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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
192/404

流される人々 其之弐

さてその頃、壬生、八木邸。


「ま〜ったくさあ、近ごろ近藤の旦那だんなときたら、いっぱしの大将気取りなんだからよ!おおイヤだイヤだ」

幹部会議から締めだされた永倉新八が、鼻をほじりながら不平をれている。

試衛館一派の兄貴分である井上源三郎が、困り顔でそれをなだめ透かしていた。

「まあま、そう言いなさんな。この離れの六畳間じゃあ全員がそろって話し合うワケにもいくまいよ。他意たいはないさ」


「別にどっちだっていいんだけどよ。俺だってさあ、好き好んであのお話し合いに参加したいってワケじゃねえんだから。どだい、こーんな街外まちはずれで、浪人がツラ突き合わせて議論したとこで、世の中なーんも変わりゃしねえってのに、ま〜ったくご苦労なこったぜ!ふーんだ」


「まてまて永倉、さにあらず!」

今度はかつての永倉の同門どうもん、島田魁が珍しく年長者らしい態度でたしなめた。

「この機会に議論をくすことは、隊の舵取かじとりにとっても後々(のちのち)重要な意味を持つはずだ。政治(まつりごと)や、神仏しんぶつの話ってやつぁ、とりわけ厄介やっかいだでな」

ふて寝を決め込んでいた永倉はムックリ起き上がった。

「な~んだよ、珍しいじゃねえか?あんたがそんなこと言うなんて」

「こればっかはな、妥協点(おとしどころ)を見つけんのが難しいお題目なんだよ。古今東西ここんとうざい気心きごころの知れた者同士でも殺し合いになることだって珍しくねえ」

新見錦を呼びに行った藤堂平助がちょうど帰ってきたところで、一体どこから話を聞いていたのか、障子しょうじを開けるなり冷たい口調でボソリと口を挟んだ。

「例えば、例の寺田屋の一件のように、ですか」

島田魁は胡坐あぐらをかいたまま、藤堂をまっすぐ見上げた。

「…ああ。そうだなも」



一方、

沖田総司とゆうが八木家まで戻ってくると、一人の少女が先ほどの通り雨に濡れたまま門の前をウロウロしている。

「お嬢ちゃん、なにかご用?」

沖田が優しく声を掛けた。

ゆうが冷ややかな眼で沖田の脇腹を(つつ)く。

「うちのときと、えらい対応が違うな?」

しかしその少女は、お世辞せじにも男の気を引くタイプではなかった。

ゆうよりは頭ひとつ背が低く、髪はみすぼらしく縮れ、しかも鉱夫のように色が黒い。

「あの」

しかしそれは、小鳥のように美しい声だった。

少女は沖田をしばらく見つめたのち、思いつめた表情で口を開きかけたが、言の葉が漏れるのをき止めるようにきつく唇を引き結び、逃げるように行ってしまった。

「なんだアレ?」

あとには、ふわりと白檀(びゃくだん)の香りだけが残っている。


「南部はんとこの()や」

ゆうが素っ気なく応えた。

「南部さんて、浪士組が入京したとき、鵜殿鳩翁(うどのきゅうおう)様に宿を貸してた、あー、南部亀二郎さんだっけか?…そんな大きな屋敷の娘には見えなかったけど」

子守こもりしとる奉公ほうこうの子や」

「ああ…そういう。けど、南部家の子守が浪士組の屯所とんしょに何の用さ?」

「はあ?あの表情(かお)!見たやろ?どこぞの浪士にタラシ込まれたんや」

「タラしって…まったく、悪い言葉を覚えてるなあ。だが、この匂い…」

「な?あんなちっちゃい子に匂い袋(においぶくろ)を贈るような気障者(キザもん)やで?堅気カタギの男がすることやあれへん。あんたも、へんなうわさ聞いたことあるやろ?」


ゆうはハッキリと言わなかったが、さかり場ならともかく、近在の農村で浮名うきなを流している男など馬詰柳太郎のほか考えられない。

「そういや、愛次郎の奴もさっき、香具屋こうぐやの前で立ち止まってたっけ。ああいうのがモテる秘訣ひけつなのかな?」

「知るか!壬生界隈(ここいら)で年頃の娘は、そのうちみーんなこの家の浪人どもに手ぇつけられるんとちゃうか!はーあ!誰がお国のためを思うて京までのぼって来たやて?」

ゆうは鼻を鳴らして皮肉っぽく笑うと、万願寺まんがんじトウガラシの入った風呂敷ふろしきをブンブン振り回しながら先に門をくぐって行った。

「…どうにも、始末が悪いなあ」

沖田は小走りに駆けていく少女の姿を目で追いながら、肩を落として立ち尽くした。

空からはまた、大粒の雨が降りだしてきた。


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