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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
232/404

多士済々 其之弐

なにわ筋に面する、常安橋じょうあんばし会所。

屋根ではスズメがさえずっている。


浪士組副長助勤ろうしぐみふくちょうじょきん、平間重助は、のっそりと座敷に入ってくると、外を振り返ってフッとため息をついた。

「やれやれ、芹沢さん、やつら大坂まで来て、まだ人集めをする気らしい」

奴らとは、もちろん近藤勇たち試衛館しえいかん道場一派のことだ。


筆頭局長、芹沢鴨は、平間に尻を向けたまま腕枕うでまくらをして寝転んでいる。

「ほっとけ。お前らは、こないだ家里のハラキリに乱入してきた、あの女みたいな浪人をさがしゃいいんだ。あいつと仏生寺弥助、一騎当千いっきとうせんの二人がいりゃあ、少なくとも斬りあいで俺たちにかなうやつなんざいねえ」

「たいした自信だな」

芹沢は、その皮肉を黙殺もくさつして立ち上がった。

「出かける」

「どこへ」

「うるっせーな!子供じゃあるめえし、そんなこと、いちいちてめえに断る義理があんのかよ!」

毒づきながら、草履ぞうりをひっかけた芹沢は、帳場ちょうばに座る沖田総司を見て、ふと玄関の式台しきだいに座り込んだ。


「おーい、沖田。入口のど真ん中に犬のウンコが落ちてるぞ!危ないから掃除そうじしとけ」

顔を上げた沖田は、露骨ろこついやな顔をした。

「なんなんですか!見ての通り、いま仕事中なんですよ!」

「おまえ、そんなとこで何やってんだ?」

「ここをね、受付にしつらえて、応募者の相手をしてるんです」

「ふーん。へーえ」


そこへ、ほうきを持った島田魁が奥からやって来て、沖田の肩をポンと叩いた。

「そろそろ交代しましょう。どうです調子は?」

沖田は頬杖ほおづえをついて、筆をもてあそんでいる。

「人は集まるんだけど、冷やかしばっかで。列に並ばそうとすると『時間がもったいないから、じゃあいい』とか言うんですよ」

「ハハハ、土地柄(とちがら)ですかねえ」

「だって、おかしくないですか?野次馬ヤジウマで集まってる時点でヒマなんだから」

「土地柄なんでしょ。大坂人気質(きしつ)ってやつですよ」

「で、ようやくここに座らせるでしょ?そしたら、名前書く前に金の話ですよ」

「やれやれ土地柄ですなあ」


「ケ、ご苦労なこった」

長居ながいしても、あまり面白い話は聞けそうもないと、芹沢は見切りをつけたらしい。

常安橋会所の外に出ると、なにわ筋では、原田左之助、藤堂平助らが道行く浪人に勧誘かんゆうをかけている。


「よおよお、そこのおあにいさん、いい身体してるねえ!寄ってかない?いい仕事あるよ。三食昼寝さんしょくひるねつき、おまけに会津藩公認で、好きなだけ大暴れできて、お(とが)めなしだ!」


声を張り上げている原田を横目よこめに、芹沢が通りを渡ろうとしたところで、山南敬介と井上源三郎を引き連れて大坂城から帰ってきた、もう一人の局長近藤勇と突き当たった。


近藤は軽く会釈えしゃくしてから、口をへの字に曲げてみせた。

「芹沢さん、今日も城からのお達しはナシです」

「ふん、だろうとも」

「…秋月さまがおっしゃるには、容保かたもり公は京に残してきたみかどを案じておられるご様子」


思案気しあんげな近藤を見て、芹沢はふと何か思い出したように顔を上げた。

「…近藤、おまえ宮部鼎蔵みやべていぞうって名前に覚えは?」

「いえ?誰です」

三条実美さんじょうさねとみの下で、朝廷の御親兵ごしんぺい3000人を任された男の名さ」

「それは心強いが、殿が懸念けねんされているのはみかど御身おんみに及ぶ危険よりも、取るに足らぬ風聞ふうぶんを、アレコレ吹き込むやからの存在です」

「まさに、その宮部って野郎が、禁裏きんりの周りを飛び回るハエ共の親玉おやだまなのさ」

みかど御親兵ごしんぺいを任された男が?私にとっては、まるで雲の上の人物だ」

「くだらねえ肩書かたがきまどわされんじゃねえよ。奴の裏の顔は、肥後勤王党ひごきんのうとう首魁しゅかいって話だ」


宮部鼎蔵みやべていぞう、攘夷に邁進まいしんする、肥後ひごもっこすという訳ですか」


近藤は笑ったが、

それは、運命の名前だった。

「肥後にも、とんがった奴らは多い。俺さまのかんじゃあ、ヤツとは、近いうちに剣を交えることになるぜ?」

芹沢の予言通り、

一年あまりのち、世に名高い池田屋事件で、 近藤勇は、宮部と命を賭けて対峙たいじすることになる。


しかし、今の近藤は、差し迫った問題を解決するため、おもむろに藤堂の襟首えりくびをつかんで引き寄せた。

「ところで平助…アレはなんだ」

通りの勧誘かんゆうを、アゴで指す。

「ああ、お帰りなさい。アレって、あのアホヅラは、原田さんでしょ」

「そのアホが、何をやってるのかと聞いてる」

「なに言ってんスか。あれは『大坂でも広く隊士を募集する』という土方副長の発案に基づき、大坂にいるであろう有為(ゆうい)の人材を(つの)ってるんスよ」

近藤は、苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔をして、藤堂の胸倉(むなぐら)を突き放した。

有為ゆういの人材ってなあ、あのバカに近づかないだけの分別がある人間のことだ」


だが、今や極東きょくとうのドン・キホーテたちは、続々と京に向かっており、その入口が、まさしく此処ここ、大坂だった。



さっそく、阿呆な浪人が一人引っかかった。

「話を聞かせてください」

「喜んでー!おひとりさま~!」

原田が会所の方へ声をかけると、今度は永倉新八が、もみ手しながら近づいてくる。

「おっと、そう来なくっちゃ。さあさ、どーぞどーぞ」

「ここが、浪士組本陣ろうしぐみほんじんですか?大樹公たいじゅこうへのご奉公(ほうこう)ができるとお聞きして…」

「ええ、ええ!もちろん!なんせ、こいつはお上直々(かみじきじき)名誉めいよあるお役目ときてやがる。隊服たいふくを着たその日から、町娘まちむすめにゃモテモテ!おまけに、京の屯所(とんしょ)に帰りゃあ、通い女中やら、出入りの物売りやら、医者の手伝いやら、変わったところでは借金取りまで、可愛娘(かわいこ)ちゃんや奇麗(きれい)どころが、ワンサカ手を(こまね)いて待ってるっちゅー、夢のような職場でっせ!」

永倉新八は、浪人の手をグイグイ引いて、芹沢と近藤を押し退けた。

「ハイハイ、ちょっとそこ、通りまあす!おっと、こりゃ両局長殿、ご苦労さまです!」


芹沢は、フンと鼻を鳴らし、

「これ以上、阿呆アホウを増やしてどうする気だ。もう時間がねえんだよ。相手が雲の上だろうが、片手ではたき落としてやるさ」

ボソリと言い捨てると、どこかへ行ってしまった。


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