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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
203/404

世間話、楢崎龍のこと 其之壱

このところ、鬱陶うっとうしい梅雨空つゆぞらが続いている。

八木邸の庭に建設中の道場は、浪士組の晴れ舞台である徳川将軍の摂海巡視(せっかいじゅんし)(大阪湾の海防視察)随行ずいこうにも、雨の季節にも間に合わず、彼らは向かいにある前川邸の表長屋おもてながやに仮の稽古場けいこばを作って急場をしのいでいたが、隊士も20人を越えるようになっては、素振りをしていても少し踏み込めば誰かのかかとを踏む有り様で、とても道場としての用を成さなかった。


一方、八木家の当主源之丞(げんのじょう)は、浪士組の大坂行きが決まってからというもの、その日を指折ゆびおり数えていた。

久々にこの騒がしい居候(いそうろう)連中から解放され、少なくとも浪士たちが帰ってくるまでの間は家族と静かに暮らせるのだ。


「まあまあ、みなさん稽古けいこにご精が出ますなあ」

上機嫌で勤め先の青蓮院しょうれんいんから帰ってきた源之丞は、自宅の門前で向かいの格子窓こうしまどから漏れる気合いの声に相づちを打ちながら、沖田総司と立ち話にきょうじていた。

「まあ、いよいよ将軍様の警護という当初の目的が果たせるわけですからね。隊士たちというより近藤さん、もとい近藤先生が張り切っちゃって」

「せんせと言えば、浜崎先生せんせ怪我けが人が多すぎて、なんぼ手当てしても追いつかんゆうて愚痴グチってはりましたで」

源之丞が言ったのは、浜崎新三郎という壬生村の開業医のことである。

浪士組が京にやってきた際、この浜崎家の屋敷を浪士たちの宿所として提供したえんもあって、以来、浪士組の掛かり付け医院のような関係になっている。

「そういや、おいちさんも毎日遅くまで帰ってこないってお雪ちゃんが泣いてたな」

沖田は浜崎診療所の助手、いわば看護師である秩には常々申し訳ない事をしていると思っていたので、彼女のひとり娘、雪の面倒めんどうをよくみていた。

稽古けいこも結構どすけど、ほどほどにしとかな大坂に行くまでに皆ヘバって、頭数あたまかずが足らんようなってしもたらコトどすえ」

「そうなんですけど、ご存知の通り手加減てかげんてもんを知らないからなあ、試衛館(うち)の連中は。庭の道場もまだできないでしょ?あそこ狭いからアッチコッチぶつけるんですよねえ。このままじゃ隊士だけじゃなくて医者も足りなくなりますよ」

どこまで本気なのか、沖田はノホホンと応えた。


腕組みした源之丞は建てかけの道場が見える門の中を覗き込んで、

「あの瓦屋かわらやも五郎兵衛さんが隠居いんきょしてからは仕事がパッとせんなあ。ほんま、惜しい人はどんどん居らんようになってもうて。わたしの勤めとる青蓮院しょうれんいんにも楢崎ならさき先生せんせいう腕のええお医者さんがいやはったんどすけどな、去年のあたまに突然お亡くなりになりはって。元気やったら紹介して差し上げることもできたのに、残念なことどすわ」

と嘆いてみせた。


「医者の筆不精ふでぶしょうゆうやっちゃね」


何処どこからか割り込んできたこの家の通い女中(ゆう)を、沖田がにらみつけた。

「またでたよ!こんなとこであぶら売ってないで、さっさと買い物にいけば?…あと、さっきの例えは惜しいけど違う」

「惜しいてなにが?ヒマそうに道端みちばたで世間話しとる人に言われとないわ!だいたい言い方がいちいちムカつくねん」

源之丞は若い二人の微笑ほほえましいケンカに目を細めた。

「そういうたら、楢崎ならさき先生せんせのとこにも、こないなお転婆(オテンバ)の娘さんがおらはったなあ」

「何ですかいきなり」

沖田とゆうは同時に源之丞を振り返った。

「いやいや、なかなか器量きりょう良しでおゆうちゃんと何処どことのう似てたから、元気にしたはるかなあ(おも)て。ときに大坂ではどちらにお泊りです?」

「なんでそんなこと聞くんです?」

「京屋って船宿ふなやどです」

何故か、部外者であるゆうが淀みなく答えた。

「ほほう!そりゃまた、偶然どすなあ」

源之丞がポンと手を打ったので、沖田はまた懐手ふところで小首こくびを傾げた。

先ほどからさっぱり話が見えない。

「だから何が?…ていうかなんでお前が知ってんだよ!」

「あんたらがシッカリしてへんから、うちがわざわざ下調べして、源さんに色々教示(きょうじ)したってんのや。田舎もんの坂東武者(ばんどうむしゃ)が向こうで恥かかんようにな」


土地勘(とちかん)に欠く浪士組の内部事情はさておき、源之丞はワケを話し始めた。

「というのも、楢崎先生ならさきせんせの家は奥さんのほか、娘さん三人とまだ小さい男の子だけの所帯(しょたい)どしたさかい、先生が()うなったあとえらい困窮(こんきゅう)してしもたんどす。お屋敷も売って、それでも足らんからゆうて女の子はみんな奉公ほうこうに出ることになったんどすけど」

「はあ」

話が戻ってしまったので沖田は間の抜けた返事をした。




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