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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
195/404

会議は踊らず 其之弐

「愛次郎がよ、女連れで歩いてたんだとさ」

土方は、わざとその場にいる全員に聞こえるように声を張った。


「…いまその話?」

あきれた藤堂が、皆の同意を求めて振り返ったその顔を、原田が押し退けた。

どうやら、俄然がぜんこの話には乗り気のようだ。

「柳太郎の間違いじゃねえの?あいつ、うらやましいことに取っ替え引っ替えだかんな?」

ちゃう!あんな女たらしと愛次郎を見間違みまちがうわけないやろ」

個人主義の永倉新八としては、これ以上退屈な話題もないらしく、ヒマつぶしに刀を(いじく)りながら不平を漏らした。

「どーーーだっていいじゃねえかよお、そんなの!他人ひと()れた()れたなんざ、(まつりごと)の話よか、も~っとつまんねえだろが?!」



ところがどうした訳か、「何やら面白くなってきた」と土方歳三がそこへ加わった。

「馬詰が女ったらしだあ?ピンとこねえな。俺にゃ奥手おくてそうに見えるが?」

原田が、訳知ワケしり顏で頷いた。

「なるほど。同類なら、においでわかるっていうもんな」

「なんだと、てめえ?そりゃあ、どこのケダモノの話だ?」

この上、またくだらないケンカが始まりそうな気配に、井上源三郎が手をあげて割って入った。

「まあまあ、そりゃ、愛次郎にだって、いい人はいるだろ。あれだけの二枚目で、しかも胆力たんりょくもあるんだ。れられない方が不思議なくらいじゃないか」

「まあ、そうなんやけど。それよりな、問題はな、相手やねん」

ゆうはここで言葉を区切って、悪戯イタズラっぽい目で井上の顔をのぞき込んだ。


「誰やと思う?」


「誰?てことは、あたしの知ってる人かい?」

とうとう制止役のはずだった井上源三郎までが話に引き込まれてしまっている。


「はーあ、やれやれ。これじゃ全然ゆっくりできないよ」

沖田総司は、すし詰めになった部屋を見渡して肩をすくめた。



一方。

トシの野郎、っせえな」

近藤勇がしびれを切らして、土方の出て行った縁側えんがわの方を見やったとき。


「ええええええええ!!マジで!?」

となり四畳間よんじょうまから歓声かんせいとも怒号どごうともつかないざわめきが漏れてきた。

元来、好奇心こうきしんの強い近藤勇は、思わず気を取られて、先ほど藤堂がのぞいていたふすま隙間すきまからのぞき返した。

「なんだなんだ?なんか、隣も紛糾(ふんきゅう)してんな?」


「ん!ん、ん!近藤さん」

山南敬介が軽く咳払せきばらいをして、近藤の意識を会議に引き戻す。

「え?」

「黒谷(会津藩が京都守護職きょうとしゅごしょく本陣ほんじんを構えている金戒光明寺こんかいこうみょうじのこと)で広沢様からお聞きしたお話の続きを。」

「あ、ああ。失礼」

近藤は取りつくろうように、話題を変えた。

「そう言えば、黒谷で気になるうわさを耳にはさみました」

うわさ?」


「清河八郎が、死んだという」


「ほう…」

芹沢鴨と新見錦は、ともに少し身を乗り出したが、ただだまって話の続きを待っている。

屋根瓦やねがわらを伝って落ちてきた雨の音が妙に耳についた。


山南の顔から血の気が引いた。

「…本当、ですか?」

「…さあな。情報の真偽しんぎは今のところ定かじゃない。江戸からの伝馬でんまが、そのような話を伝えたそうだ」


「ふーん。横浜で討死うちじにするにゃ、少々早すぎねえか?」

いつの間にか縁側えんがわに立っていた土方歳三が、ニヤニヤしながら口を挟んだ。

