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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
204/404

世間話、楢崎龍のこと 其之弐

「奥さんも深窓(しんそう)令嬢(れいじょう)いいますのか、世間知らずどしたさかい、(タチ)の悪い女衒(ぜげん)(だま)されて、いやまあ(タチ)のええ女衒(ぜげん)なんちゅうもんが()んのか知りまへんけど、なんせそいつに上手うまいこと言われて、光枝みつえちゃんゆう下の子が大坂の女郎屋(じょろうや)に連れてかれてしもたんどす」

青蓮院(しょうれんいん)侍医(じい)の娘さんともあろう人が、一夜にしてそんな憂き目(うきめ)うなんて、世の中まさに一寸いっすん先は闇ですね」

沖田はなにやら感慨かんがい深げに相槌あいづちをうった。

「は…別に珍しゅうもない話や」

ゆうの声には何故かハッとするような響きがあって、沖田は思わず横顔を見つめたが、その表情からは何も読み取れなかった。

源之丞はなおも続ける。

「その時お(りょう)ちゃんがね、いやその楢崎ならさき先生の長女どすけど、それ聞いてすぐ、ありったけの着物売って大坂まで乗り込みましたんや。ほんで宿をとったんが、八軒家の船宿、まさにその京屋どすがな」

「なるほど。そうきたか」

この話がどこまで脱線するのかと心配になっていた沖田は少しホッとした。


「ほんでほんで?」

興味津々(きょうみしんしん)ゆうは前のめりで話の続きを催促(さいそく)する。

しかし。

「……ほんでって?いや、この話はここで(しま)いどすけど?」

「終いゆうことないやろ!お龍ちゃんゆう人はどうなったんな!」

「…さ、さあ?」

「さあ?ってなに!?」

沖田とゆう怒鳴(どな)り声が見事にかぶった。

「それがどうも、そっから先がハッキリしませんのや…」

源之丞は困り顔で首を傾げる。

「じゃあなんでそんな話はじめたんだよ!」

「なんでって、大坂つながりで思い出しましたんどすがな」


沖田とゆうは顔を見合わせた。

「今のつながったてたか?」

「いや全然つながってへんやろ…てゆうか、ああ、なんやめっちゃモヤモヤするわあ」


「そりゃ、しゃあないどすがな。楢崎先生(ならさきせんせ)が亡くなってからこっち、疎遠(そえん)になってしもたし、そういう話があったらしいゆうのを、青蓮院(しょうれんいん)の誰かが聞いて、それをまた中村はんから又聞(またぎ)きしましたんやさかい」

源之丞は言い訳がましく応えた。

又聞またぎきかいな!」

ゆうは心底ガッカリして肩を落とした。

「てか誰よ、中村って!」

「青蓮院の衛士(えじ)どす。沖田はんもお強いけど、あのお人もかなりのもんどすえ」

「へーえ」

沖田はむしろそちらの話のほうに()きつけられたようだったが、ゆうは納得しない。

「そんなん今どうでもええがな!」

「良くないだろ!」

と、今度は仲間割れを始めた。

「だいたい、青蓮院宮衛士しょうれんいんえじゆうたら味方なんやろ?」

「まあ、そりゃそうだけどさ」


源之丞はと言うと、またその楢崎家のことを思い出したようで、

「とにかく、わたしもお龍ちゃんや光枝ちゃんのこと気にはなってましたんやで?けど、ちょうどその頃からなんや世の中ドタバタし始めて、そうこうするうちに、えらい団体さんが村にやって来ましたよってなあ」

と妙に沈痛(ちんつう)な面持ちで腕を組んだ。


「あんたらのことや。ほんま、八木さんもええ迷惑めいわくやな」

ゆうはからかい半分で沖田の顔を(のぞ)き込んだが、彼にはそもそも壬生村の住人に迷惑をかけていると言う自覚があまりない。

「というか、う~ん…姉妹(きょうだい)を助けるために単身たんしん敵地てきちに乗り込んで行く勝気かちきなとこなんか、妙に誰かさんを思い出させるなあ」

と、最後に中沢琴を見た上覧試合(じょうらんじあい)前日の事を思い出しながら、独り言のように(つぶや)いた。

「は?」

「いやいや、こっちの話。…そういえば大坂に行くとか言ったきり、最近見かけないけど…あっちで会えるかな?」


ゆうはあまりに上方かみがたについて無知な沖田に飽きれた。

「あんたなあ、それ、誰のことか知らんけど、大坂の市中なんて、人、人でいっぱいなんやで?偶然知り合いにバッタリなんちゅう幸運は、そうザラにあれへんわ」

「そっかあ。じゃあ、そのお龍さんも妹に会えなかったのかな」

沖田は目を閉じ、なにやら考える風に(ほお)に手をやった。

「けど、まあ女郎屋じょろうやゆうたら、ある程度場所は限られてきますさかいな。有名な新町遊郭しんまちゆうかくも八軒家からそう(とお)ないし…あ!」

源之丞は余計なことを口走ったと顔を赤らめたが、二人はそれぞれ別の考えにとらわれて気づいてもいない。

「あんたも大坂行ったら、そういうスケベな店に行くんやろなあ」

「まあ、機会があれば後学こうがくのためにね」

「なんやうち、軽うあしらわれてる気がしてきた」

挑発ちょうはつに乗って来ない沖田に、ゆう気抜きぬけした様子で、どんより曇った空を見上げた。

「…このまま当日まで天気が持ってくれたらええのになあ」

「まあね」「ほんまどすなあ」

沖田と源之丞は釣られたように天を仰いだ。


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