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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
200/404

ソープオペラ 中篇

芹沢鴨は、部屋に入ってきたときから太々(ふてぶて)しく胡坐あぐらをかいている。

「恩を着せる気なら、礼など期待しないでもらいたいね。助けてくれなんて頼んだ覚えはねえからな」

「芹沢さん」

新見が軽くたしなめるように名を呼んだ。



雪霜そうせつに色よく花のさきがけて散りても後に匂う梅が香」


吉成が遠い目をして突然口にしたのは、

芹沢のいた赤沼の独房どくぼうの壁に、血文字でつづられていた歌だった。


「その態度じゃ、お前の持つ繊細せんさい詩情しじょうと優しさに気づくやつはいまい。いまの人生は残り香ってわけか」

芹沢はイヤな顔をした。

「よしてくれ!ありゃあな、ああ、これで何もかも終わりだと思ったら、ふと感傷的になっただけさ。あの時の俺はどうかしてたんだ」


「ふふ。なるほど(ツヤ)っぽい辞世じせいだ」

見知らぬ先客が、低い声で笑った。

芹沢はムッとして、こいつは誰だという風に吉成へ目配めくばせした。

吉成はその様子を面白がるように、新見をチラリと見て茶目っ気(ちゃめっけ)たっぷりに笑顔を作った。

「おっとそうだ。紹介しよう、平石林之助殿だ。彼には色々と有益ゆうえきな情報を提供してもらっている」


「お初にお目にかかります。お二人のご高名こうめいはかねがね…」

平石は二人に向き直り、手をついて会釈えしゃくした。

「見た顔だ」

新見が鋭く言った。

「ええ。黒谷の本陣ほんじんで何度か」

平石がサラリと答える。

「…そうか。いつもニコニコ挨拶あいさつする厩番うまやばんだ。なぜ会津がここにいる」

「その質問は、そのままあなた方にも当てはまるのでは?」


吉成は、張り詰めた空気を察すると、割って入った。

「よせ。会津の容保かたもり公は水戸の血統で、我々の主家しゅかの恩人でもある。彼は私の口利くちききで、もうすぐ馬関海峡ばかんかいきょうへ向かうんだ」

新見が腰を浮かした。

「いつです!」

「長州が下関で外国船と砲火ほうかを交える日までには」

芹沢は、例の大鉄扇だいてっせんで平石の肩を小突こづいた。

「つまり、あんたは攘夷方じょういがたに寝返ろうってのか?それともあっちからこっちへ乗り換えたのか?いや、答えなくていい。返答次第じゃ、ここの畳を血で汚さなくちゃならなくなる」

「わたしは、会津の小者こもので、ただの連絡係です」

平石は歯並びの悪い口を開けてニッと笑った。

「その、有益な情報ってのには俺も興味があるな。例えば?何を連絡しにきたのか聞かせてくれよ」

「申し訳ありませんが、お役目上知りえた事実をここで口にするわけには…」

言いかけて、平石は思い直したように居住いずまいを正した。

「では、お近づきの印にこんなのはどうです?薩摩の潤沢じゅんたくな金はいったい何処どこから来るのか」

だろ。んなもな、公然の秘密だ」

「まあそうなんですが。その中身です」

「ほう」

芹沢は先をうながした。

一角獣ユニコーンという生き物をご存知でしょうか 。伝説ではインドに棲む長いつのを持つ馬とされていますが、実際は北の海に生息するイルカに似たけものです」

新見は話がどんどんあらぬ方向へれていくのにれている。

「ふうん。じゃ、天狗テングとか河童カッパもほんとにいるのかい?」

茶化ちゃかす芹沢を無視して平石は続けた。

「近頃の京では、こいつのツノで作った根付ねつけを目印に、夜な夜なおかしな薬を売りさばくやからがいるらしいのです」

芹沢は、なにか思い当たるふしでもあるようにまゆくもらせた。

不逞浪士ふていろうしに暗殺者、で、今度は謎の薬売りかよ。百鬼夜行ひゃっきやこうってやつだな」

「しかも、客のほとんどは在京の浪士だ」

「その話と薩摩がどう関係してくる?」



「もういい。そんなことより馬関の話です!」

ついにしびれを切らした新見が声を荒げた。

「ここからが、いいところなんですがね…」

話を続けようとする平石を手で制して、

吉成勇太郎は、ズバリと本題に入った。

「どうやらみかども今度ばかりは本気のご様子でな。どこぞのお公家くげさんに監察かんさつおおせつけて、馬関に見張り役をとして送り込むお心算(こころづもり)らしい。 (こののち、6月14日に中山忠光の兄、正親町公菫おおぎまち きんただ拝命はいめい