近藤は、角ばったあごをさすりながらうなずいた。

「だな。ただ横死おうししたとしか聞かされてないが、何かクサい」


「簡単さ…つまり、ヤツがくたばって得をしたのは誰かってこった」

土方は、意見を求めるように山南の顔を見た。

攘夷激派じょういげきはは、大きく力をがれたことになる…」

「とすれば、あの佐々木只三郎が本懐ほんかいげたと見るのが順当じゅんとうかもな」

山南は無言でうなずいたきり、不安とも悲嘆(ひたん)ともつかない表情で物思ものおもいにふけった。

中沢琴は、このことを知っているのだろうか。


土方が思わせぶりに、肩をすくめて見せる。

「おいおい、なにシケたツラしてんだよ?そこねた俺たちからすりゃ、手柄てがらを持ってかれた格好かっこうだが、喜ばしいことに変わるまい?それに、まだ寺田屋の生き残りがこの都をウロついてんだぜ?」

新見錦が、珍しく土方に同意した。

「たしかに、我々が大坂にいる間、こちらは手薄てうすになるな」


近藤勇が、目を閉じてうなった。

「吉村寅太郎…か」

土方は、そのとなりの席に戻ると、話を続けた。

「ああ。大坂に行くのはいいが、左之助がアタリをつけてきた、例のアジトの件はどうする?」

芹沢が、面倒くさそうに鉄扇てっせんを振るった。

こっちのこたぁ気にすんな。そもそもよ、当初、京都守護職きょうとしゅごしょくには、鍋島なべしま(佐賀藩)や島津(薩摩藩)が名乗なのりを上げたんだぜ?この機会に幕政ばくせいに食い込もうって下心したごころまるだしの島津はともかく、鍋島藩あたりに留守るすを押し付けちまえばいいだけのこった」

まるで、自分に采配の権限があるかのような口ぶりである。


とここで、いま動揺どうようを引きずる山南が口を開いた。

佐賀鍋島さがなべしま藩は、得体えたいの知れんところがあります。藩主の真意しんい公武合体こうぶがったいにあるのか、はたまた攘夷じょういか、どうにも見えてこない」

「ま、どっちにしろ、俺たちの心配するこっちゃねえってことよ」

芹沢鴨にとっては、将軍のいない京など興味の外らしい。


「そもそも…吉村は我々の本当の敵なんでしょうか」

山南がひとごとのようにつぶやいたのを、土方が聞きとがめた。

「あ?」

「いや、吉村寅太郎はたしかに大物おおものだが、寺田屋の件ではすでにみそぎを済ませている。ましてや、その後これといったとがもなし…すなわち、引っ張ってくる理由が見当たらん」

山南はいつものように理路整然りろせいぜんと自説を述べた。

「なにより、ようやく5月10日という共通の目標か出来て、諸藩しょはんが力を合わせようという時に、我々会津旗下(あいづきか)の人間が脱藩だっぱん者といえども土州どしゅう人に手を出すのが得策とは思えん」

「けっ、大人おとなだねえ、山南さんは。いま波風なみかぜを立てるのはマズイってか。ま、いいや。奴はしばらく泳がしといてやるさ。いずれ、本性を現すだろうぜ」


近藤は、土方の意見には賛成しかねるといったていで、大きな口をへの字に曲げた。

武市瑞山たけちずいさんのやり方を間近まぢかで見てきた男が、そう簡単に尻尾しっぽを出すもんかね」

「大坂から戻ったら、すぐにでも、その尻尾しっぽってやつをつかんでやるよ。この俺がな」

土方が、親指で自分の胸を指して言った。


「んじゃまあ、大坂で思う存分、フテイロウシどもをりだしてやるか!」

芹沢鴨が、例の調子で大風呂敷おおぶろしきを広げた、その刹那せつな

バーンと音がして、

会議が行われていた部屋と隣の四畳間を間仕切まじきっていたふすまが、勢いよく開け放たれた。


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