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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
上洛之章
19/404

大津宿の密会 其之弐

夜だというのに、街道かいどうはたいへんなにぎわいだった。

後をつけるには好都合である。

男は特に急ぐわけでもなく、道行く人をながめながら、表通りをそぞろ歩く風だ。


原田左之助などは早くも退屈して、茶屋の看板に気をとられたりしている。

「おい、あの『走井餅はしりいもち』ってなんだよ?」

わけも分からずついてきた沖田総司が、気楽な調子で応じる。

「誰かが美味うまそうに食べてるのを見ましたよ。あんが入ってたなあ」

藤堂平助があきれて原田の腕を引っぱった。

「いま、モチの話はいいでしょ?明日買えば!…ていうかさ、あの人、なんなの?」

「さあ?なんかもう、別に、どうでもよくなってきちゃってさ」


北へ五町(約550M)ほども歩いただろうか。

男はかわら屋根の黒塀くろべいにかこまれた建物の前で足を止めると、脇道わきみちに入って行った。

山南敬介が、黒塀くろべいを見上げて土方歳三を振り返る。

「ここは…」

「ああ」

土方歳三が相槌あいづちを打った。

そこは「浪士取扱とりあつかい」、つまり浪士組をひきいる首領しゅりょうである、鵜殿鳩翁うどのきゅうおうらが宿泊する本陣ほんじんだった。

路地ろじのぞいたが、すでに男の姿はない。

裏手に回ったらしい。


土方が塀のかどからそっとうかがうと、少し離れた桜の木の下に、二つの人影があった。

裏通りにはほとんど人工の光が届かないうえに、花をつけた枝が月の光を遮っているせいで、人相風体にんそうふうていまでは確認できないが、一人は先ほどの木綿絣もめんがすりの浪士に違いない。

どうやら密談の最中さいちゅうらしい。

それ見ろという顔で土方が笑った。

「な?」

山南はけわしい顔で、二人の様子を見つめている。

土方は薄闇うすやみに眼をこらし、誰にともなくつぶやいた。

「相手の男…長州か?」

「よしじゃあ、二人とも斬りましょ!」

間髪かんぱつ入れず飛び出そうとする藤堂の首根っこを、土方が押さえつける。

「なにが、『じゃあ』だ。このバカ」

そのとき、山南が、なにかに気がついた。

「いやあれは…」

まだ確信が持てず、言いよどむ山南の後を永倉新八が引き取る。

「清河だよ」

「なに?」

「ありゃ、清河八郎だ」

永倉はもう一度そう言って、黒塀くろべいの影に引っ込むと、壁を背にして腕組みをした。

気の短い原田は、すぐにも納得のいく答えを欲しがった。

「なんで浪士組の頭領とうりょうが、こんなとこでコソコソ人と会ってる?」

永倉はそれには応えず、山南を横目でにらんだ。

「山南さんよお?清河は例の寺田屋の一件にからんでた、なぁんて黒いうわさもある男だ。あんな奴と組んで、ほんとに大丈夫なのかい?」


彼には、どこか組織の色に染められることを嫌うところがあった。

常にみずからの信じるところに従って生き、何者にも縛られないのが彼の矜恃きょうじであり、ずっとのちの話になるが、「血の掟」といわれた新選組の局中法度はっとすら、ついに永倉新八という人間を変えることは出来なかった。


山南は、ただ無言で永倉の横顔を見つめ返すしかなかった。

「ち、言わんこっちゃねえ」

土方が吐き捨てた。


一方、桜の木の下では。


清河八郎が、着流しの浪士にニコリと愛想あいそうのいい笑顔で問いかけた。

「気づかれずに、隊列へ復帰できたかい」

「さあ、たぶん。彼らは他人のことなど、だれも興味ないようだから」

浪士は、愛想あいそうのない声で応えた。

しかしそれは、女のような、いや、女の声だった。


中沢琴 ―ナカザワコト―


姿を消していた隊士、

中沢良之助が追い返したという姉である。


中沢琴について、はっきりと語れることは、そう多くない。

記録では、先に登場した中沢良之助の二つばかり年下の妹で、武芸にひいでていたという。

故郷の利根では求婚きゅうこん者が後をたなかったほどの美女だが、自分より弱い男とは結婚しないと宣言して、そのことごとくを打ち負かしたという勇ましい逸話いつわが残っている。


しかし、さきの中沢良之助の話が本当であれば、彼女は姉である。

だとすれば、年の頃でいうと山南や土方とそう変わらないはずだが、奇妙なことに、どう見ても二十歳前にしか見えなかった。


いずれにせよ、彼女はどこにいても男たちの注目を集めたので、中沢良之助は、ことあるごとにこの「美しい妹」について質問責しつもんぜめにされたが、ある頃から面倒になって訂正するのをやめてしまった。


たしかに今、桜の木の下に立つ中沢琴は、眉目秀麗びもくしゅうれいの少年にしか見えない。

しかしその美しさは、どこか背徳はいとく的というか、一種の禍々(まがまが)しさをたたえていた。

それは、いわゆる毒婦どくふ艶婦えんぷの色香のたぐいではなく、もっと根源的な、死のイメージと直結するような何かだった。


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