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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
上洛之章
22/404

大津宿の密会 其之伍

「もうそこら辺にしときなよ」

見かねた土方歳三が割って入った。

山南敬介、永倉新八ら、試衛館の面々がそれに続いて姿を現す。

「おやおや、ようやくお出ましか。いつまで物陰ものかげにかくれて震えているのかと、こっちがヒヤヒヤしたぜ」

芹沢は、最初から彼らの存在に気づいていたらしく、冷笑を浮かべている。


試衞館一門でも血の気の多い原田や藤堂は、早くも身構えていた。

「ああ?もう一回言ってみろよ」


土方は、二人を手で制して、怒鳴どなりつけた。

「バカ野郎!安っぽい挑発に乗ってんじゃねえよ。これ以上、話をややこしくすんな!」

原田らは低くうなって、一歩退()いた。


「ずいぶんしつけが出来てきたじゃねえか、土方」

芹沢は皮肉たっぷりに、これまでの因縁いんねんを当てこすった。

土方は表情を変えず、芹沢の目をにらみすえる。

「芹沢さん、こいつらは狼みたいなもんでね。飼い慣らすことは出来ねえ。それ以上よけいな口をいたら、俺にも止められねえぜ?首筋くびすじを食いちぎられねえよう、せいぜい気をつけるんだな」

「おお、怖い」

芹沢は肩をすくめて、首筋を押さえてみせた。


新見錦が薄く笑って、刀を握りなおした。

切っ先は、井上源三郎の胸元に突きつけられたままだ。

井上はゴクリとつばを飲んだ。

そのとき、水戸一派の一人、平間重助が、新見の手を抑えた。

「やめとけ、新見さん。芹沢さんも。判らんのか?ここらがお互い引きどきだ」

芹沢と土方は、なおもしばらくにらみ合っていたが、芹沢がふと視線をはずして節目ふしめがちに笑った。

「ふん。そこのにいちゃん、今日のところは井上さんの顔を立てて、このケンカ、あずかりってことにしとこうや。どっちにしろ、京に着けば、いやでも毎日顔を合わせるんだしな」


平間重助が地面に落ちた鉄扇てっせんを拾い上げて、芹沢に差し出した。

「ほら」

「ありがとよ」

芹沢は受け取った鉄扇てっせんで土方の肩をポンとたたき、ゆっくりと脇を通り過ぎていった。


井上源三郎がホッとしたように土方と目をあわせたとき、

路地に折れる角でふと立ち止まった芹沢がたずねた。

「そうだ、井上さん。あんたどうする?」

「え?あのお…」

なんのことか分からず戸惑う井上に、芹沢は小指を立てて見せた。

「コレだよ。花街はなまち

井上は、合点がてんがいったと笑顔を見せる。

「ああ。いや、今夜は遠慮えんりょしておきましょう」


「そっか。じゃ、また今度な」



芹沢たちが行ってしまうと、土方はせいこんき果て、井上源三郎の腕にすがった。

「源さん、カッコよかったぜ?」

「いや、足が震えたよ」

井上も疲れきった笑みを見せた。


張りつめた緊張がけて、みな一様いちように脱力感に襲われている。

ただ一人、中沢琴を除いては。


「さて、あんた」

正体不明の浪士を振り返った土方は、

表通りからわずかに届くあかりに照らされたその顔を見たとたん、

ハッとして何か言いかけたが、永倉新八の言葉がそれをさえぎった。

「あんた、女だな?」

原田左之助が、永倉の肩をつかむ。

「おいおい、大丈夫か?今日はまだ飲んじゃいねえだろ?」

永倉はそれをふり払って、中沢琴に詰め寄った。

「いーや!おれぁ、女には鼻が効くんだ。こいつは、可愛娘カワイコちゃんの匂いだぜ」

土方は、けがらわしいモノでも見るように、永倉から身を引いた。

「イヤな特技だな」


謎の浪士は無言のまま歩み出て、山南の前に立った。

街のあかりが、その端正たんせいな顔にかかる陰のベールを脱がしていくのを見ながら、山南敬介は心配していたことが的中したのをさとった。

「やはり…お琴さん」

途方とほうに暮れる山南に、中沢琴は何事もなかったように微笑んで、ぺこりとお辞儀じぎをした。

「お久しぶりです」


「なんだ、知り合いなのか?」

原田左之助が二人の顔を見比べながらたずねた。

うなだれる山南に代わって、沖田が紹介を買って出た。

「中沢さんのご姉弟きょうだいのお琴さんです」

「やっぱり女か。ふうん、で、中沢って誰?」

原田には、いっこうに話が見えない。

山南は観念かんねんしたように肩を落として、事情を説明した。

「うちの六番隊にいる中沢良之助さんですよ。彼は私が北辰一刀流玄武館ほくしんいっとうりゅうげんぶかんにいた時の同門どうもんなんです」


永倉は、琴に鼻先がくっつくほど顔を寄せて、めまわすようにジロジロ見つめた。

「ほう?あのゴツい男の妹とは思えん可愛さだ」

「前に言ったでしょ?ヘタに手を出すと、ひじから先がなくなりますよ」

と、沖田がくぎを刺した。

山南は、あらためて琴をにらむと、しかり付けるように詰問きつもんした。

「いったい、こんなところで何をやってるんです!清河さんとなんの話をしていたんですか」


沖田が可笑しそうに、藤堂平助に耳打ちする。

「けっきょく、芹沢さんと同じこと聴いてるよ」

それが聞こえたのか、琴は少しおどけた表情で沖田に目配めくばせした。


「答えなさい!」

山南は、さらに激しく詰め寄った。

しかし。

「…内緒ないしょです」

琴ははぐらかすと、あいまいな微笑を残して、足早に雑踏ざっとうの中へと消えていった。


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