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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
219/404

脱走者に罰を 其之弐

大坂に来ても相変わらずの有様ありさまに、同じく副長山南敬介がため息をらした。

彼は水戸派の一団が出て行ったのを見計みはからって、原田左之助に肩を寄せた。

「原田さん、申し訳ないが後をつけて、彼らが何か面倒(めんどう)ごとを起こしそうなら止めてやってくれませんか?」

「えーっ?なんでなんでえ?なんで俺え?」

すかさず山南は、二朱銭にしゅせんを原田の手のひらににぎらせた。

「少ないですが、これは尾行びこうの経費です」

「おいおい、見縊みくびってもらっちゃ困るな。この俺を金で釣ろうってのか山南副長?不肖ふしょう、原田左之助、お役目とあらばロハで命を賭けることだってイトわないんだぜ?」

「…あー…疑っちゃいない。疑っちゃいないんですが、これはあくまで必要経費として」

山南はいかにも面倒臭めんどくさそうに原田の茶番ちゃばんに付き合った。

「あ、そう?そうなの?んじゃ遠慮なく!」


そそくさと金をふところにしまう原田の現金な態度に不安を覚えたのか、山南の人差し指はもうひとりのお目付役めつけやく物色ぶっしょくするように彷徨さまよった。

「あ〜、あと、沖田くん。君も」

「えーっナニそれ?!そんなの山南さんが付いてきゃいいじゃん…あ、そっか、アレか」


いつもの子供じみた不平ふへいが突然()んだので、山南は逆に怪しんだ

「なんだ?」

「こないだお琴さんからあずかった刀は、そこに置いておきますから。今日にもお琴さんが取りに来るかもしれないから、山南さんはここに居なきゃ、ね?」

「余計な気は使わなくていいから、さっさと行きたまえ」

山南はきまり悪そうに、沖田の肩をグイと押した。

「はあい、はい」


原田は目立たないよう、普段は肌身はだみ離さず持ち歩くヤリをおいて刀を差し、すでに土間で草履ぞうりを引っ掛けている。

「総司、行くならサッサとしろぉ!モタモタしてっと置いてっちゃうからなぁ。あ、あと、あとね。この金は俺んだから。(メシ)食うなら、お前は自腹(じばら)な」

「ああ、そ。…はいはい」

沖田はゲンナリした顔で差料さしりょうをつかんだ。


ところが、この滞在延長のおかげで、大坂のまちに繰り出した芹沢らは意外な獲物えものを釣り上げる事になる。



さて、今さらながら、話の雰囲気を(つか)んで頂くために、地理的な説明を差しはさんでおきたい。

ここでいう大坂の版図はんとをザックリとくくれば、現代の大阪市とほぼ重なる地域を指していると想像してほしい。

そこには約三十万人の人々が暮らしており、日本の物流の約七割がこの街を経由するといわれていた。

現在の東京23区には1370万人が住んでいるというから、現代人からすれば随分ずいぶんのんびりしたものではあるが、

それでも街道にはたくさんの荷駄にだが行き交い、町人たちの足も早い。



人が集まれば盛り場は(にぎ)わい、となれば、芹沢たちの足は自然、北新地(そこ)に向く。



というわけで、北新地。

時を同じくして、阿部慎蔵もまた、この花街はなまちに舞い戻っていた。


その一画(いっかく)、料亭、紀の国屋に九つ(ひる)(かね)が聴こえる頃。


先に姿を現したのは、借金取りの親玉(おやだま)、石塚岩雄の方だった。

正確にはもう一人、羽二重はぶたえ羽織はおり仙台平せんだいひらはかまという、およそ石塚の連れとしてはつかわしくない人物を伴っている。

「はーん、新地の料亭を密会(みっかい)場所に指定するとは、あいつもなかなか洒落しゃれ真似マネをしてくれるやないか」

石塚は小指で鼻をほじりながら、まさにマチのゴロツキらしく歯を見せて笑った。

連れの男はなんの反応も示さず、店の入り口をじっと見つめている。


「ハ!密談みつだんといや料亭が相場そうばだろ?」

一足違ひとあしちがいで到着した阿部慎蔵が、いつの間にか背後はいごに立っていた。

結構けっこう。ここの支払いは大丈夫やろな?」

石塚が小馬鹿コバカにした目で振り返る。

「ツケとくさ。そんなことより、さっさと済ましちまおうぜ?そこいらをウロついてる長州の奴らがま〜た増えてやがる」


さて、

その紀の国屋に女中としてやとわれている琴は、忙しい夜をけて、部屋の掃除そうじに当てられたこの時間帯を指定したものの、姿を見せて協議に加わる(わけ)にもいかない。

阿部は、通された座敷ざしきに誰もいないのを見て舌打ちした。

「あんの野郎、呼びつけといて遅刻か?」


つき出しを運んで着た小寅が、見覚(みおぼ)えのある顔に目をパチクリさせると、阿部は「しっ」と口元(くちもと)に人差し指を立てて、余計なことを(しゃべ)るなと合図した。

