多士済々 其之参
先ほどの谷三十郎と耆三郎、その妹菊は、相変わらず橋の袂から、遠巻きにその様子を窺っていた。
「な、中に連れて行かれましたよ?」
「ええ。甘言を弄して近づく手管は、まさに土方のやり口…」
恨みのこもった口ぶりに、耆三郎が、長身の三十郎を見上げると、その目には暗い炎が燃えていた。
「土方って誰です?」
「いや、ソレガシも会ったことはないが、新町でそういう良くない噂を聴くのです」
菊が、痺れを切らして兄の手首をつかんだ。
「いつまでグズグズ言ってるんです!さあ!行きますよ兄様!」
「ちょ、ちょ、お待ちなさい、御新造!」
谷が呼び止めたが、菊は、もはや聞く耳を持たない。
一方、会所の中では。
連れ込まれた浪人が、様々な不審と疑惑に苛まれながらも、永倉の勢いに押されていた。
「いやその…拙者も夷狄から国を護るという大義のため、微力を尽くしたいと志願して参ったのですが…」
「知ってます!もうね、わたしゃ、貴方のことを、パッと見た時から、こう、ピーンときましたとも!
だって、救国の気概が身体中から迸り出ちゃってるもの!
こりゃあ、なんていうか、かなりの人物だゾってね!
もちろん、我々も、志すところは、みな同じ!
尽忠報国!
尊王攘夷!
酒池肉林…えーと。お名前を伺っても?」
「武州、林信太郎」
「おっと!同郷でしたか。こいつぁ奇遇だチクショーメ!東男に京女ってね、きっと都の生活はお気に召しまっせ~?」
「なるほど。やる気が湧いてきました」
「いや、お好きですなあ、そいじゃ、ここにご芳名をと」
永倉は、指に唾をつけて芳名録をめくると、まだ真っ白のページを指した。
が、林が筆をとって前かがみになったところで、
黒衿の小紋を着た娘がひょっこり玄関から顔をのぞかせた。
菊である。
途端に永倉は武州林信太郎の顔を押しのけ、
「あら!オマエ、ちょっとそこで待っとけ!おねえちゃん、どうしました!?」
と、すっ飛んでいった。
「ひっ」
菊は、兄の件を切り出そうとしたが、その勢いに恐れをなして、つい身を引いてしまった。
「おねえちゃん!ねえねえねえねえ、何処行くの!お兄さん怖くないから、戻っておいで!おねえちゃんてば!」
「き、きゃー!」
反射的に逃げる菊を追って、永倉は、そのままなにわ筋を行ってしまった。
近藤は、その一部始終を呆然と眺めてから、永倉の背中を指さした。
「…アレがか?…いろいろ間違っているようだが」
藤堂は、何事もなかったかのように取り澄ましている。
「そうスか?だいたい要所は押さえてると思いますけど」
玄関に取り残された耆三郎は、突然飛び出してきた永倉新八に驚いて、また会所の駒寄せ(通りと建物の境界にある低い柵)の陰に逃げ込んだ。
「アワ、アワワワ」
近藤勇は、藤堂、沖田、原田、島田を通りにズラリと並ばせて、ひとりずつ指さし、噛んで含めるように諭した。
「いいか!?
おまえらは!
いっつも!
間違ってる!」
そして最後に、辺りを見渡した。
「で!?このクソくっだらねえ勧誘を思いついた土方のバカはどこだ」
沖田が首を横に振る。
「んん、昨日から帰ってないよ」
「帰ってこない?何処へいったんだ?」
井上源三郎が、いちいち分かり切ったことを聞くなという風に肩をすくめた。
「女のとこだろ」
「…あいつ、もう大坂で女をつくったのか」
沖田は逆にビックリした顔で近藤を見返した。
「そりゃそうでしょ!こっちに来てもう何日になると思ってるんです。あの土方さんが大人しくしてるわけないじゃない」
「しょうがねえ野郎だな。居場所の見当は?決まった女でもいるのか」
「特定じゃないのなら、いっぱいね」
井上源三郎が、ため息をついた。
「やれやれ、よけい話がややこしくなったなあ」
近藤は、左手の親指と人差し指で目頭を抑えながら、手を揚げた。
「わかった、もういい…」
「まあまあ、土方さんが花街で仕入れてくる情報は、あれでなかなか有用なものが多い」
土方と対をなす副長、山南敬介がとりなした。
「諸士調役と監察は、島田さんに任せてある」
近藤がムッツリと腕組みしたそこへ、
噂の土方歳三がフラリと帰ってきた。
「こんな厳つい奴にモノを尋ねられちゃ、女は怖がって、知ってても口を開かねえよ」
と、島田魁の肩に腕を回す。
「また朝帰りとは結構なご身分だな、歳。白粉の匂いをプンプンさせやがって。情報源は、女だけじゃねえんだ」
「だから、その他全般の情報収集は、島田さんに譲ってる」
「フン、また何処ぞで他の男の恨みでも買ってなきゃいいがな」
「なんだと!俺が、いつそんな間の抜けた色恋沙汰を起こしたって?てめえと一緒にすんな!」




