今弁慶、徘徊御免 其之弐
ところが、その浪士組の責任者、
すなわち、局長近藤勇と副長山南敬介、土方歳三は、沖田総司に常安橋会所を連れ出されようとしていた。
「…うん、…うん、わかった」
何処からともなくやってきた新入隊士の中村金吾が、沖田総司に何事か耳打ちしている。
沖田は数度うなずき、中村の話を聴き終えると、ニヤリとして幹部たちに手を叩いた。
「ハイハイハイ!じゃあ近藤局長、山南、土方両副長、次の会場にご案内しましょう」
「なんだそれ!」
さっきまでケンカしていた近藤と土方の声が重なった。
「それなりに頭数も揃ったことなので、次は河川敷で、実技試験に移ります」
「嘘だろ、芳名録は真っ白だったじゃないか」
鼻であしらう井上源三郎の前に、
沖田は、床几の下から出したもう一冊の芳名録をドンと置いた。
「こっちはね、名前、埋まってますから。えへ︎」
近藤が、忌々し気に土方を睨んだ。
「ケッ!そりゃあ、あんな詐欺みてえな勧誘をすりゃあな」
「で。いいこと思いついたんですよ。聞きたい?」
沖田は三人の顔色を代わる代わる伺った。
「…聞いて欲しいんだろ?」
土方が渋々答えると、沖田は口元を芳名録で隠した。
「うふふ。ひ・み・つ❤︎」
土方の頬が引きつった。
「て、てめえ、最近、いちいち言い方がムカつくんだよ…」
「はい、じゃあ行きますよ。源さんも来る?ほら林さんも付いてきて」
先ほど、受付を済ませたばかりの林信太郎の手をとると、
沖田はスタスタと先に立って、堂島川の方へ歩き始めた。
「行っちまったよ。先生方、どうするんだい」
井上が尋ねると、
近藤と土方、山南は、皆眉を寄せながら顔を見合わせた。
しかし、
「待ってました!やっとチャンバラか!ほらほら!旦那方も行こうぜ!」
原田左之助が三人の背中をグイグイ押して急かすので、
「と、とにかく言うとおりにしましょう」
という山南の意見で、気乗りしないままゾロゾロ付いて行くことになった。
相変わらず、通りを挟んだ向こうで様子を窺っていた谷三十郎が、額に手をかざして伸びあがった。
「ヤヤ!河合くん!土方のヤツ、連れ立って何処かへ行くようだ」
「さっき入っていった、浪士や槍を持った怖そうなひとも一緒です」
「いまです!機は熟したり!」
三十郎は、近藤一行が立ち去るのを確認するや、会所へと足早に歩きだした。
…要するに故郷での不祥事を知られている原田左之助がいなくなるのを待っていたのだった。
「いま?え?今なの?」
河合耆三郎は、訳も分からず後を追う。
ところで。
河合耆三郎の妹神田菊は、永倉新八に追い回され、
中之島に建ち並ぶ蔵屋敷の門を、
徳島藩、丸亀藩、肥後藩、鹿島藩、杵築藩、津山藩と通り過ぎ、
角を曲がった路地を抜けて、
今度は、各藩の裏木戸を逆方向に横切り、
この一画をぐるりと一周して、戻ってきた。
そして、なにわ筋に出たところで、近藤勇一行にバッタリ出くわし、
息を切らしながら助けを求めた。
「おサムライ様、た、助けてください」
近藤は、さすがにこういう時でも動じない。
「どうしました」
「得体の知れない浪人に、追われているんです」
沖田総司は、新入りの林信太郎を振り返り、ここぞとばかりに胸を反らした。
「こうやって困ってる町の人たちを不逞浪士から守るのも私たちの仕事です」
「なるほど。ではここは拙者に任せてください」
林は、やる気を見せた。
土方歳三が薄く微笑む。
「面白いな。じゃあお手並み拝見しようじゃねえか」
「は!」
いきり立って鯉口を切る林の腕に、原田左之助が手を置いた。
「いやいや、兄ちゃん。いきなり刃傷沙汰ってのは、流石にさ。ホレ、この木太刀を貸してやっから」
「なるほど、かたじけない」
林は、木太刀を八相に構え、菊を襲った不逞浪士が辻から姿を現すのを待った。
言うだけのことはあって、その立ち姿は堂に入っている。
「あんなもんでブン殴ったら刀とおんなじくらい危なくないですか?」
沖田が口を挟んだが、原田は気にも留めない。
そこへ、蔵屋敷のなまこ壁から、
鼻の下を伸ばして飛び出てきたのが、
…永倉新八であった。
気負い立った林は、一直線に向かっていく。
それが、先ほどまで自分を勧誘していた男とは気づきもしなかった。
「でやー!」
「…ねえったら、ちょっと待ちなさいってば、お姉ちゃ…うわー!なんだなんだ!」
とっさに身体を仰け反らせて木刀を交わしたものの、
永倉は、そのまま尻餅をついた。
「この破廉恥な不届き者めが…」
林は殺気を込めて、さらに振りかぶったが、
ここでようやく、何か違和感を覚えたようだ。
「ん?この顔、何処かで見た気が…ええい!この期に及んで惑うべからず!一意専心!剣心一如!キエーーーッ!」
「わ、わ、わ!待った待った待ったー!」
沖田総司が慌てて飛び出し、
永倉に覆いかぶさるようにして、必死で林を制した。
「すす、すみません!林さん!これ、身内でしたあ!」
「は?はあ…」
林は、中途半端に木太刀を突き出したまま、立ち尽くした。
土方歳三が、腕組みして、ひっくり返っている永倉を見下ろす。
「…なにやってんだ、お前?」




