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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
上洛之章
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大津宿の密会 其之肆

「奴ら、なにを話してたんだ?」

その一部始終いちぶしじゅうを見ていた土方が、不機嫌な顔でつぶやく。

今まで黙って事の成りゆきを見ていた沖田総司が初めて口を開いた。

「役者が一人ハケたと思ったら、また登場人物が増えたようですよ」

「なんだと?」

一同が、沖田を振り返る。

「どうにもの抜けた密会ですね。わたしたちがあの男について来たみたいに、清河も誰かにつけられていたらしい」

沖田が言い終わらないうちに、彼らが様子をうかがっていた路地ろじと反対の方角から、数人の男たちが姿を現した。

彼らは、中沢琴を取り囲むようにして歩みを止めた。

琴の正面に立つ男の手には、三百もんめ(約1kg)はある大鉄扇だいてっせんが握られている。


芹沢鴨だ。

浪士組の中で、土方ら試衞館一門と反目はんもくするグループの首領である。


考えることはみな同じで、芹沢以下、水戸一派は、連れ立って柴屋町の遊郭へ向かう途中で、路地に入って行く清河を目撃したらしい。


「あの男と何を話していた?」

上背うわぜいのある芹沢は、この怪しい浪士を威圧いあつするように見下ろした。

中沢琴は、まるでうち捨てられた傀儡くぐつ人形のごとく動かない。

桜の花びらが夜風にざわめいて、そのおもてに、なにか不吉なものを予感させる影を落としていた。

「おい、こっちに来て顔を見せてくれよ」

水戸一派のナンバー2である新見錦という浪士が、その華奢きゃしゃな腕をつかんで、月明かりの下に引っ張り出そうとした。

しかし、あまりにかぼそい手首の感触に戸惑とまどった瞬間、琴にその手を振り払われた。

「酒くさい」

暗い影の中で、新見を見返す眼だけが、刺すような光を放っている。

新見は、思わずたじろいだ。

琴は、目を閉じて意味ありげな笑みを浮かべると、無言で立ち去ろうとした。

「まてよこら!」

平山五郎という片目の男が、後を追って、その肩に腕を伸ばした。

刹那せつな

琴は平山の手首をつかみ、

前方へ引き倒した。

「あんたら下っ端(したっぱ)には関係ない話だ」

尻もちをついて目を白黒させる平山五郎を見降ろして、琴は言い放った。


「こいつぁ、当たりを引いたようだ。なかなか遊び甲斐がいのあるにいちゃんだぜ」

芹沢が、うれしそうに言った。


「まあまあ、芹沢さん」

そう言って、止めに入ったのは、芹沢よりいくつか年かさの浪士だ。


井上源三郎  ―イノウエゲンザブロウ―

のちの新選組六番組長である。

上洛したメンバーの中では試衛館道場の最古参さいこさんで、近藤を含めた一門の兄貴分、よき相談相手といった存在だ。

温厚な人物として知られ、人当たりも良かったので、新選組ではおもに対外の交渉役を務めた。


彼は、厄介払やっかいばらいされた土方らとは別の小隊に属していたため、ここまでずっと三番組のなかで、新見たち水戸藩出身のグループと旅をしてきたのだ。


そしてこの夜、芹沢鴨が三番組をひきいて遊郭ゆうかくへ繰り出すのに誘われて、無理やり連れ出されたのだった。

芹沢は札付ふだつきの乱暴者だが、人のいい親分肌おやぶんはだのところもあったから、彼の部下とソリが合わない仲間のせいで肩身かたみのせまい思いをしている井上を気づかったものらしい。


井上は、平山を助け起こしながら、中沢琴に向き直った。

「もうやめましょう。あんたも浪士組の仲間なんだろう?」

「ああ」

琴の声音こわねが少し柔らかくなった。

「ね?芹沢さん。浪士組の隊士が、浪士組の世話役と話をしていたからと言って、なにもとがめられるすじはないでしょう?」

芹沢は、それにこたえる代わりに、妙に青白い顔に不敵ふてきな笑みを浮かべて、琴の肩に鉄扇てっせんを突きつけた。

「どうだかな。さっきの話の中身による」

「あの清河という男は今ひとつ信用できん。言え。コソコソなんの相談だ」

水戸一派いちのキレ者で通る新見錦も、清河八郎の企みには薄々勘づいているらしい。


「聞こえなかったか。お前たちに関係ない」

琴は芹沢が突きつけた鉄扇てっせんを、ひじはじき飛ばした。

芹沢はちのかまえを見せたが、

琴は間髪かんぱつ入れずそのツバ元を脇差わきざしで押さえ、動きを封じた。


後手ごてを踏んだとあせる新見が、ついに刀を抜き放つ。

井上は、中沢琴の前に仁王におう立ちして、一喝いっかつした。

「やめなさい!斬り合いをする理由など、ないと言ってるだろう!」

「それはあんたが決めることじゃない。…おい」

新見が他の取り巻きに声をかけた。

平山五郎、野口健司らが、刀の柄に手を掛ける。


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