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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
193/404

流される人々 其之参

離れの六畳間では壬生浪士組の局長、副長が顔をそろえている。


「で?」

最後にやってきた新見錦が、なぜわざわざ呼びつけたのかと横柄(おうへい)かつ簡潔かんけつに尋ねた。


近藤勇は先ほど門下もんかの連中に伝えた言葉を繰り返す。

「5月10日。それが大樹公の出した答えだそうです」


筆頭局長、芹沢鴨は相槌あいづち代わりに大欠伸おおあくびをしてみせた。

「ふぁーお、そほかい」

「さらに、みかどのお許しが出れば、大樹公たいじゅこう御自おんみずから摂海せっかい(いまの大阪湾)の巡視じゅんし下坂(げはん)されるよし」

土方歳三は、あぐらをかいた脚に頬杖ほおづえをつき、一同にそっぽを向いたまま、

「おいおいなんで今…まさかそのまま天保山てんぽうざんから帰っちまうんじゃねえだろうな…」

と軽口を叩いた。


これには近藤を含めて一同顔色(かおいろ)を変えたが、土方は気のない風に肩をすくめて見せた。

「…てなことをさ、かんぐる奴も出てくるんじゃないかなってさ?思いつくだけでも、あいつらに、あいつらに、あいつ。あ、あと、あいつらとか、ね?」

指を折ってみせ、最後にニヤリとこう締めくくった。

「もちろん、俺は大樹公をこれっぽっちも疑っちゃいないがね」


対照的に背筋をピンと伸ばして正座した山南敬介が、大きなため息をついた。

「…ふう」

こちらも、少なくとも幕府の判断を支持しじしている風には見えない。

折しも、会津からは、長州と一部の公卿くぎょう不穏ふおんな動き有りと内々の警戒命令があったばかりで、

「いったい何を根拠に、そのような指示を出すのか」と山南は不審ふしんがったが、

これは、長州藩邸で例の会津小鉄が探り出した情報であり、無論、浪士組に情報源までは明かされていない。

だが、それが本当なら、とても国内の足並みがそろうとは思えなかった。


皮肉にもただ一人、前向きな反応を示したのは新見錦だった。

「期日はすでに一月ひとつきを切っているのだ。幕府のやること成すことすべてに難癖なんくせをつける手合てあいがどう解釈しようと、いちいち取り合う必要も時間もない。一橋公はただちに大坂から船で江戸に引き返して5月10日の算段をつけるおつもりだろう」

彼は水戸の英雄、一橋慶喜ひとつばしよしのぶ信奉(しんぼう)しているようだ。


近藤は、不本意ながらもその言葉に力を借りて、話を進めた。

「いずれにせよ、これで挙国一致(きょこくいっち)して国難(こくなん)にあたる体制たいせいが整ったということです」


ところが。

「…そう上手くコトが運ぶかね?」

すかさず水を差す土方に、近藤もさすがにムッとした。

「ああ?なんだよ、さっきから。ハッキリいいやがれ」

(わり)(わり)い。今のは忘れてくれ」

土方は口元に冷笑を浮かべて手をヒラヒラさせた。

「お前のひねくれた御高説(ごこうせつ)なら、後でいくらでも(たまわ)ってやるがな。今、会津預あいづあずかりの我らがその公約を信じられないようでは、まとまる話もまとまらん」

だが近藤のセリフは、自身も攘夷じょういの実現を危ぶんでいることを白状しているも同然だった。


芹沢にいたっては、この状況を面白がっているフシさえある。

「ま、その日がくりゃイヤでも分かるさ。旗本八万騎はたもとはちまんきとやらが黒船に一発イッパツカマシてよ、桂(小五郎)や武市(半平太)みてえな、アブナい連中の親玉を納得させることができりゃ、その他の雑魚ザコどもは付和雷同ふわらいどうして将軍家になびくかもな」

と、お気に入りの大鉄扇をもてあそびながらニヤニヤしている。

新見錦が、珍しく芹沢をとがめた。

「芹沢さん、そのように悠長ゆうちょうに構えておられては困る。我ら水戸藩、黒船来航以来の悲願が叶おうというときに」

山南敬介はというと、何かを考える時のクセで、先ほどから人差し指の背で(あご)でていたが、ようやく口を開いた。

「しかし、その約束が果たされなかったときの反動は計り知れない。私はむしろ、そちらを危惧(きぐ)します」


近藤はとうとう肩の荷に耐えかねたように、畳に手をついた。

「やれやれ、山南さんまで大樹公の言葉を疑うのか?」

「そ、そうではありませんが…破約攘夷(はやくじょうい)という選択に飛びつくのはあまりに短慮たんりょかと…充分な勝算があってのことならともかく、事が成らなかった場合、攘夷派の思わぬ暴発をまねく恐れがあります」

芹沢は例の大鉄扇だいてっせん大袈裟おおげさにバッと開いた。

「ハ!なに言ってやがる。ここまでの筋書きは、おおかた予想通りだろうが。今の徳川に毛唐けとうどもとたたか性根しょうねなんぞあるもんか!そんなこたハナから分かってたはずだ。勝負は、そっから先なんだよ」

「え…?」

山南は言葉を詰まらせた。

「そうなりゃ、土佐はともかく、長州は黙っちゃいまい。奴らが牙をむいた、そのときこそ俺たちの出番てわけだ」

土方が、鼻を鳴らした。

「ふん。この国にとっちゃ、最悪の筋書きだな」


新見錦は、芹沢の暴言と、それを他人事ひとごとのように笑う土方に激しい怒りをあらわにした。

「大樹公が約束をたがえることがあるとすれば、それは取り巻きのせいだ!だが、それでひと騒動あろうが、望むところではないか。これまで、腕利うでききをき集め、調練ちょうれんを積んできたのは何のためだ!徳川を支えるのは我らをおいて他にない」


山南敬介は、けわしい顔で首を横に振った。

「新見さん、そう結論を急ぐな。我々が剣をまじえるべきは同胞どうほうじゃない」

しかし芹沢はその言葉をせせら笑い、今度は大鉄扇だいてっせんをピシリと閉じてたたみに突き立てた。

同胞どうほう?気持ち悪いこと言うなよ。俺は奴らを同胞(はらから)なんて思ったことは、ただの一度もないぜ」


一同が言葉を失い、一瞬のが空いたところで、土方歳三がたまりかねたように伸びをした。

「ファーア!んなこた、どっちでもいいだろ?要は俺たちにしたところで、刀を振り下ろす相手がいなきゃ、どうしようもねえってこった。それが外国人であれ、長州人であれ、俺は構わねえよ。さ、ちょいと失礼してかわやに行ってくるぜ?」


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