流される人々 其之弐
さてその頃、壬生、八木邸。
「ま〜ったくさあ、近ごろ近藤の旦那ときたら、いっぱしの大将気取りなんだからよ!おおイヤだイヤだ」
幹部会議から締めだされた永倉新八が、鼻をほじりながら不平を垂れている。
試衛館一派の兄貴分である井上源三郎が、困り顔でそれをなだめ透かしていた。
「まあま、そう言いなさんな。この離れの六畳間じゃあ全員がそろって話し合うワケにもいくまいよ。他意はないさ」
「別にどっちだっていいんだけどよ。俺だってさあ、好き好んであのお話し合いに参加したいってワケじゃねえんだから。どだい、こーんな街外れで、浪人がツラ突き合わせて議論したとこで、世の中なーんも変わりゃしねえってのに、ま〜ったくご苦労なこったぜ!ふーんだ」
「まてまて永倉、さにあらず!」
今度はかつての永倉の同門、島田魁が珍しく年長者らしい態度でたしなめた。
「この機会に議論を尽くすことは、隊の舵取りにとっても後々重要な意味を持つはずだ。政治や、神仏の話ってやつぁ、とりわけ厄介だでな」
ふて寝を決め込んでいた永倉はムックリ起き上がった。
「な~んだよ、珍しいじゃねえか?あんたがそんなこと言うなんて」
「こればっかはな、妥協点を見つけんのが難しいお題目なんだよ。古今東西、気心の知れた者同士でも殺し合いになることだって珍しくねえ」
新見錦を呼びに行った藤堂平助がちょうど帰ってきたところで、一体どこから話を聞いていたのか、障子を開けるなり冷たい口調でボソリと口を挟んだ。
「例えば、例の寺田屋の一件のように、ですか」
島田魁は胡坐をかいたまま、藤堂をまっすぐ見上げた。
「…ああ。そうだなも」
一方、
沖田総司と祐が八木家まで戻ってくると、一人の少女が先ほどの通り雨に濡れたまま門の前をウロウロしている。
「お嬢ちゃん、なにかご用?」
沖田が優しく声を掛けた。
祐が冷ややかな眼で沖田の脇腹を突く。
「うちのときと、えらい対応が違うな?」
しかしその少女は、お世辞にも男の気を引くタイプではなかった。
祐よりは頭ひとつ背が低く、髪はみすぼらしく縮れ、しかも鉱夫のように色が黒い。
「あの」
しかしそれは、小鳥のように美しい声だった。
少女は沖田をしばらく見つめたのち、思いつめた表情で口を開きかけたが、言の葉が漏れるのを堰き止めるようにきつく唇を引き結び、逃げるように行ってしまった。
「なんだアレ?」
あとには、ふわりと白檀の香りだけが残っている。
「南部はんとこの娘や」
祐が素っ気なく応えた。
「南部さんて、浪士組が入京したとき、鵜殿鳩翁様に宿を貸してた、あー、南部亀二郎さんだっけか?…そんな大きな屋敷の娘には見えなかったけど」
「子守しとる奉公の子や」
「ああ…そういう。けど、南部家の子守が浪士組の屯所に何の用さ?」
「はあ?あの表情!見たやろ?どこぞの浪士にタラシ込まれたんや」
「タラしって…まったく、悪い言葉を覚えてるなあ。だが、この匂い…」
「な?あんなちっちゃい子に匂い袋を贈るような気障者やで?堅気の男がすることやあれへん。あんたも、へんな噂聞いたことあるやろ?」
祐はハッキリと言わなかったが、盛り場ならともかく、近在の農村で浮名を流している男など馬詰柳太郎のほか考えられない。
「そういや、愛次郎の奴もさっき、香具屋の前で立ち止まってたっけ。ああいうのがモテる秘訣なのかな?」
「知るか!壬生界隈で年頃の娘は、そのうちみーんなこの家の浪人どもに手ぇつけられるんとちゃうか!はーあ!誰がお国のためを思うて京まで上って来たやて?」
祐は鼻を鳴らして皮肉っぽく笑うと、万願寺トウガラシの入った風呂敷をブンブン振り回しながら先に門をくぐって行った。
「…どうにも、始末が悪いなあ」
沖田は小走りに駆けていく少女の姿を目で追いながら、肩を落として立ち尽くした。
空からはまた、大粒の雨が降りだしてきた。




