多士済々 其之弐
なにわ筋に面する、常安橋会所。
屋根では雀がさえずっている。
浪士組副長助勤、平間重助は、のっそりと座敷に入ってくると、外を振り返ってフッとため息をついた。
「やれやれ、芹沢さん、やつら大坂まで来て、まだ人集めをする気らしい」
奴らとは、もちろん近藤勇たち試衛館道場一派のことだ。
筆頭局長、芹沢鴨は、平間に尻を向けたまま腕枕をして寝転んでいる。
「ほっとけ。お前らは、こないだ家里のハラキリに乱入してきた、あの女みたいな浪人を捜しゃいいんだ。あいつと仏生寺弥助、一騎当千の二人がいりゃあ、少なくとも斬りあいで俺たちに敵うやつなんざいねえ」
「たいした自信だな」
芹沢は、その皮肉を黙殺して立ち上がった。
「出かける」
「どこへ」
「うるっせーな!子供じゃあるめえし、そんなこと、いちいちてめえに断る義理があんのかよ!」
毒づきながら、草履をひっかけた芹沢は、帳場に座る沖田総司を見て、ふと玄関の式台に座り込んだ。
「おーい、沖田。入口のど真ん中に犬のウンコが落ちてるぞ!危ないから掃除しとけ」
顔を上げた沖田は、露骨に嫌な顔をした。
「なんなんですか!見ての通り、いま仕事中なんですよ!」
「おまえ、そんなとこで何やってんだ?」
「ここをね、受付に設えて、応募者の相手をしてるんです」
「ふーん。へーえ」
そこへ、箒を持った島田魁が奥からやって来て、沖田の肩をポンと叩いた。
「そろそろ交代しましょう。どうです調子は?」
沖田は頬杖をついて、筆を弄んでいる。
「人は集まるんだけど、冷やかしばっかで。列に並ばそうとすると『時間がもったいないから、じゃあいい』とか言うんですよ」
「ハハハ、土地柄ですかねえ」
「だって、おかしくないですか?野次馬で集まってる時点でヒマなんだから」
「土地柄なんでしょ。大坂人気質ってやつですよ」
「で、ようやくここに座らせるでしょ?そしたら、名前書く前に金の話ですよ」
「やれやれ土地柄ですなあ」
「ケ、ご苦労なこった」
長居しても、あまり面白い話は聞けそうもないと、芹沢は見切りをつけたらしい。
常安橋会所の外に出ると、なにわ筋では、原田左之助、藤堂平助らが道行く浪人に勧誘をかけている。
「よおよお、そこのお兄さん、いい身体してるねえ!寄ってかない?いい仕事あるよ。三食昼寝つき、おまけに会津藩公認で、好きなだけ大暴れできて、お咎めなしだ!」
声を張り上げている原田を横目に、芹沢が通りを渡ろうとしたところで、山南敬介と井上源三郎を引き連れて大坂城から帰ってきた、もう一人の局長近藤勇と突き当たった。
近藤は軽く会釈してから、口をへの字に曲げてみせた。
「芹沢さん、今日も城からのお達しはナシです」
「ふん、だろうとも」
「…秋月さまが仰るには、容保公は京に残してきた帝を案じておられるご様子」
思案気な近藤を見て、芹沢はふと何か思い出したように顔を上げた。
「…近藤、おまえ宮部鼎蔵って名前に覚えは?」
「いえ?誰です」
「三条実美の下で、朝廷の御親兵3000人を任された男の名さ」
「それは心強いが、殿が懸念されているのは帝の御身に及ぶ危険よりも、取るに足らぬ風聞を、アレコレ吹き込む輩の存在です」
「まさに、その宮部って野郎が、禁裏の周りを飛び回るハエ共の親玉なのさ」
「帝の御親兵を任された男が?私にとっては、まるで雲の上の人物だ」
「くだらねえ肩書に惑わされんじゃねえよ。奴の裏の顔は、肥後勤王党の首魁って話だ」
「宮部鼎蔵、攘夷に邁進する、肥後もっこすという訳ですか」
近藤は笑ったが、
それは、運命の名前だった。
「肥後にも、尖がった奴らは多い。俺さまの勘じゃあ、ヤツとは、近いうちに剣を交えることになるぜ?」
芹沢の予言通り、
一年あまりのち、世に名高い池田屋事件で、 近藤勇は、宮部と命を賭けて対峙することになる。
しかし、今の近藤は、差し迫った問題を解決するため、おもむろに藤堂の襟首をつかんで引き寄せた。
「ところで平助…アレはなんだ」
通りの勧誘を、顎で指す。
「ああ、お帰りなさい。アレって、あのアホ面は、原田さんでしょ」
「そのアホが、何をやってるのかと聞いてる」
「なに言ってんスか。あれは『大坂でも広く隊士を募集する』という土方副長の発案に基づき、大坂にいるであろう有為の人材を募ってるんスよ」
近藤は、苦虫を噛み潰したような顔をして、藤堂の胸倉を突き放した。
「有為の人材ってなあ、あのバカに近づかないだけの分別がある人間のことだ」
だが、今や極東のドン・キホーテたちは、続々と京に向かっており、その入口が、まさしく此処、大坂だった。
さっそく、阿呆な浪人が一人引っかかった。
「話を聞かせてください」
「喜んでー!おひとりさま~!」
原田が会所の方へ声をかけると、今度は永倉新八が、もみ手しながら近づいてくる。
「おっと、そう来なくっちゃ。さあさ、どーぞどーぞ」
「ここが、浪士組本陣ですか?大樹公へのご奉公ができるとお聞きして…」
「ええ、ええ!もちろん!なんせ、こいつはお上直々の名誉あるお役目ときてやがる。隊服を着たその日から、町娘にゃモテモテ!おまけに、京の屯所に帰りゃあ、通い女中やら、出入りの物売りやら、医者の手伝いやら、変わったところでは借金取りまで、可愛娘ちゃんや奇麗どころが、ワンサカ手を拱いて待ってるっちゅー、夢のような職場でっせ!」
永倉新八は、浪人の手をグイグイ引いて、芹沢と近藤を押し退けた。
「ハイハイ、ちょっとそこ、通りまあす!おっと、こりゃ両局長殿、ご苦労さまです!」
芹沢は、フンと鼻を鳴らし、
「これ以上、阿呆を増やしてどうする気だ。もう時間がねえんだよ。相手が雲の上だろうが、片手で叩き落としてやるさ」
ボソリと言い捨てると、どこかへ行ってしまった。




