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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
206/404

マイルストーン 前篇

そして、徳川家茂公が大坂へ立つまさにその当日、

文久三年四月廿一(にじゅういち)日。


この日、ついに攘夷の期限が公表された。

五月十日。

つまり、これから半月ほどしかない。

しかし奇妙なことに、いったい「攘夷」というのが具体的にどういう行動を指すのか、浪士組にはいっこう伝わってこなかった。


その日がくれば、日本は列強れっきょう各国との通商つうしょう条約を破棄(はき)し、

そして…?

それから?


ひょっとすると、会津藩にもそれからのことは明確に分かっていないのかもしれないし、

それどころか、朝廷や、幕府や、長州、薩摩にすら、「攘夷」が何であるかと言う意思統一は、されていないのかもしれなかった。

これが国家の外交方針の大転換だいてんかんであることを思えば、驚くべき事態である。


ともあれ、ようやく京を離れることになった若き将軍のために、この日、船が仕立てられた。

二条城から船着場のある伏見までは、通常ならおよそ一刻(約2時間)の道程どうていながら、今回は一旦いったん岩清水八幡宮いわしみずはちまんぐうに寄り道してから淀川を下るため、伏見を素通りして竹田街道(現在の国道24号線)を抜け、川下かわしも船着場ふなつきばがある橋本まで向かわねばならない。

倍以上の時間がかかったせいで、大阪城へ向かう葵の御紋(徳川)の行列は南北にダラダラと延び、都のど真ん中を分断したから、あちこちで渋滞を引き起こして、またもや京の人々の不評を買った。


岩清水八幡宮の参拝さんぱいは、前回、孝明こうめい天皇の行幸ぎょうこうをすっぽかした穴埋あなうめというか、朝廷へのポーズも含んでいるのであろう。

側近そっきんの一橋慶喜は、此処ここで別れ、明日にも善後策ぜんごさくこうじるため江戸へ向かうという。



船は淀川を下り、はるか北摂ほくせつ山系の山々が後方に流れてゆく。

心配していた天気は快晴で、舳先へさきから波立った水面がキラキラと輝き、その上を二羽の青鷺あおさぎが船と併走へいそうするように飛んでいた。


というのに。


会津藩公用方あいづはんこうようがた広沢富次郎は終始しゅうし不機嫌な顔をくずさなかった。

「あーあ、切れ目なぐ山さつらなるこの地形はどうも窮屈きゅうくつでうまぐね。磐梯山ばんだいさん勇壮ゆうそうな景色がなづかしい」

彼がホームシックになるのも無理はなかった。

藩が京都守護職きょうとしゅごしょくなどというお役目を引き受けたばかりに、不慣れな業務に忙殺ぼうさつされる毎日。

そのうえ、なし崩しに押し付けられた浪士組れんちゅうは絶えず厄介やっかいごとを引き起こし、毎度その尻拭しりぬぐいまで引き受ける羽目になったのだ。

「なに、大坂に着けば摂海せっかいのぞめますよ」

橋本までの道中、後ろを歩く浪士組副長ろうしぐみふくちょう土方歳三はなんとかこの公用方のご機嫌きげんをとろうと腐心ふしんしていた。

なにせ会津藩士たちになかば無理やりくっついてきた格好かっこうの浪士組は肩身かたみが狭い。

整然と将軍家茂に付き従う正装した隊列の中、広沢のひきいる浅葱あさぎ色のダンダラを羽織った、みすぼらしいナリの約二十名だけが妙に浮いていた。


広沢は局長の芹沢鴨や近藤勇らと比較的(とし)も近く、同じ公用方こうようがたの秋月悌次郎(ていじろう)などとは違って、浪士組の面々ともお互い気安きやすかったが、その分遠慮(えんりょ)のない口をきいた。

船上でも広沢の愚痴ぐちは止まらない。

「今回は、会津兵がこだほど随伴ずいはんするんだがら、無理について来ることもねがったのだ」

「つれないことを。そもそも我々は将軍様の警護けいごの為にはるばる江戸からやって来たんです。今は会津の末席まっせきに加えて頂いているのですから、おともくらいさせて下さい」

「だども、おめんとこのやづらはまるで物見遊山ものみゆさんでねが!」

広沢はウンザリした顔で船の後方に陣取じんどった一団を振り返った。

「いやまさか、そんな…」

冗談めかして土方が手を振ったそのときを狙いすましたように、

「おいおいおい、さっきの見たかよ?家茂公は総髪そうはつだったぜ」

後方から原田左之助のガサツな声が、

「見た見た見た見た!船着場ふなつきばんとこでチラッと見えた!なんか、やっとおかみのために働いてるって実感がいてきましたね!ね?」

藤堂平助の粗野そやな声が、

「あの船着場の川べりに遊郭ゆうかくがあったろ?帰りに寄ってみっか」

永倉新八の好色スケベそうな声が、

立て続けに聴こえてきた。


土方はすぐ脇にいた沖田総司の肩を小突こづき、連中を黙らせろと目配めくばせした。

もちろん、そのように遠回しな意思表示を、沖田にさっせられるはずもなく、

「ああ、土方さん。やっぱおゆきちゃんには、なんかお土産みやげを買って帰った方がいいですよねえ?そうすると、浜崎先生にも。いや、それで八木家のご主人や奥さんに何も買ってかないってわけにはいかないよなあ。すると、今度はあのおゆうのヤツが黙ってるはずもないし…」

と、頭をかきむしっている。


「…お前の悩み事は、こんな時ですら、ご近所付き合いの域を一歩も出ねえんだからな…なんかもう感銘すら覚えるぜ」

土方は、最後の頼みの綱にすがるような視線を送ったが、井上源三郎は「自分の手には負えない」と残念そうに首を振り、目をらした。

もはや言い訳はあきらめるしかないようだ。

土方は肩を落とした。

「ま…まあ、アレでもいざと言うときには、それなりに役に立ちますから」

「…だどいいげんともな」


西側の岸には、一里塚いちりづかの小さな築山つきやまに植えられたえのきが見える。

広沢は船上の風に吹かれながら、その脇にある水茶屋みずちゃやがゆっくり通り過ぎていくのを目で追って、ため息をついた。


そもそも松平容保が京都守護きょうとしゅごなどという重職じゅうしょく拝命はいめいすることに消極的、というより反対だった大部分の会津藩士たちからすれば、自ら進んで死地しちおもむこうなどという物好ものずきが貴重な存在であることに違いはない。

会津藩はもう、この船のように川の流れに逆らうことはできず、今まさに区切りとなる一里塚マイルストーンを通過してしまったのだ。


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