会議は踊らず 其之弐
「愛次郎がよ、女連れで歩いてたんだとさ」
土方は、わざとその場にいる全員に聞こえるように声を張った。
「…いまその話?」
あきれた藤堂が、皆の同意を求めて振り返ったその顔を、原田が押し退けた。
どうやら、俄然この話には乗り気のようだ。
「柳太郎の間違いじゃねえの?あいつ、羨ましいことに取っ替え引っ替えだかんな?」
「違う!あんな女たらしと愛次郎を見間違うわけないやろ」
個人主義の永倉新八としては、これ以上退屈な話題もないらしく、暇つぶしに刀を弄りながら不平を漏らした。
「どーーーだっていいじゃねえかよお、そんなの!他人の惚れた腫れたなんざ、政の話よか、も~っとつまんねえだろが?!」
ところがどうした訳か、「何やら面白くなってきた」と土方歳三がそこへ加わった。
「馬詰が女ったらしだあ?ピンとこねえな。俺にゃ奥手そうに見えるが?」
原田が、訳知り顏で頷いた。
「なるほど。同類なら、匂いで判るっていうもんな」
「なんだと、てめえ?そりゃあ、どこのケダモノの話だ?」
この上、また下らないケンカが始まりそうな気配に、井上源三郎が手をあげて割って入った。
「まあまあ、そりゃ、愛次郎にだって、いい人はいるだろ。あれだけの二枚目で、しかも胆力もあるんだ。惚れられない方が不思議なくらいじゃないか」
「まあ、そうなんやけど。それよりな、問題はな、相手やねん」
祐はここで言葉を区切って、悪戯っぽい目で井上の顔を覗き込んだ。
「誰やと思う?」
「誰?てことは、あたしの知ってる人かい?」
とうとう制止役のはずだった井上源三郎までが話に引き込まれてしまっている。
「はーあ、やれやれ。これじゃ全然ゆっくりできないよ」
沖田総司は、すし詰めになった部屋を見渡して肩をすくめた。
一方。
「歳の野郎、遅っせえな」
近藤勇が痺れを切らして、土方の出て行った縁側の方を見やったとき。
「ええええええええ!!マジで!?」
隣の四畳間から歓声とも怒号ともつかない騒めきが漏れてきた。
元来、好奇心の強い近藤勇は、思わず気を取られて、先ほど藤堂が覗いていた襖の隙間から覗き返した。
「なんだなんだ?なんか、隣も紛糾してんな?」
「ん!ん、ん!近藤さん」
山南敬介が軽く咳払いをして、近藤の意識を会議に引き戻す。
「え?」
「黒谷(会津藩が京都守護職の本陣を構えている金戒光明寺のこと)で広沢様からお聞きしたお話の続きを。」
「あ、ああ。失礼」
近藤は取り繕うように、話題を変えた。
「そう言えば、黒谷で気になる噂を耳に挟みました」
「噂?」
「清河八郎が、死んだという」
「ほう…」
芹沢鴨と新見錦は、ともに少し身を乗り出したが、ただ黙って話の続きを待っている。
屋根瓦を伝って落ちてきた雨の音が妙に耳についた。
山南の顔から血の気が引いた。
「…本当、ですか?」
「…さあな。情報の真偽は今のところ定かじゃない。江戸からの伝馬が、そのような話を伝えたそうだ」
「ふーん。横浜で討死にするにゃ、少々早すぎねえか?」
いつの間にか縁側に立っていた土方歳三が、ニヤニヤしながら口を挟んだ。
近藤は、角ばった顎をさすりながら頷いた。
「だな。ただ横死したとしか聞かされてないが、何かクサい」
「簡単さ…つまり、ヤツがくたばって得をしたのは誰かってこった」
土方は、意見を求めるように山南の顔を見た。
「攘夷激派は、大きく力を削がれたことになる…」
「とすれば、あの佐々木只三郎が本懐を遂げたと見るのが順当かもな」
山南は無言で頷いたきり、不安とも悲嘆ともつかない表情で物思いに耽った。
中沢琴は、このことを知っているのだろうか。
土方が思わせぶりに、肩をすくめて見せる。
「おいおい、なにシケたツラしてんだよ?殺り損ねた俺たちからすりゃ、手柄を持ってかれた格好だが、喜ばしいことに変わるまい?それに、まだ寺田屋の生き残りがこの都をウロついてんだぜ?」
新見錦が、珍しく土方に同意した。
「たしかに、我々が大坂にいる間、こちらは手薄になるな」
近藤勇が、目を閉じて唸った。
「吉村寅太郎…か」
土方は、その隣の席に戻ると、話を続けた。
「ああ。大坂に行くのはいいが、左之助がアタリをつけてきた、例のアジトの件はどうする?」
芹沢が、面倒くさそうに鉄扇を振るった。
「京のこたぁ気にすんな。そもそもよ、当初、京都守護職には、鍋島(佐賀藩)や島津(薩摩藩)が名乗りを上げたんだぜ?この機会に幕政に食い込もうって下心まるだしの島津はともかく、鍋島藩あたりに留守を押し付けちまえばいいだけのこった」
まるで、自分に采配の権限があるかのような口ぶりである。
とここで、未だ動揺を引きずる山南が口を開いた。
「佐賀鍋島藩は、得体の知れんところがあります。藩主の真意が公武合体にあるのか、はたまた攘夷か、どうにも見えてこない」
「ま、どっちにしろ、俺たちの心配するこっちゃねえってことよ」
芹沢鴨にとっては、将軍のいない京など興味の外らしい。
「そもそも…吉村は我々の本当の敵なんでしょうか」
山南が独り言のように呟いたのを、土方が聞き咎めた。
「あ?」
「いや、吉村寅太郎はたしかに大物だが、寺田屋の件ではすでに禊ぎを済ませている。ましてや、その後これといった科もなし…すなわち、引っ張ってくる理由が見当たらん」
山南はいつものように理路整然と自説を述べた。
「なにより、ようやく5月10日という共通の目標か出来て、諸藩が力を合わせようという時に、我々会津旗下の人間が脱藩者といえども土州人に手を出すのが得策とは思えん」
「けっ、大人だねえ、山南さんは。いま波風を立てるのはマズイってか。ま、いいや。奴はしばらく泳がしといてやるさ。いずれ、本性を現すだろうぜ」
近藤は、土方の意見には賛成しかねるといった態で、大きな口をへの字に曲げた。
「武市瑞山のやり方を間近で見てきた男が、そう簡単に尻尾を出すもんかね」
「大坂から戻ったら、すぐにでも、その尻尾ってやつを掴んでやるよ。この俺がな」
土方が、親指で自分の胸を指して言った。
「んじゃまあ、大坂で思う存分、フテイロウシどもを狩りだしてやるか!」
芹沢鴨が、例の調子で大風呂敷を広げた、その刹那。
バーンと音がして、
会議が行われていた部屋と隣の四畳間を間仕切っていた襖が、勢いよく開け放たれた。




