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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
235/404

多士済々 其之伍

遠巻きに三人の眺めていた山南敬介が、藤堂平助に肩を寄せた。

「…彼はゆみ使いだよ」

「へ?」

「しかも、かなり”やる”と見た。ひじから手首、それに背中の肉付きを見たまえ。加えて、指の付け根のあたりの皮が厚くなってる」

「…そんなこと言われたって、分かりませんよ」


そうこうする内に、また何やら外がザワついてきた。

「おやおやー?お次は棒切ぼうっきれを持ったツルッパゲが、いっぱい来やがったぜー!」

野次馬ヤジウマ根性丸出しの原田左之助が、嬉々(きき)として常安橋の方へ駆けていった。


南の対岸からは、まるで延暦寺の僧兵そうへいのように屈強くっきょうな坊主頭の一団が、こちらに走ってくる。



もはや、傍観者ぼうかんしゃと化した耆三郎きさぶろうは、ガクガクと震えながら、谷三十郎の腰にすがった。

「オ、オソロシイ…オソロシすぎます。おサムライさま、ワ、ワタシはもうダメです」

谷三十郎の方は、この展開を無責任に面白がっている。

「ヒヒヒ、たしかに波乱万丈(はらんばんじょう)ですなあ。今日は、暖かい日和ひよりでよかった。もうちょっと、黙って様子を見ましょう」



原田左之助は、橋の中ほどまで来たところで僧兵たちと行き当たり、

先頭にいた僧侶に両肩をガッチリつかまれた。


「失礼。ここらで、四十しじゅうがらみのニヤケ坊主ボーズを見なかったか?」


原田左之助持ち前の茶目ちゃめが、不味まずいところで頭をもたげてきた。

彼は、目をパチクリさせながら舌をペロリと出すと、

橋を渡り切ったところにある会所をゆびさした。


「バ、バカヤロウ!バラすやつがあるか!」

近藤があわてた時には、すでに坊主頭の集団は、会所に向かって殺到(さっとう)していた。

安藤は、玄関からヒョイと首を出し、それを確認すると泣き声をあげた。

「イヤーっ!また別のがきたよ!もう勘弁カンベンしてくださいよお!」


「見つけたぞ!清猷せいゆう坊!」


清猷せいゆう??」

藤堂が、目で問いかけると安藤は肩をすくめた。

「ああ、アレね、私の法名ほうみょう。清いはかりごとと書いてセイユウ。私が付けたんじゃないから、意味は聞かないでくれよ。それに、エライボーズの考えることなんて、聞いたってどうせ、分かんないんだから」


藤堂は、何かひらめいたようにニヤリとして、

会所の壁に立てかけてあった黒漆塗くろうるしぬりの弓と

矢籠やかごを、安藤の方へ蹴飛けとばした。


安藤は腰をかがめ、素早くそれを引ったくった。

「いいもんがあるじゃないの。ちょっとこれ、貸りるよ!」


言うが早いか、手慣れた様子で弓を引きしぼり、

次々と放った矢は、

すべて追っ手の草鞋ぞうりを、橋の敷き板にい付けた。


僧侶たちは、つんのめって、面白いようにバタバタと転んでゆく。


山南は、感心した様子で腕を組んだ。

「あの構えは…日置へき流、それも雪荷派せっかはか…」


物見高ものみだかい野次馬たちが、歓声をあげ、

浪士組一同は、ポカンと口を開けるしかなかった。

「す、すげえ…」


「どーもどーも!ホッホ、芸は身をたすくってね」

ギャラリーの歓声に手を振ってこたえた安藤は、借りていた弓を藤堂の胸ぐらに押し付け、ウインクした。

「オトナを試すもんじゃないぜ?ボウヤ。んじゃ、また来るよ」

そう言い残すと、軽やかに身を(ひるがえ)し、

颯爽さっそうと、逃げて行ってしまった。


「…なんなの、あのひと?」

藤堂は、興奮を押し殺すように弓を握りしめ、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。


「しっかし、大坂ってとこぁ、江戸以上におかしな奴が多いな」

土方が、近藤と眼を見合わせ、ため息をついた。

沖田が二人の間に顔を突っ込む。

「” 卦体ケッタイな”っていうんですよ、こっちじゃ」



さて、谷三十郎はというと、なにわ筋の野次馬に混じって一緒に手を叩いていた。

「いやあ、眼福がんぷく眼福がんぷく。彼は、なかなかの手練てだれですなあ?」

耆三郎きさぶろうも、興奮こうふんに顔を紅潮こうちょうさせていた。

「フムー!この河合耆三郎かわいきさぶろうガラにもなく武者震ムシャブルい致しました!浪士組に入れば、ワタシも、あのような、おサムライに成れるんでしょうか?」


三十郎は、今にも会所の方へ踏み出そうとする河合の後ろえりを引っ張った。

「しかしキミ、さっきのは、おサムライじゃなくてボーズだ。まあ、待ちたまえ」

「先ほどからだですだですと、いったい何を待っているのですか!」

さすがの河合も、三十郎の意図をいぶかしみはじめた。

吾々(ワレワレ)は、捲土重来けんどちょうらいを期しておるのです。イワバ、伏龍ふくりゅう鳳雛ほうすうというわけだ」

「フク、フクリューとホースー!知ってます!三国志の英雄ですね!」

左様さよう吾々(ワレワレ)は、諸葛亮孔明しょかつりょうこうめい龐統士元ほうとうしげん!すなわち池にひそむ竜と、鳳凰(ほうおう)(ひな)なのです」

「フハー!なんだかコーフンする例えです!…でも、ちょっと何を言ってるか、よく分からないんですが」

さすがに耆三郎きさぶろうも、三十郎の訳の分からない理屈に言いくるめられるほど、頭が悪くなかった。


もちろん、三十郎は気にしない。

「まあまあ、いいからいいから!」


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