多士済々 其之伍
遠巻きに三人の眺めていた山南敬介が、藤堂平助に肩を寄せた。
「…彼は弓使いだよ」
「へ?」
「しかも、かなり”やる”と見た。肘から手首、それに背中の肉付きを見たまえ。加えて、指の付け根のあたりの皮が厚くなってる」
「…そんなこと言われたって、分かりませんよ」
そうこうする内に、また何やら外が騒ついてきた。
「おやおやー?お次は棒切れを持ったツルッパゲが、いっぱい来やがったぜー!」
野次馬根性丸出しの原田左之助が、嬉々として常安橋の方へ駆けていった。
南の対岸からは、まるで延暦寺の僧兵のように屈強な坊主頭の一団が、こちらに走ってくる。
もはや、傍観者と化した耆三郎は、ガクガクと震えながら、谷三十郎の腰にすがった。
「オ、オソロシイ…オソロシすぎます。おサムライさま、ワ、ワタシはもうダメです」
谷三十郎の方は、この展開を無責任に面白がっている。
「ヒヒヒ、たしかに波乱万丈ですなあ。今日は、暖かい日和でよかった。もうちょっと、黙って様子を見ましょう」
原田左之助は、橋の中ほどまで来たところで僧兵たちと行き当たり、
先頭にいた僧侶に両肩をガッチリつかまれた。
「失礼。ここらで、四十がらみのニヤケ坊主を見なかったか?」
原田左之助持ち前の茶目っ気が、不味いところで頭をもたげてきた。
彼は、目をパチクリさせながら舌をペロリと出すと、
橋を渡り切ったところにある会所を指さした。
「バ、バカヤロウ!バラすやつがあるか!」
近藤が慌てた時には、すでに坊主頭の集団は、会所に向かって殺到していた。
安藤は、玄関からヒョイと首を出し、それを確認すると泣き声をあげた。
「イヤーっ!また別のがきたよ!もう勘弁してくださいよお!」
「見つけたぞ!清猷坊!」
「清猷??」
藤堂が、目で問いかけると安藤は肩をすくめた。
「ああ、アレね、私の法名。清い猷と書いてセイユウ。私が付けたんじゃないから、意味は聞かないでくれよ。それに、エライボーズの考えることなんて、聞いたってどうせ、分かんないんだから」
藤堂は、何か閃いたようにニヤリとして、
会所の壁に立てかけてあった黒漆塗の弓と
矢籠を、安藤の方へ蹴飛ばした。
安藤は腰をかがめ、素早くそれを引ったくった。
「いいもんがあるじゃないの。ちょっとこれ、貸りるよ!」
言うが早いか、手慣れた様子で弓を引き絞り、
次々と放った矢は、
すべて追っ手の草鞋を、橋の敷き板に縫い付けた。
僧侶たちは、つんのめって、面白いようにバタバタと転んでゆく。
山南は、感心した様子で腕を組んだ。
「あの構えは…日置流、それも雪荷派か…」
物見高い野次馬たちが、歓声をあげ、
浪士組一同は、ポカンと口を開けるしかなかった。
「す、すげえ…」
「どーもどーも!ホッホ、芸は身を助くってね」
ギャラリーの歓声に手を振って応えた安藤は、借りていた弓を藤堂の胸ぐらに押し付け、ウインクした。
「オトナを試すもんじゃないぜ?ボウヤ。んじゃ、また来るよ」
そう言い残すと、軽やかに身を翻し、
颯爽と、逃げて行ってしまった。
「…なんなの、あのひと?」
藤堂は、興奮を押し殺すように弓を握りしめ、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
「しっかし、大坂ってとこぁ、江戸以上におかしな奴が多いな」
土方が、近藤と眼を見合わせ、ため息をついた。
沖田が二人の間に顔を突っ込む。
「” 卦体な”っていうんですよ、こっちじゃ」
さて、谷三十郎はというと、なにわ筋の野次馬に混じって一緒に手を叩いていた。
「いやあ、眼福、眼福。彼は、なかなかの手練れですなあ?」
耆三郎も、興奮に顔を紅潮させていた。
「フムー!この河合耆三郎、柄にもなく武者震い致しました!浪士組に入れば、ワタシも、あのような、おサムライに成れるんでしょうか?」
三十郎は、今にも会所の方へ踏み出そうとする河合の後ろ襟を引っ張った。
「しかしキミ、さっきのは、おサムライじゃなくてボーズだ。まあ、待ちたまえ」
「先ほどから未だです未だですと、いったい何を待っているのですか!」
さすがの河合も、三十郎の意図を訝しみはじめた。
「吾々は、捲土重来を期しておるのです。イワバ、伏龍と鳳雛というわけだ」
「フク、フクリューとホースー!知ってます!三国志の英雄ですね!」
「左様!吾々は、諸葛亮孔明と龐統士元!すなわち池に潜む竜と、鳳凰の雛なのです」
「フハー!なんだかコーフンする例えです!…でも、ちょっと何を言ってるか、よく分からないんですが」
さすがに耆三郎も、三十郎の訳の分からない理屈に言いくるめられるほど、頭が悪くなかった。
もちろん、三十郎は気にしない。
「まあまあ、いいからいいから!」




