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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
208/404

世間話、楢崎龍のこと 其之参

さてこの日の夜、それなりに船旅を(たの)しんで大坂にたどり着いた浪士組一行は、将軍を大坂城まで警護したあと、八軒家(はっけんや)船着場ちかく、天満橋てんまばしの京屋に宿をとった。

ゆうのスケジュール管理は、どうやら完璧のようだ。


「どうもどうも、おいでやっしゃ。おつとめご苦労さんです」

福福(ふくぶく)とした白髪しらが混じりの主人が、愛想あいそうよく彼らを出迎えた。

「ああ、二、三日世話になるぜ」

先頭に立つ芹沢鴨が、浪士組の頭目とうもく然と、横柄おうへい挨拶あいさつでドスを効かせる。

「将軍様のおともの方々をおめ出来るやなんて、光栄なことだす。せまいとこだっけど、どうぞごゆっくり英気えいきを養っとくなはれ」

「ふん、あんたら上方(かみがた)の人間が、(はら)ん中で俺たちをどう思ってるかなんざ承知の上なんだ。オベンチャラは結構、さっさと部屋に案内してもらおうか」

宿の女中らが、慣れない房州訛ぼうしゅうなまりにおびえていると、後に続く井上源三郎が、申し訳なさそうにフォローを入れた。

「いやはや、すみませんねえ。うちの局長、ありゃパッと怖そうなひとですがね、その、別に悪気わるぎはないんですよ」

さらに続いて永倉新八、土方歳三が、玄関に草鞋わらじを脱ぐ。

「いや、あるだろ今のは。なあ?」

「俺に同意を求めんな!」


主人の忠兵衛は、鷹揚おうように手を振って笑った。

「なになに、そんなん気にしてまへん。わてらは商売人だっさかい、ここで切った張ったやドンパチを始められん限り、他国(よそ)の方が仰山ぎょうさん来てくれはるのは、どんな理由にせえ大歓迎ですがな」


二階の客間に案内されて、階段を上りかけていた土方が脚を止め、忠兵衛を振り返った。

「…そういう割り切り方は嫌いじゃないぜ?ご主人、あんたとは利害(りがい)が一致する限り協力関係がきずけそうだ。これから我々浪士組は、ここを定宿じょうやどにさせてもらおう」

「おや、何がさいわいするや分かりまへんなあ?おおきに」

忠兵衛は頭をきながらペコリとお辞儀じぎを返したが、浪士組一行が二階に上がり切ったのを見届けると、その首を傾げた。

「…なんやケッタイなお客やなあ。あれでホンマに将軍さんのお供なんやろか」


浪士組を案内した中居女中(なかいじょちゅう)が階段から降りてきて、いつまでも玄関に突っ立っている主人を不思議そうに見たとき、

「あ、そういえば!」

階段の上から声がしたかと思うと、今度は沖田総司ががドタドタと駆け降りてきた。


「ご主人、忠兵衛さんですよね?」

沖田は中居女中なかいじょちゅうを押し退()け、忠兵衛に詰め寄った。

「あ、は?はい!」

さっきの独り言を聞かれたのかとドギマギしながら応えると、

「ちょ、ちょ!」

沖田はなぜか階段下の陰に身を隠すようにしゃがむと、忠兵衛に手招きした。

「あのね、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

どうやら(とが)め立てされる気配はなさそうだとホッとしたのもつか、忠兵衛は、一見いちげんの客の意味深な行動に戸惑とまどった。

「はあ。あの、なんでっしゃろ?」


「一年ほど前、ここにお龍さんて女の人が来たでしょ?」

「ああ!お(りょう)ちゃん!はいはい、よう覚えてますがな!なんや、お知り合いでっか?」

途端(とたん)に忠兵衛は、懐かしい友人に会ったかのように顔を(ほころ)ばせた。

よほど印象的な客だったらしい。

「いや、そういうわけじゃないんですけどね」

忠兵衛は、沖田の顔をしげしげ眺めて、

「わてはまた、おサムライさんがお龍ちゃんの恋人ええひとなんかと思いましたわ。二枚目やし」

と残念がった。

「やめてくださいよ、とんでもない。面白そうなうわさを小耳にはさんだから、ただの興味本位きょうみほんいで聴くんですがね?置屋(おきや)に売られそうになった妹さんを救い出すために大坂まで乗り込んできたとか?」

