手を広げて駆け寄るのを、永倉はねつけた。

「な~んだよ!お前ら、気がかねえったらねえなあ!見りゃ分かんだろ?俺ぁ今、取り込み中なのーっ!」


「もう!いい加減にしてください!」

突然、菊が大声を張り上げた。

島田や蔵之介、中村らも驚いて、菊の顔を凝視ぎょうししている。

「いいですか?私は!人妻です!」

菊はきっぱりと言い切った。


「ひ、人妻か…」

永倉は、ガクリと項垂うなだれた。


「ええ。これでも大坂平野『八百源やおげん』のよめです。さあ、会所に着きましたよ!早くその島田様を紹介してください!」

菊は、死者にムチ打つくらいのつもりでピシリと言い切ったが、考えが甘かった。

うつむいた永倉の顔には、ニタリと気味の悪い笑みが浮かんでいる。

「なんつーか、人妻って響きが、こう、ヤラシくて…ん~、いいんじゃなぁい?」


「ど、どう言えば、分かってくれるんですか!」

島田が、イロボケの永倉を押し退け、おずおずと申し出た。

「あの~、御新造ごしんぞうさん、島田はわたしですが…今ちょっと取り込み中で…」

菊はすがるように、島田の手を取った。

「島田様!実はわたくし…」

言いかけたところで、またもや永倉が出しゃばって、二人の手を断ち切った。

「いや、言わないで!分かってます!お菊ちゃんは、助けを求めにここにきた!ね!そうでしょ?」

「はあ、まあ、助けと申しますか…」

菊がチラチラと後ろを気にしているのを見て、永倉は、視線の先を目で追った。

「ははあ、あの、物陰ものかげからこっちを見てる怪しい男、アレですな?アレに付きまとわれて困っている。そうなんだね?なんてイヤラシい!あの目つき!変態丸出し!」

「あれは兄です」

永倉はむせてき込んだ。

「ゲホッゴホッ!でもよく見ると、なかなか利発りはつそうな青年じゃないか、なあ島田?」

「いいんです。兄はああいう感じなので、そういうの、慣れてますから。実は隊士を募集していると伺いまして」

「え!なに?入りたいの?お菊ちゃんが??…いや〜でも女の子ってのはどっかなあ?可愛いから、許しちゃおっかなあ」


「私はただの付き添いで、入るのは兄です」

「あ、やっぱり?」

永倉はまた、熱意を失った。

「それはいいとして、さっきから気になってたんだけど、なんで兄上は、ずっとあそこに立っておられるのかしら」

「呼んだ方がいいでしょうか?」

「うん。そりゃね、その方がいいだろうね」


菊は、外の耆三郎きさぶろうに向かって手招てまねきした。


島田は、二人ののんびりした()り取りに苛立(いらだ)って、永倉に(つか)みかかった。

「永倉!それどころじゃねゃあで!さっきござった破戒僧はかいそうは、どえりゃあ大物おおものだてえ!」

「痛い痛い!だれそれ?てか、何しゃべってんの?」

「ほうだわ、おみゃらんかったがね。俺は、近藤さん達にちゃっと報告してくるもんで、坊主頭の男が戻ってきたら、おみゃあ必ず捕まえて、河川敷かせんじきに連れて来りゃあせ!」


まくし立てる島田におびえながら、耆三郎きさぶろうがソロリソロリと入って来る。

「すみません。兄は人見知りがひどくて」

「んで、お兄さん。きみ、剣の方は使えるの?」

なにしろ、河合耆三郎かわいきさぶろうはヒョロリとえない男だったが、一応腰には刀を差している。

永倉は、菊の顔を立てて、いかにも気乗りしない様子でたずねた。


「ハ!ワ、ワタクシでしょうか?いえ、そちらの腕前うでまえは、それなり…いえ、ひかえめに申しましてジョウと言ったところでしょうか…」

「じゃダメ」

「兄さん!」

「永倉!聞いとるがや?」

菊と島田が同時に叫ぶ。


会所の中は混乱を極めていた。


「あ?なに?坊主がどうしたって?」

「そうだがや!見た目は、ヤサグレ坊主だわ。けんど、必ず貴重な戦力になるはずだで」

「わかったわかった」

永倉は、血走った眼で迫る島田魁を、なんとか押しとどめた。

「こうしちゃおれん!永倉、頼んだがね!」

島田は、三十郎と河合を突き飛ばす様にして会所を飛び出し、砂煙すなげむりをあげて、河川敷の方へ走って行った。


「けど、そんなスゲエ奴が、ウチなんかに来るもんかねえ?」

永倉は、誰に聞くともなくそう言うと、

菊と申し合わせたように谷三十郎の顔をじっと眺めた。


「…今の大きい人はどちらへ?」

三十郎は、二人の視線をものともせず、泰然たいぜんと蔵之介にたずねた。

「はあ、いま堂島川で、幹部が入隊希望者の選考試合をやってるはずなんですよ」

「なるほど、先ほど皆さん連れ立って出ていかれたのは、そういうわけですな。では、芳名録ここに名前を書いた以上、武術指南候補(ぶじゅつしなんこうほ)のソレガシが行かないことには、始まりますまい」

「え!え?そうなんすか?」

扱いに困った蔵之介と中村金吾から、救いを求めるように顔を見られても、永倉はただ肩をすくめて見せるだけだった。


「そこの、気の弱そうなキミ」

三十郎は、盆を持って突っ立っていた馬詰柳太朗を指し、

「案内したまえ」

と命じた。

「え?わたしですか?」

馬詰もオロオロして、永倉にすがる様な視線を送る。


永倉は、少し考えてからおもむろにひざを叩いた。

「確かに道場を経営されてるともなれば谷先生は一角ひとかど武芸者ぶげいしゃ。失礼があってはならんな。ただ、おれは奥の部屋で、もうちょっとお菊…いや河合くんと話があるから、キミたち全員で先生をお連れして」


「堂島川なら、わたくし、こちらに来るとき通ってきましたから分かります。わたくしがご案内を!」

身の危険を感じた菊が申し出た。


「そんなあ、いいのよお、お菊ちゃんはお客様なんだからさあ。ね?此処ここでゆっくりしておいきなさい?」

永倉が猫なで声で引き止めた。

「いえ!是非ぜひ、わたくしに行かせてください!」

「妹ひとりで行かせるの不安なので、じゃあワタシも」

「あんたが行ったら、話になんないだろ?」

入口で押し問答をしていると、

いきなり坊主頭をした異相いそうの浪士がヌッと入ってきた。


「ごめん下さーい。局長さんってないかー」


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