れるあまり、ひたいには脂汗あぶらあせにじんでいる。


琴は掃除そうじのフリをしながら、となりの部屋を(のぞ)き見て、聞き耳を立てるうち、この状況が少し滑稽こっけいに思えてきて、意地悪な衝動しょうどうに駆られた。

正直なところ、今となっては阿部に正体を隠す意味も定かではなくなっていたが、とは言え、いま小寅の前で全てを明かすわけにもいかない。


石塚岩雄は、不逞浪士(ふていろうし)の見本のように胡座(あぐら)をかいて肘掛ひじかけをひきよせると、

いぶかしげにゴツゴツした肩を前に乗り出した。

「…なにをソワソワしとるんや?」

「もう一人、同席する男が来るはずなんだ」

「待った待った!そいつは何者なにもんやねん?」

石塚は、明らかに警戒(けいかい)した様子で、チラリと入口の方に視線をやった。

「なにビビってやがる。俺の仲間だ。すこし遅れているようだが、気にしないでくれ」

「そりゃ無理ってもんやで。得体えたいの知れん(やつ)の前で、仕事の話なんぞ出来るかい。そいつがタレこんで、手が後ろに回るのはゴメンやからな」

「おいちょっと待て、今日は借金の話をしに来たはずだぜ?」

阿部が話をさえぎると、石塚はフンと鼻を鳴らした。

「その通りやけどな。わしの方にも話があるんや。そやさけ、ここには信用できる人間以外は入れたない」


なんだか雲行(くもゆ)きが怪しくなって来た。

「ちぇ、かてえこと言うなよ。あんただって、用心棒(ようじんぼう)を連れてるじゃねえか」

阿部は石塚の後ろに立つ身なりのいい男を指して言った。

石塚は、さも意外そうに眼を見開いた。

「この人はな、今回のヤマを持ち込んでくれた、言わば当事者や」


そう紹介された男こそは、かつて風流男子ふうりゅうだんしと評された家里次郎、浪士組の脱走者だった。


「マユツバだぜ」

阿部のれいしっした態度にも男は取り合わず、付き出しの皿をかすように目線の上まで持ち上げ、風流(ふうりゅう)人らしく感想を述べた。

「ふむ、丹波(焼)か。まあまあ、せっかくだから、まず大坂名物の割烹(かっぽう)とやらを楽しみませんか?伊勢育ちの私は、いい加減かげんあの煮物ばかりの京料理には飽き飽きしてましてね。新鮮な海の幸を食べられるのは久しぶりなんだ」


「スカしてやがる」

阿部がさらに失礼を重ねると、石塚が反撃に出た。

かせ!おまえの用心棒こそ、本当ほんまに信用できるんやろうな?」

「口のかたさはうぜ」

「どうだか」

家里は二人のやりとりを聞きながら、え物を黙々(もくもく)咀嚼そしゃくしている。


つ気などない石塚は、さっそく本題を切り出した。

「ま、あんたから声を掛けてきてくれて正直しょうじき救われたわ。谷先生、ずいぶんお困りのようでな。催促さいそくするのも気がとがめとったとこや」

「道場に行ったのか?金の話は俺を通せと言ったはずだ」

「まあまあ、落ち着いて。ほれ、刺身さしみでも食わんかい。あんたが選んだ店にしては、なかなかイケるで?」

石塚はハシでつまんだ切り身をヒラヒラと振って、

「そやけどあんたも、いっこう返済の目処めどが立たんやないか。分かってもらわならんが、こっちも商売や。ただ指をくわえて待っとるわけにもいかん」

と、小馬鹿こばかにした態度でへりくだって見せた。

「おい、まるで俺が何も努力してないみてえな口ぶりだが、こないだはあんたにガセをつかまされたんだぜ?!」

石塚はあきれた風に肩をすくめた。

「やれやれ、またし返す気かえ?」

「本当のことだろ!」

「わかったがな、声がデカい。ま、ここは素直に謝っといたろ。ちゅうわけで、また一つ、もうけ話を持ってきたったんや」

「は、おいでなすったな」


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