「そう!そうですがな!うら若い(おなご)(えら)いもんでっしゃろ?」

「じゃあ、その時ここに泊まったとこまでは、ホントなんですね?」

「ほんまもほんま!この宿帳やどちょうに名前を書いてもろたわてが言うんやさかい、間違いおまへんで」

実際のところ、沖田自身、この話にそこまで興味はなかったものの、なぜかゆうのために結末を確かめねばならないという使命感のようなものが芽生えていた。

「けど、アテもなくこんな大きな街にやってきて、ひと一人探すのは並大抵(なみたいてい)のことじゃないでしょ?」

「それが、なかなかにあたまの回る子でしてなあ、なんとなく当りをつけて来たらしいんだす」

「へーえ」

旅荷たびにかんうち、こう、わてに詰め寄りましてな。新町が島原みたいに大きなくるわやったら、そう(とお)ない(とこ)女衒ぜげん連中のまり場があるはずやうて、その場所を問いただしますのや」

話がだんだん熱を帯びて来て、沖田には忠兵衛と八木源之丞が重なって見えた。

「ほんで、わてが丼池筋どぶいけすじ辺りがそうやないですかいなあと答えた時には、もうそこにはおらへん。急転直下きゅうてんちょっか、その女衒ぜげんの家を突き止めてしまいましたんや」

「…こりゃおゆうちゃんの喜びそうな話だぞ」

「けと、丼池どぶいけゆうたら、新町遊郭しんまちゆうかくのすぐそばでっさかい、まさに女郎屋じょろうやに売り飛ばされる寸前ですがな!あの()、迷わず女衒ぜげんの家に踏み込んで、ヤクザまがいの男二人相手にえらい剣幕けんまくで、

『うちの妹を返せ!』

うて大立おおたまわりや。

けど、もちろん相手も堅気(カタギ)やないさかい、

『こっちは金も払ろとるんや、そんな了見りょうけんが通る思てんのか』

ゆうことになりまっしゃろ?」

「ま、まあ、そうでしょうね」

沖田は、話の勢いにやや気圧(けお)されつつ、うなずいた。

忠兵衛は、まるでその場に居合わせたかのように身振り手振りをまじえて、さらに熱弁ねつべんを振るった。

「ほんならお龍ちゃん、なんとかき集めた金をたたきつけて、

『金なら返したる!』

うてね、見栄みえ切ったもんの、それじゃあ元金がんきんにもならんし、何より相手にも渡世(とせい)のメンツがありますがな。

『死ぬ覚悟かくごがあって、そないナメた口きいとんのか!』

(すご)みよる。

けど、お龍ちゃんは、

『面白い!殺せるもんなら殺してみい、さあ殺せ!』

啖呵たんか切って、一歩も引かんかったんだっせ?

結局、ヤクザもん渋々(しぶしぶ)引き下がったらしゅうて、見事(みごと)妹を、この京屋に連れ帰ってきたという次第しだいでんがな!」

「はあ、すごいな、一端(いっぱし)女傑(じょけつ)ですね」

「まあ、男勝おとこまさ()うんかねえ、けど、実際はとしころなら二十二、三の別嬪べっぴんさんでっせ?」


「八木さんが、おゆうちゃんと似てるって言ったのも分かる気がしてきた」

沖田は、その場にいない八木源之丞に同感した。

「しかし、ああいう上等な(おなご)をモノにする男ゆうのは、どないな顔してますんやろなあ?」

いつの間にか二人は、すっかり打ち解けている。

「いや、いくら可愛くても、まあアレはちょっと、というか、かなり変わった人じゃないと無理でしょうねえ」

沖田の頭の中の楢崎龍ならさきりょうは、もはやゆうと同じ顔をしていた。


とにかく、そんなわけで、船宿ふなやど「京屋」は、この日より新選組が上方かみがた(関西地方)を去るときまで、大坂における重要な拠点きょてんのひとつになった。


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