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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
201/404

ソープオペラ 後篇

「皮肉なもんだな。徳川がヤットコサかき集めたのは、俺たちみたいな半端者はんぱものだってのに。新見、おまえ、いつからそんな話を…」

せんだって、吉成様よりふみを頂いたのです。目を通して、ガラにもなく興奮こうふんしましたよ。そうなれば、この演武場を足がかりに、水戸藩も宮中の政治に食い込む事ができる。

まずは、水戸(くに)にいる市川三左衛門いちかわさんざえもん以下諸生しょせいとう党の連中を締め出して足元を固め、続いて専横せんおうを極める長州輩ちょうしゅうばらから幕政ばくせいの実権を取り戻せば、

わが水戸藩はこの時代の主役に返り咲けるはずです」


おまえはまだあきらめてねえのかよ。

水戸の復権ふっけんを。

言いかけて、芹沢は言葉を飲み込んだ。

「どうにも。話がでっかすぎてピンと来ねえな」

耳の穴をほじりながらはぐらかす。


吉成はその心の内を見透みすかしたように微笑み、

芹沢は目をらした。


例えばこののち、吉村寅太郎は侍従じじゅう中山忠光を旗頭はたがしらとし、天誅組てんちゅうぐみおこす。

もはや幕府をアテになどしないという意味において、宮中きゅうちゅうに接近するという手法は、後の討幕派とうばくは各藩に共通していた。


「ま、水戸の復権云々(ふっけんうんぬん)は置いといて、宮様みやさまかつぐってくわだては悪かねえ」

事実、芹沢自身も、のち栖川宮ありすがわのみやへの奉公を申し入れている。

やはり彼には、会津藩の政治思想とは相容あいいれない理由ものがあったようだ。


「だがせないのは、なぜそこに長州の名がない?奴らの入れ知恵じゃないのか」

芹沢の疑問はもっともだった。


「ああ。肥後の宮部鼎蔵(みやべていぞう)とかいう男が、この話の出処でどころらしい。細川の殿さん(肥後藩主)に根回しして、周旋しゅうせんしたそうだが。実際、宮部はその御親兵ごしんぺいを率いる総監そうかんに自ら収まっている」


「そりゃまた大きな魚を釣り上げやがったな。で、俺たちは、それをかっさらおうってわけか。おもしれえ」


新見は自分の人差し指の背を軽くんだ。

「つまり、この計画にとって当面の邪魔者じゃまものは、その宮部ということになるが…」

「…邪魔なら消しちまえばいい」

芹沢と新見は目を合わせてニヤリと笑った。


「そう上手くコトが運べばいいが。なにせ、黒船が来てからというもの、俺の目論見もくろみは、外れてばかりだ」

吉成の悲観的な意見を、新見がねつけた。

「弱気な。所詮しょせん細川は、外様とざま(ここでは徳川が政権を獲って以降に家臣となった大名を指す)。水戸が取って代わることなど造作ぞうさもないこと」


だが吉成は、二人をにらみ、釘を刺すことも忘れなかった。

「わかっていると思うが今日、ここで聞いたことは他言無用たごんむように願うぞ」


芹沢が鼻を鳴らす。

「まだ海の物とも山の物ともつかねえ話だ。言ったところで誰も本気にしやしねえよ。まずは浪士組の体裁ていさいを整えるのが先だ」

と、そこまで言って、ようやくもう一つの用件を思い出したらしい。

「そういや仏生寺さんはどうした?ここで落ち合う約束のはず。遅いな」

新見にとって、今や仏生寺弥助など小事しょうじに過ぎなかった。

「昨日のうちにつかいをやったのですが…やはりあの人はアテになりませんよ」

「どうせ島原あたりで呑んだくれてんだろ。待ってりゃそのうち来るさ」

芹沢が意に介さず笑い飛ばしたところへ、取り継ぎの者がふすまを開けた。

「お客様が、お見えです」

うわさをすれば影だな。通してくれ」


ところが。

そこに現れたのは阿部慎蔵だった。


阿部はしばらくポカンと口を開けて廊下ろうかに突っ立っていたが、やがて不機嫌ふきげんに吐き捨てた。

「…あんたらかよ」

「あ?ダレだおまえ?」

芹沢がムッとして問い返す。


「ちぇ、迂闊うかつだったぜ。元天狗党(てんぐとう)のあんたたちが此処ここに来ることくらい、考えりゃ分かりそうなもんだったぜ」

すると、吉成勇太郎が眉根まゆねを寄せて阿部を指さした。

「きみは…確か、阿部慎蔵君だったな。水戸で会った」

「ええ。お久しゅうございます。さすが吉成様は、私のような者でも一度会った人間の顔はお忘れにならない。そこのあんたは下村嗣次あらため芹沢鴨浪士組筆頭局長、あんたは…そう、確かクメさんだったな」

「クメさんだと!貴様…」

そこまで言ったところで、新見は、いや、芹沢の方も、阿倍の顔を思い出したらしい。

「思い出したぜ。佐原で俺に盾突たてついた小僧か。大きくなったなあ」

もちろん、これは芹沢の皮肉である。だが阿部も負けじとやり返した。

「あんたらも、どうしたワケかお元気そうで。聞いたぜ?あれだけのことをやらかして、今じゃおかみの手先かよ。死んだ三人も浮かばれねえな?」

芹沢は、目を閉じて薄笑うすわらいを浮かべる。

新見は、ギリと歯ぎしりした。


阿部は、構わず話をつづけた。

「吉成様は、まだ馬廻組うままわりぐみにいらっしゃるのでしょうか。実は拙者せっしゃ、折り入ってお願いがあり、参上いたしました」

吉成は手招てまねきで阿部に座るよううながした。

「あなたは、昔から国にくすことを強く願っておられた。そのあなたが思いつめた顔で、今また私を訪ねて来られたということは、それなりの理由があるのでしょう」

「ええ。単刀直入たんとうちょくにゅうに申し上げると、私は馬関海峡ばかんかいきょうに行ってアメリカと戦いたいのです。そのためのお口添くちぞえをお願いしたい」

「それは、まことにご立派な心掛こころがけです。実のところ、そう言って私を訪ねてこられる方は他にも大勢いたが、残念ながら、あの頃とは水戸われわれの置かれた状況が違うのです。申し訳ないが、今の私に、そこまでの力はござらん」

吉成は神妙(しんみょうに応えた。

「ふ、貴様ごときが馬関で何の役に立つつもりだ」

新見が冷笑する。


阿部は、吉成の目を正面から見据えたまま、口を開いた。

「かもしれねえ。だが、ハナから勝ちの見えてるケンカなんざ面白くもねえだろ?」

「珍しく意見が合うじゃねえか」

芹沢がニヤリとして、口をはさんだ。


「だがなあ、俺は負けんのは大嫌いだぜ」

阿部は芹沢と新見に向き直り、不敵ふてきに笑って見せた。

「あんたらもよ、みっともなく生き永らえたんなら、長州にくっついてって馬関で夷狄いてきと刺し違えてクタバんのがすじってもんじゃねえのか?」


「もう許さんぞ!」

新見が差料さしりょうを引っつかもうと手を伸ばした時、

吉成が一升徳利いっしょうどっくりをドンと床に置いた。


「ケンカするな。ほれ、藤田東湖ふじたとうこ先生に頂いた水戸の不味まずい酒だ。今日は飲んで旧交きゅうこうを温めるとしようじゃないか」


有無うむを云わせぬ響きがあった。


四人はそれぞれの思惑おもわくを胸に秘めたまま、

痛飲つういんした。


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