新見、お前をその護衛ごえいの枠に押し込んでやる。その公家にくっついて、下関へ行ってこい」


「は!」

新見は目を輝かせた。


「ちっ」

すでに話が付いていることに、芹沢は不服気ふふくげだった。


「あんたがそこに居ちゃ、大事な話ができないんだがね」

新見は、平石林之助をジロリとにらみ、席を外すよう強制した。

平石は物分かり良く、並びの悪い歯を見せニコリとしながら頭を下げる。

「これは失礼。吉成様、私はこれにておいとまいたします。ではまた」


平石が辞去じきょすると、吉成は鼻を鳴らした。

「ふん、食えん奴さ」

「え?」

「ありゃ多分、会津のネズミだ」

「口をふさいでおかなくていいのですか」

馬関ばかんに行く気なら下手ヘタにコトを荒立てないことだ」

「ですが今は大事な時期だ。奴が口をすべらせば、計画は会津公へ筒抜つつぬけになります」

「政治ってやつはだまし合いだ。泳がしておけば、こちらに都合のいい作り話を流せるって利点もある。時期が来れば始末するさ」

芹沢は大げさに目を見開いた。

「驚いたね、吉成さん。あんた俺たちを信用しすぎなんじゃねえのか」

「水戸と会津に反目はんもくなど存在しない。我らが会津藩士に会っていても、何ら後ろめたいことはあるまい?」

新見は心許こころもとなげに爪をむ。

「ですが、宮中の演武場えんぶじょうの件など、奴に気取けどられていないでしょうな」

「ちょっと待て。演武場えんぶじょう?なんの話だそりゃ」

芹沢が聞きとがめた。

寮制りょうせいの武道場です。吉成様はいま、三条実美卿さんじょうさねとみきょうに働きかけて禁裏きんりの中に演武場を建設する計画を進めている。

今日、芹沢さんを誘ったのも、この話を聞いてもらうためです。吉成様、説明がてら、進捗しんちょくをうかがいたい」

吉成はしぶい顔をした。

「申し訳ないが、その件についちゃボチボチってとこだ。いまは大樹公たいじゅこう摂海巡視せっかいじゅんし騒ぎで宮中はそれどころじゃなくてな。金の話など取り合ってもらえん」

新見は苛立いらだちもあらわに身を乗り出した。

「長州の桂は、今回の摂海巡視せっかいじゅんしに合わせ姉小路公知あねこうじきんともを大阪に連れ出して、大樹公たいじゅこう監視かんしさせる気です!忌々(いまいま)しいことに、あの土方が言う通り、奴らは大樹公たいじゅこうが江戸に逃げ帰るかもしれないなどと、あらぬ事をみかどに吹き込んでいる!」


芹沢が、面白そうに相槌あいづちを打った。

「つまり、連中は着々と宮中での地盤を固めているわけだ」


「ええ。このまま指をくわえている訳にはいかんでしょう?

そこで吉成様の策です。演武場の案件が通れば、育成した浪士たちをそのまま横滑よこすべりさせて御親兵ごしんぺい(近衛兵)に仕立てられるはずだ」

「長州が姉小路にびを売るなら、水戸こっちは三条ってわけか」


「三条卿は去る四月三日に京都御守衛御用掛(きょうとごしゅえいごようがかり)に任じられたばかりだ。

御守衛兵(ごしゅえいへい)、つまり朝廷の親兵(しんぺい)3000人を束ねることになる」

「どうせまた烏合(うごう)の衆さ」

「ところが、さにあらず。この部隊を形成するのは、

先ごろ新設された一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)公率いる禁裏御守衛(きんりごしゅえい)に、京都所司代(きょうとしょしだい)旗本(はたもと)連中、さらには桑名・彦根・加賀の雄藩ゆうはん、そして、京都守護職きょうとしゅごしょくの会津、

そこからさら()りすぐられた精鋭せいえい中の精鋭せいえいだ」


「水戸藩が禁裏きんりの演武場を取り仕切り、その兵ごと頂く」

新見は、その野望に酔っていた。


200話です…。マジかよ!全然終わんねえじゃんとか思わないで、お付き合いください。

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