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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
228/404

崩れ落ちる塔のように 其之参

その夜。


家里の死を見届けたあと、浪士組の隊士たちは、それぞれの想いにふけった。


八軒家はっけんや旅籠(はたご)天満屋。


「ごめん!」

芹沢の部屋の(ふすま)が勢いよく開かれ、そこに平間重助が立っていた。

「おっと!今日はお説教はナシだぜ」

煙管を手にした芹沢鴨は、入り口を振り返る前にもう片方の手のひらで制した。

平間は小さなため息をつく。

「そんなつもりはない。こうなりゃ地獄へでも付き合うまでだ」

「どうしたんだよ、気持ちわりいな。妙に物分かりがいいじゃねえか」

「あんたのやることは分からないことだらけさ。だが何やら考えがあるらしい」

芹沢は照れたように頭を()いた。

「別にそんなもんはねえよ…ところで、平山ぁ!」

「は!」

平間は、平山五郎が部屋のすみひかえていたのに初めて気がついた。

「念のためだ。京にいる儒者じゅしゃの口をふさいどけ」

平山は残った片眼を細めた。

「儒者?誰です」

「奴の、家里の兄だ。この件は仏生寺先生に頼むとしよう。京に(つか)いをやれ。これがあの人の浪士組での初仕事になる」

芹沢は口から細い煙を吐いた。

「…この部屋は暗くて何も見えん。(あか)りをつけるぞ」

平間は、その手から煙管キセルを取り上げると、苦い顔をして灯明皿とうみょうざらに火を入れた。



そしてオレンジ色の陽光(ようこう)(かげ)り、薄い闇が大坂の街を(おお)うころ。

遺体が運び出された部屋には、動かない山南敬介と縁側(えんがわ)に立つ沖田総司がとり残されていた。

「…雨、止みましたね」

沖田は、壬生狂言(みぶきょうげん)の日に見た家里次郎の顔を思い出しながら、だれにともなくつぶやいた。

「…沖田くん。天保山で見たあの黒船は、我々と同じ千葉門下ちばもんかで学んだ坂本くんが運んで来たそうだ」

「…え?」

「なのに…私たちがやっていることと言えばどうだ!これが!こんな茶番劇(ちゃばんげき)が、武士のすべきことか!あれが、武士のほこりある死だというのか!私がこれまで必死に守ってきた武士の肩書きとは、この程度のものか!いま、日本人同士が殺しあうことに、いったいなんの意味があるというのだ!」

山南は血の出るほどこぶしを握りしめ、しぼり出すように叫んだ。

沖田はただ黙って(ひざ)の上に置かれた山南の手が小刻(こきざ)みに(ふる)えるのを見つめるしかなかった。

「…すまない。少しみだしたようだ。外で頭を冷やしてくるよ」

山南はそう言ってフラフラ立ち上がると部屋を後にした。



「よお、待てよ」

中沢琴が常安橋の中ほどまで来たとき、背後から原田左之助の声がした。

琴は立ち止まり、振り返った。

「…原田さん。昼間は助かったわ。ありがとう」

「ありゃあ、借りを返しただけだ。そんなことより、山南さんに黙って帰っちまうのかよ?」

琴はうつむき加減に小さく首を振った。

長い睫毛(まつげ)が風に揺れている。

「今は…誰ともしゃべりたくないと思うから」

「あんたとだけは別だろ。男ってな、そういうもんだぜ」

「あなたは誤解ごかいしてる。私と山南さんはそんな関係じゃない」

「ふーん、そうなんだ。へえ」

原田は(たわむ)れに欄干(らんかん)に身を乗り出して橋の下を(のぞ)き込んだ。

琴は何かを思い出したように顔を上げた。

「そういえば…老中首座(ろうじゅうしゅざ)の板倉というのはどんな男?」

「は?なんだって、そんな大物(おおもの)に興味があるんだい」

「清河の一件は、聞いたんでしょ」

「誰かさんに殺されたらしいってのはな」

「家里が言うには、その板倉勝静いたくらかつきよが暗殺の黒幕(くろまく)だって。ま、なんの確証があるわけでもないけど」

「なぁるほど」

原田は川面(かわも)(うつ)る自分の影を見ながら、()に落ちたという風に小さくうなずいた。

「けど、なぜそれを俺に聞くんだ?」

「彼は松山藩主なんでしょう?」

琴は、料理屋で原田が松山のうまれだと言ったのを覚えていた。

「ああ、それで。けど残念ながら、俺の伊予いよ松山(現在の愛媛)で、板倉氏は備中びっちゅう松山(現在の岡山)の殿(との)さんだ」

「そうか、ごめんなさい」

「いいさ。あのバカ殿さまが考えつきそうなこった」

琴は少し意外そうに原田の顔を(のぞ)き込んだ。

「関係のない領主(りょうしゅ)見立(みた)てにしては、妙にトゲがあるわね」

「ちょっとした因縁いんねんがあってな。俺の(ヤリ)師匠(ししょう)ってのが、奴のくだらない自尊心(じそんしん)のせいで松山を追われたんだ」

種田宝蔵院たねだほうぞういん流の?」

「ああ。腕の立つ師匠だったが、不幸なことに女ったらしで放蕩者ほうとうもの兄貴(あにき)がいてな。そいつが板倉の娘、つまり備中(びっちゅう)のお姫さんに手をつけちまったんだ」

「道ならぬ恋、か」

「そんな上等なもんじゃねえさ。そこが厄介やっかいなんだ。みっともねえ艶聞えんぶんをわざわざ大っぴらにも出来ねえし、適当な理由をでっち上げて、谷家、つまり師匠の家ごと()(つぶ)しちまいやがった。てな(ワケ)で、今じゃ貧乏(ビンボー)道場の主人さ」

「自分に都合の悪い不祥事ふしょうじを闇にほおむるのは天上人てんじょうびとつねね」

琴はなにかの思いにとらわれたように(つぶ)いた。

「だとしたら、清河を殺したのが俺じゃなくてよかったぜ。へっ、そんな野郎に(あやつ)られるのはまっぴらだからな」

原田は欄干(らんかん)を軽くコツコツと(こぶし)でたたいた。

「ねえ。その谷って、南堀江で道場を開いてるひと?」

「そうだが。あんた、知ってんのかい?」

「ええ、少し」

「元気にしてんのかなあ」

「そうね、お金がないことを別にすれば」

琴はようやく少し微笑(ほほえ)んだ。

「てか、山南さんは…」

原田が琴に向き直ったとき、すでに彼女は背を向けて歩いていた。


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