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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
233/404

多士済々 其之参

先ほどの谷三十郎と耆三郎きさぶろう、その妹(きく)は、相変わらず橋のたもとから、遠巻とおまきにその様子をうかがっていた。

「な、中に連れて行かれましたよ?」

「ええ。甘言かんげん(ろう)して近づく手管てくだは、まさに土方のやり口…」

恨みのこもった口ぶりに、耆三郎きさぶろうが、長身の三十郎を見上げると、その目には暗い炎が燃えていた。

「土方って誰です?」

「いや、ソレガシも会ったことはないが、新町でそういう良くないうわさを聴くのです」


菊が、しびれを切らして兄の手首をつかんだ。

「いつまでグズグズ言ってるんです!さあ!行きますよ兄様!」

「ちょ、ちょ、お待ちなさい、御新造ごしんぞう!」

谷が呼び止めたが、菊は、もはや聞く耳を持たない。



一方、会所の中では。

連れ込まれた浪人が、様々な不審ふしんと疑惑にさいなまれながらも、永倉の勢いに押されていた。

「いやその…拙者せっしゃ夷狄いてきから国をまもるという大義たいぎのため、微力びりょくを尽くしたいと志願して参ったのですが…」

「知ってます!もうね、わたしゃ、貴方あーたのことを、パッと見た時から、こう、ピーンときましたとも!

だって、救国(きゅうこく)気概きがいが身体中からほとばしり出ちゃってるもの!

こりゃあ、なんていうか、かなりの人物だゾってね!

もちろん、我々も、こころざすところは、みな同じ!

尽忠報国じんちゅーほーこく

尊王攘夷そんのーじょーい

酒池肉林しゅちにくりん…えーと。お名前をうかがっても?」

武州ぶしゅう、林信太郎」

「おっと!同郷どうきょうでしたか。こいつぁ奇遇キグーだチクショーメ!東男(あずまおとこ)京女(きょうおんな)ってね、きっと都の生活はお気にしまっせ~?」

「なるほど。やる気がいてきました」

「いや、お好きですなあ、そいじゃ、ここにご芳名ほうめいをと」

永倉は、指にツバをつけて芳名録ほうめいろくをめくると、まだ真っ白のページを指した。


が、林が筆をとって前かがみになったところで、

黒衿くろえり小紋こもんを着た娘がひょっこり玄関から顔をのぞかせた。

菊である。


途端とたんに永倉は武州林信太郎の顔を押しのけ、

「あら!オマエ、ちょっとそこで待っとけ!おねえちゃん、どうしました!?」

と、すっ飛んでいった。

「ひっ」

菊は、兄の件を切り出そうとしたが、その勢いに恐れをなして、つい身を引いてしまった。


「おねえちゃん!ねえねえねえねえ、何処ドコ行くの!お兄さん怖くないから、戻っておいで!おねえちゃんてば!」

「き、きゃー!」

反射的に逃げる菊を追って、永倉は、そのままなにわ筋を行ってしまった。



近藤は、その一部始終いちぶしじゅうを呆然と眺めてから、永倉の背中をゆびさした。

「…アレがか?…いろいろ間違っているようだが」

藤堂は、何事もなかったかのように取りましている。

「そうスか?だいたい要所ようしょは押さえてると思いますけど」



玄関に取り残された耆三郎きさぶろうは、突然飛び出してきた永倉新八に驚いて、また会所の駒寄こまよせ(通りと建物の境界にある低い柵)の陰に逃げ込んだ。

「アワ、アワワワ」



近藤勇は、藤堂、沖田、原田、島田を通りにズラリと並ばせて、ひとりずつ指さし、んで含めるようにさとした。

「いいか!?

  おまえらは!

    いっつも!

      間違ってる!」

そして最後に、辺りを見渡した。

「で!?このクソくっだらねえ勧誘を思いついた土方のバカはどこだ」

沖田が首を横に振る。

「んん、昨日から帰ってないよ」

「帰ってこない?何処どこへいったんだ?」

井上源三郎が、いちいち分かり切ったことを聞くなという風に肩をすくめた。

「女のとこだろ」


「…あいつ、もう大坂で女をつくったのか」

沖田は逆にビックリした顔で近藤を見返した。

「そりゃそうでしょ!こっちに来てもう何日になると思ってるんです。あの土方さんが大人しくしてるわけないじゃない」

「しょうがねえ野郎だな。居場所の見当けんとうは?決まった女でもいるのか」

「特定じゃないのなら、いっぱいね」


井上源三郎が、ため息をついた。

「やれやれ、よけい話がややこしくなったなあ」


近藤は、左手の親指と人差し指で目頭めがしらを抑えながら、手をげた。

「わかった、もういい…」


「まあまあ、土方さんが花街はなまちで仕入れてくる情報は、あれでなかなか有用ゆうようなものが多い」

土方とついをなす副長、山南敬介がとりなした。

諸士調役しょししらべやく監察かんさつは、島田さんに任せてある」

近藤がムッツリと腕組みしたそこへ、

うわさの土方歳三がフラリと帰ってきた。

「こんないかついにモノをたずねられちゃ、女は怖がって、知ってても口を開かねえよ」

と、島田魁の肩に腕を回す。


「また朝帰りとは結構けっこうなご身分だな、トシ白粉おしろいの匂いをプンプンさせやがって。情報源は、女だけじゃねえんだ」

「だから、その他全般(そっち)の情報収集は、島田さんにゆずってる」

「フン、また何処どこぞで他の男の恨みでも買ってなきゃいいがな」

「なんだと!俺が、いつそんな間の抜けた色恋沙汰いろこいざたを起こしたって?てめえと一緒にすんな!」


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