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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
196/404

会議は踊らず 其之参

「だいたい!あんたたち、さっきから黙って聞いてりゃ、ホントに分かってんのか?」

藤堂平助の我慢がまんが、限界を超えたらしい。

「平助!話に入ってくんな!」

近藤勇が厳しい口調でたしなめるも、藤堂の勢いは止まらない。

「いーや!言わせてもらいますよ!」

と、ナツメのような眼をいからせて、たたみをドンと叩いた。

「あんたらさあ!長州や土佐のチンピラどもに刀を抜くってことの意味を、軽々しく考えすぎじゃねえの!?」


芹沢鴨は、めんどくさそうに鉄扇てっせんの先でくびの後ろを掻いた。

「やれやれ。うるせえこったなあ」

藤堂は、その芹沢をも含め、幹部一同を順番にめつけていった。

「オレたちが都にやって来るちょい前、石部の宿場しゅくばで京都町奉行の与力よりきがまとめて四人もられたのを、あんた方も知らないわけじゃないでしょ!」


原田左之助が、珍しく真顔まがおでその視線を受け止めた。

「………知らん」


「あーもう!あんたは、ちょっと黙っててくれ!イライラすんなあ!そういうことがあったの!そこいらの岡っ引きの話じゃねえ。同心どころか、与力よりきが、皆殺しにされたんだぞ?!」

与力よりきといえば、旗本、つまり徳川将軍に謁見えっけんする資格をもつ者がつく役職である。

「ああ、はいはい。アレね、あの件ね」

「いやいや…ほんとに分かってんだろうなあ?」

藤堂は助けを求めるように、縁側えんがわの柱に寄りかかる斎藤一を振り返った。

「おまえはあの頃、都に居たから知ってんだろ?」

斎藤は、切れ長の目を片方だけ開いた。

「ああ。られた与力よりきというのはみな安政あんせい大獄たいごくで大ナタを振るった、島田左近のヒモつきだ」


「…ふーん」

永倉がそうつぶやいたきり、興味なさそうに刀の目釘めくぎを改め出した。


さらにその先を、山南敬介が引き取った。

「…木屋町の(めかけ)宅で島田左近が斬られたあと、京では冷やメシを食わされていた一橋派(一橋慶喜を次期将軍にして後継者争こうけいしゃあらそいに敗れた開国容認派かいこくようにんは)が、次々と息を吹き返し、政界せいかいに復帰したんです。

(さき)軍艦奉行ぐんかんぶぎょう永井尚志(ながいなおゆき)様が京都東町奉行にかれたのもその時だ」


永井は、聡明そうめい官僚かんんりょうとして名高い幕府の重鎮じゅうちんで、実はこののち、新選組終焉(しゅうえん)の地函館まで共に転戦することになるのだが、今の彼らにはそんな運命を知るよしもない。


ふたたび、藤堂が先を続ける。

「その永井様が、西町奉行滝川具挙(たきがわともあき)様と結託(けったく)して、島田に飼われていた与力よりきどもを、まとめて罷免(ひめん)(クビにすること)した」

「…へえ」

永倉は、また生返事なまへんじをして、しばらく目釘めくぎに視線をもどし、それからふと顔を上げた。

「…何で?」


「なんで?なんでって、やつ邪魔じゃまだから、江戸からの御用召(ごようめ)し(官職かんしょくを任命するために呼び出すこと)という形で、(てい)よく追っ払ったんですよ!けど(ちまた)じゃ、与力よりきどものほうが身の危険を感じて江戸へ逃げ帰ったんだってもっぱらのうわさだった。ま、どっちにしろ、奴らは逃げおおせることなんて出来なかったがね!俺たちが相手にしようってのは、まさにそういう奴らなんだよ!」

「だから、なんでだ!」

「わかんない人だなあ!やつらを一人でも手にかけりゃ、我々も都にいる攘夷志士じょういしし全員を敵に回すことになるって言ってんだ!ひいては、歩み寄ろうとしてる公武合体こうぶがったい攘夷じょういの二派に、決定的なくさびを打ち込む危険だってはらんでる。そうなったら、オレ達は内戦の矢面に立つことになるんだぜ?あんたらに、その覚悟かくごはあんのかって聞いてんだよ!!」

「そんな話はしてねえ!」


「ん?え?」


「だ~から、どうしてあぐりちゃんは俺じゃなく、佐々木になびいたんだよ!だって俺のときは、ろくすっぽ口もいてくんなかったんだぞ!?」

永倉は、まるで駄々っ子のように叫ぶと、藤堂の襟首をつかんで引き寄せた。

藤堂平助は戸惑い、

「え!オレ?オレに聞いてんの?…い、いやなんかね、なんでそんな話になったのか、よく分かんないんだけども、そういうこともありますよ」

ひたいから汗を吹き出しながら、今度は助けを求めるように周りを見渡した。


もちろん、その場に居る全員が、係わり合いになりたくないと気不味きまずそうに視線をはずす。


永倉は完全にスイッチが入っていた。

「なんだよお、なんで?どうしてそうなんの!だってお前も見てたろ?俺が先にツバつけたのに!あんの大坂野郎!」

「い、いや、まあ、色恋いろこいってのは、そういうアレじゃないデスから」

時勢じせいを語っていた時とは打って変わって、藤堂の歯切れは悪い。

「じゃあ、どういうアレなんだよ!言ってみろよ!」

「それは…ええ?だって、言いづらいなあ」


沖田総司も苦笑いしながら小声で相槌あいづちを打った。

「そりゃまあ…ねえ?」

「なんだよ!はっきり言えってば!」

と、りによって聞いた相手が悪かった。


沖田総司には、空気を読む能力はなかった。

「つまり端的たんてきに言うとですよ、佐々木の方がツラがいいからでしょ」

「て、てて、てめえ、ずいぶんハッキリ言ってくれるじゃねえかよお…」


「あはははははははは!もうやめてー!」

今までこらえていた原田左之助が、とうとう胡坐あぐらをかいたまま、ひっくり返って笑いだした。


「てめえ、ぶっ殺す!」

永倉が飛び掛って馬乗うまのりになったが、原田はただ無抵抗むていこうで、のた打ち回るばかりだ。

「あはははは!永倉あ!ご愁傷しゅうしょう)さーん!あはははは!」


ここまでこの物語に付き合って頂いたモノ好きな、もとい賢明けんめいな読者には、あるいは誤った印象を持たせていたかも知れない。

というのも、原田左之助はいわゆる「いい男」の部類に入った。

彼の野性味やせいみを帯びた笑顔はそれだけで充分女性を魅了みりょうしたし、すぐに脱ぎたがるおかしなクセもセックスアピールに一役(ひとやく)買っていた。

が、いかんせんバカだったので、永倉への気遣いはなかった。


「あーおかしい!あははははは!」


「ダメだ。もうこうなったら収集がつかん」

浪士組の局長としてではなく、試衛館道場しえいかんどうじょうの当主として、彼らのことを最もよく知る近藤勇がサジを投げた。

あまりのさわがしさに、クロも昼寝の場所を変えようと部屋を出てゆく。


「ささ、もういいか?メシにしようぜみんな」

芹沢鴨は頃合ころあいとみて、この日初めて筆頭局長ひっとうきょくちょうらしくこの不毛ふもうな会議をめた。


ところが。


この会議にひとり、紛れ込んでいた部外者が、最後に意見を述べた。


「うちが材料もってここにるんやから、ご飯の用意まだやで」

「なんで、おめえがここにいるんだよ!」


土方歳三が、ゆうの頭をたたかわいた音が、部屋にひびいた。


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