会議は踊らず 其之参
「だいたい!あんたたち、さっきから黙って聞いてりゃ、ホントに分かってんのか?」
藤堂平助の我慢が、限界を超えたらしい。
「平助!話に入ってくんな!」
近藤勇が厳しい口調でたしなめるも、藤堂の勢いは止まらない。
「いーや!言わせてもらいますよ!」
と、ナツメのような眼を怒らせて、畳をドンと叩いた。
「あんたらさあ!長州や土佐のチンピラどもに刀を抜くってことの意味を、軽々しく考えすぎじゃねえの!?」
芹沢鴨は、めんどくさそうに鉄扇の先で頸の後ろを掻いた。
「やれやれ。うるせえこったなあ」
藤堂は、その芹沢をも含め、幹部一同を順番に睨めつけていった。
「オレたちが都にやって来るちょい前、石部の宿場で京都町奉行の与力がまとめて四人も殺られたのを、あんた方も知らないわけじゃないでしょ!」
原田左之助が、珍しく真顔でその視線を受け止めた。
「………知らん」
「あーもう!あんたは、ちょっと黙っててくれ!イライラすんなあ!そういうことがあったの!そこいらの岡っ引きの話じゃねえ。同心どころか、与力が、皆殺しにされたんだぞ?!」
与力といえば、旗本、つまり徳川将軍に謁見する資格をもつ者がつく役職である。
「ああ、はいはい。アレね、あの件ね」
「いやいや…ほんとに分かってんだろうなあ?」
藤堂は助けを求めるように、縁側の柱に寄りかかる斎藤一を振り返った。
「おまえはあの頃、都に居たから知ってんだろ?」
斎藤は、切れ長の目を片方だけ開いた。
「ああ。殺られた与力というのは皆、安政の大獄で大ナタを振るった、島田左近のヒモつきだ」
「…ふーん」
永倉がそう呟いたきり、興味なさそうに刀の目釘を改め出した。
さらにその先を、山南敬介が引き取った。
「…木屋町の妾宅で島田左近が斬られたあと、京では冷や飯を食わされていた一橋派(一橋慶喜を次期将軍に推して後継者争いに敗れた開国容認派)が、次々と息を吹き返し、政界に復帰したんです。
前の軍艦奉行、永井尚志様が京都東町奉行に就かれたのもその時だ」
永井は、聡明な官僚として名高い幕府の重鎮で、実はこの後、新選組終焉の地函館まで共に転戦することになるのだが、今の彼らにはそんな運命を知る由もない。
ふたたび、藤堂が先を続ける。
「その永井様が、西町奉行滝川具挙様と結託して、島田に飼われていた与力どもを、まとめて罷免(クビにすること)した」
「…へえ」
永倉は、また生返事をして、しばらく目釘に視線をもどし、それからふと顔を上げた。
「…何で?」
「なんで?なんでって、やつ等が邪魔だから、江戸からの御用召し(官職を任命するために呼び出すこと)という形で、体よく追っ払ったんですよ!けど巷じゃ、与力どものほうが身の危険を感じて江戸へ逃げ帰ったんだってもっぱらの噂だった。ま、どっちにしろ、奴らは逃げ果せることなんて出来なかったがね!俺たちが相手にしようってのは、まさにそういう奴らなんだよ!」
「だから、なんでだ!」
「わかんない人だなあ!やつらを一人でも手にかけりゃ、我々も都にいる攘夷志士全員を敵に回すことになるって言ってんだ!ひいては、歩み寄ろうとしてる公武合体と攘夷の二派に、決定的な楔を打ち込む危険だって孕んでる。そうなったら、オレ達は内戦の矢面に立つことになるんだぜ?あんたらに、その覚悟はあんのかって聞いてんだよ!!」
「そんな話はしてねえ!」
「ん?え?」
「だ~から、どうしてあぐりちゃんは俺じゃなく、佐々木に靡いたんだよ!だって俺のときは、ろくすっぽ口も利いてくんなかったんだぞ!?」
永倉は、まるで駄々っ子のように叫ぶと、藤堂の襟首を掴んで引き寄せた。
藤堂平助は戸惑い、
「え!オレ?オレに聞いてんの?…い、いやなんかね、なんでそんな話になったのか、よく分かんないんだけども、そういうこともありますよ」
額から汗を吹き出しながら、今度は助けを求めるように周りを見渡した。
もちろん、その場に居る全員が、係わり合いになりたくないと気不味そうに視線を外す。
永倉は完全にスイッチが入っていた。
「なんだよお、なんで?どうしてそうなんの!だってお前も見てたろ?俺が先に唾つけたのに!あんの大坂野郎!」
「い、いや、まあ、色恋ってのは、そういうアレじゃないデスから」
時勢を語っていた時とは打って変わって、藤堂の歯切れは悪い。
「じゃあ、どういうアレなんだよ!言ってみろよ!」
「それは…ええ?だって、言いづらいなあ」
沖田総司も苦笑いしながら小声で相槌を打った。
「そりゃまあ…ねえ?」
「なんだよ!はっきり言えってば!」
と、選りによって聞いた相手が悪かった。
沖田総司には、空気を読む能力はなかった。
「つまり端的に言うとですよ、佐々木の方がツラがいいからでしょ」
「て、てて、てめえ、ずいぶんハッキリ言ってくれるじゃねえかよお…」
「あはははははははは!もうやめてー!」
今まで堪えていた原田左之助が、とうとう胡坐をかいたまま、ひっくり返って笑いだした。
「てめえ、ぶっ殺す!」
永倉が飛び掛って馬乗りになったが、原田はただ無抵抗で、のた打ち回るばかりだ。
「あはははは!永倉あ!ご愁傷さーん!あはははは!」
ここまでこの物語に付き合って頂いたモノ好きな、もとい賢明な読者には、あるいは誤った印象を持たせていたかも知れない。
というのも、原田左之助はいわゆる「いい男」の部類に入った。
彼の野性味を帯びた笑顔はそれだけで充分女性を魅了したし、すぐに脱ぎたがるおかしな癖もセックスアピールに一役買っていた。
が、いかんせんバカだったので、永倉への気遣いはなかった。
「あーおかしい!あははははは!」
「ダメだ。もうこうなったら収集がつかん」
浪士組の局長としてではなく、試衛館道場の当主として、彼らのことを最もよく知る近藤勇がサジを投げた。
あまりの騒がしさに、クロも昼寝の場所を変えようと部屋を出てゆく。
「ささ、もういいか?メシにしようぜみんな」
芹沢鴨は頃合いとみて、この日初めて筆頭局長らしくこの不毛な会議を締めた。
ところが。
この会議にひとり、紛れ込んでいた部外者が、最後に意見を述べた。
「うちが材料もってここに居るんやから、ご飯の用意まだやで」
「なんで、おめえがここにいるんだよ!」
土方歳三が、祐の頭を叩く乾いた音が、部屋に響いた。




