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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
222/404

愚か者の舟 其之弐

そのころ。

芹沢鴨ら浪士組の残党ざんとうに詰め寄られ、青くなった家里はぜんをひっくり返し、辺り構わず徳利とっくりやら皿やらを投げつけ始めた。

「うわっ!こらっ!やめろ!」

平間重助がうでを交差させて身を(まも)る。

しかし、さすが独眼竜どくがんりゅう強者つわもの平山五郎は、剣先で飛来物(ひらいぶつ)を軽くいなし、

往生際おうじょうぎわの悪いやつだな!」

と斬りかかった。

家里はすんでのところでその切っ先を交わし、()()えを食らいそうになった阿部も、両手を広げて飛び退いた。

「うわー!なんだなんだ!」


騒ぎのさなか、あごをさすりながら部屋に戻ってきた野口が、ひとり廊下に突っ立っている芹沢に向かって階下かいか指差ゆびさした。

「せ、芹沢さん、なんかもう一人怪しい浪人が下に!…おお痛てて」


その時、

「おい!こっちだ!」

窓の外から阿部には聞き覚えのある声がした。

阿部が身を乗り出してみると、(かい)を片手に小舟をあやつる中沢九郎(琴)がこちらを見上げている。

「く、九郎?おまえ何やってんの」

「いいから早く!」

「バカ言うな。そっちは川じゃねえか」

「入り口は抑えられている!飛び込め!」


阿部は先斗町ぽんとちょうの料亭で追い詰められた時のことを思い出してしまった。

あの時は、飛び込む一歩手前で間一髪(かんいっぱつ)救われたのだが。

「結局、こういう羽目ハメになんのかよ!」

だがすでに、敵は芹沢鴨以外の全員が刀を抜いていた。

「ハーア、選択の余地ナシかよ…南無三ナムサン!」

阿部は手を合わせて、窓の外に身をおどらせた。


「あ!このやろ!逃げんのか!」

平山が一瞬見せた(すき)をついて、今度は家里が飛び降りた。


ドボンという音が立て続けに聞こえた後、座敷は一瞬静まり返った。

さっきまで二人が立っていた窓際には、竹光たけみつと奇妙な根付ねつけだけが残されている。


部屋がいたところで、ようやくノッソリ入ってきた浪士組の首領しゅりょう芹沢鴨が、その根付ねつけをつまみ上げてシゲシゲとながめた。

「ほう。こりゃ珍しい置き土産みやげだ。ユニコーンの根付ねつけか」

「なんです?」

平山五郎が残った眼をすがめた。

万病まんびょうに効くってな。縁起えんぎもんさ。…そんなことより、いいのかよ。奴ら逃げちまったぜ?」


「あ!健司!佐伯!追え!」

我に返った平山が窓の外を指差して怒鳴どなった。

「お、追えって…ええ?」

佐伯は一度川をのぞいてから振り返り、平山の真意しんいを問うように顔色を伺った。

「飛び込めつってんだよ!」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ!」

「グダグダ言ってねえで行け!」

「あーあー、もう!こうなりゃ、やってやらあ!」

ヤケクソになった野口が叫んだ。

「おいちょっとあんた!あーあ、行ってもうたがな。行くよ、行きますよ。行きゃええんですやろ」

ノロノロ手摺てすりをまたぐ佐伯を平山が蹴落(けお)とした。

「もうメチャクチャだ…」

平間重助がかぶりを振ってボヤいた。


阿部→家里→野口→佐伯。

次々とすさまじい水飛沫みずしぶきがあがる。

蜆川しじみがわ沿いにある座敷のあちこちから、何事かと客たちが顔をのぞかせた。

下で待ち構えていた琴は、まともに水をかぶった。

「あーもう…なんて割りに合わない仕事なの!」



「そおら、腰を落ち着けるまでもなく、さっそく動き出したぜ、総司」

対岸の曽根崎新地そねざきしんち側にある料理屋の座敷に陣取(じんど)り、蜆川しじみがわにせり出した窓に腰掛けて居た原田左之助は、沖田を振り返った。

「んなもん、見りゃわかりますよ」


舟につかまろうとジタバタあがく阿部と家里、それをヤケクソで追いすがる野口と佐伯。

やがて、その佐伯又三郎が、舟の上にいる琴に気づいた。

「ガハ!おまえ!あの時の!」

琴は天をあおいだ。

「やれやれ、どういう巡り合わせなんだか」

「ガフ、おまえも仲間、ガボか、ちょうど、ボガいい!島原の借りを、返すぜ!」

猛然と水をき、佐伯が船のヘリにつかまろうと手を伸ばした刹那せつな

琴のかいが、その後頭部を直撃した。

「グエ!」

佐伯の姿は泡を残して川底に沈んでゆき、しばらくして少し川下から仰向けにプカリと浮かんできた。

「ごめんね」


阿部慎蔵はというと、野口健司に脚をがっちり(つか)まれてなかなか舟に近づけなかったが、ようやく舟の端に手をかけると、なんとかもう片方の脚で野口を蹴落けおとそうともがいた。

「こいつめ!離せ!この!この!この!」



この滑稽こっけい極まりない騒動そうどうを見物していた原田左之助は手を打って喜んだ。

「総司!お座敷ざしきからこんな面白いもんを眺めて酒が飲めるなんて!俺ぁ今、京に来て本当に良かったと思ってるぜ」

原田の気性を知る沖田はさもありなんといった風にため息をついた。

「でしょうね。ん?あれ、お琴さん?てか、あの隣にんのは…」

よく見れば、見知った顔ばかりが並んでいる。

沖田は思わず窓から身を乗り出した。

「おおい!お琴さーん!」

「バカ!呼ぶな!」

原田は、脱走者の家里次郎の姿があるのに気づいて、金戒光明寺こんかいこうみょうじでの会津の小鉄と広沢の密談(みつだん)を思い出していた。

「…驚いたな。ほんとに居やがったよ」

「でもコレ、わたしたちはどっちの味方をすりゃいいんです?」


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