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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
189/404

チカマツ的な一幕 其之壱

文久三年、京のちまたは3月に例の攘夷祈願じょういきがんという一大イベントを控えていたため年頭から何かと気忙きぜわしかった。


なにしろみかど大樹公たいじゅこうが、連れ立って行幸ぎょうこうあそばれるのだ。

いくら古刹こさつを売りにする寺社仏閣じしゃぶっかくでも、普段通り参拝客さんぱいきゃくをお迎えするというわけにはいかない。


観光都市、京都において「心のヒダにゆき届く気遣きづかい」は、市井しせいの人々はもとよりサムライから宮仕みやづかえに至るまで、すべからくそこに住む職業人に不可欠な資質ししつであって、神仏につかえる神官や僧侶たちにも、例外は許されなかった。


ただし、一流ホテルのコンシェルジュから奉仕(サービス)享受きょうじゅできるのは、それに見合った対価を支払える人間に限られる。

つまり、近藤勇ら多摩の田舎侍いなかざむらいが、歯牙しがにもかけられないのは、無理からぬことと言えよう。

しかも、彼らをうとんじていたその末裔まつえいが、今日こんにち浅葱色あさぎいろの羽織を郷土土産(きょうどみやげ)として売りさばいているのだから、京都人のしたたかさたるや推して知るべしである。


ここ数ヶ月の間、賀茂別雷かもわけいかずち神社(通称上賀茂(かみがも)神社)で、スーパーセレブをお迎えするに()る大々的な普請ふしんを行ってきたのは、まさにそうした京都人たちだった。

いまや国宝とされる本殿が造替(ぞうたい)されたのもこの時で、「攘夷祈願じょういきがん行幸ぎょうこう」は、途中高杉晋作らのチャチャが入ったりしたものの、まずは成功裏せいこうりに終わって、つまるところここがミソなのだが、後にはりっぱな本殿ほんでんだけが残った。


続く四月、あの阿部慎蔵を浮かれさせ、さらには落胆らきたんせしめた岩清水八幡宮の行幸じょうこうがおよそ上首尾(じょうしゅび)とは言いがたいフィナーレを迎えたのも記憶に新しい。


そうした一連の行幸狂騒曲ぎょうこうきょうそうきょくの熱も冷めやらぬ文久3年4月18日。

当時、物流のインフラとして機能していた堀川は、少し前までそれこそ忙しく建築資材が運ばれていたが、ここのところようやく平時(へいじ)の落ち着きを取り戻しつつあった。

おそらく丹波たんば辺りから切り出されたのであろうケヤキの丸太が、川面(かわも)をプカリプカリと浮いている。

その川辺かわべりの小径(こみち)を貧相な身なりの若い浪人が、流れる材木と同じ歩調でのんびり歩いていた。

男の姿は妙に目を引いた。

彼が着込んでいるくたびれた木綿の(かすり)とは、ひどく不釣り合いな美しい顔立ちをしていたからだ。


やがて彼は、堀川が六角通りと交わる辻でふと歩みを止めた。

その浪人馬詰柳太郎(まづめりゅうたろう)は、浪士組でも素行そこうについて何かと取り沙汰されることの多い新入隊士だった。

このときも、まるで護岸ごがん刻印石こくいんせき(石垣を普請ふしんした大名のしるしを刻んだ岩)を検分けんぶんするような素振りで、暇に()かせて若い女を物色していたらしく、六角通りから手ごろな獲物が現れたと見るや、およそ屯所とんしょでの彼らしくもない機敏きびんな動作でに近づいて行った。


「やあ、あぐりさん、奇遇(きぐう)ですね」

独特のか細く甘い声で話しかけた相手は、浪士組が屯所とんしょを構える八木家に出入りする八百屋の娘、あぐりだった。

少女は相手の顔をしばらくじっと見つめて、ようやくそれが誰であるか思い出したらしく、アタフタと深くお辞儀じぎをした。

「これは浪士組の、ま、馬詰まづめ様」

よもや若い女性が、自分ほどの美少年を忘れていようとは!

馬詰柳太郎は一瞬目を見開いて軽い驚きをのぞかせたものの、さすがにジゴロっぷりが堂に入っている。

すぐそれをおし隠すようにニッコリと微笑ほほえんだ。

「そうか、お(たな)はこの辺りでしたっけ?」

「…はい」

少女の表情は、いったいどういうつもりで話しかけてきたのだろうと明らかに(いぶか)しんでいる。

すると、柳太郎は魅力的な笑みを顔に張り付けたまま、ふいにてのひらを上に向けて軽く差し出した。

「おや、また小雨こさめが降ってきましたよ。ねえ、そのかさに入れていただけませんか?」

「あ、あ!すみません。これは気がつきませんで!」

あぐりはあわててて手にしていた番傘ばんがさをひろげた。

「…この時期に降る雨のことをね、花をもよおす雨と書いて、催花雨さいかうと呼ぶらしいです」

物憂ものうげな横顔でチラと空を見上げ、あぐりに向き直る。

警戒をかわして、(ふところ)もぐり込む柳太郎の話術はすべてが計算づくでソツがない。

ところが、返ってきたのは聞き覚えのある男の声だった。

「へえ、知らなかったな」

柳太郎がギクリとした表情でおそるおそる背後を振り返ると、浅葱あさぎ色の隊服を羽織った若い男が立っている。

「けどそりゃ、八百屋の娘さんには釈迦しゃか説法せっぽうというやつじゃないかな?」

「あ、佐々木さん」

それは、馬詰と同じころに入隊した佐々木愛次郎だった。

二人はともに隊内屈指たいないくっしの美男として後々まで語り伝えられるほどであったから、並び立つ姿はちょっとした世話物せわもの(義理人情や恋愛などを扱った演劇)の一幕のようだ。


ただ、見た目通り軟弱(なんじゃく)優男(やさおとこ)である柳太郎と違い、愛次郎の方は武道にも()けた気骨(きこつ)の士で、中身はまるで正反対なのだから人間というものは面白い。


「馬詰さん、これくらいの雨に濡れたところで風邪などひきますまい?」

「あ、いや、その…」

女性相手なら、あれほどスラスラとつむがれる言葉は出てこない。

「非番の日にこんなとこで若い娘にちょっかいを出してるヒマがあったら、あの井上さんを見習って竹刀しないの一つも振ってみちゃあどうです?我らはいま京洛きょうらくの人たちに値踏ねぶみされている時期だ。少しは人目ひとめも気になさい」

愛次郎は、馬詰の頭上に開かれた番傘ばんがさ(へり)を、指先でツイとあぐりの方に押し戻して、きつくたしなめた。

「あ、う…」

返事に詰まった柳太郎は、うつむいたきり、(きびす)を返した。


「…まったく」

愛次郎は嘆息(たんそく)して、その後ろ姿を見送った。

柳太郎は、川向こうの青山屋敷(丹波篠山藩たんばささやまはん上屋敷かみやしき)の前で、丸顔の若い男に肩をぶつけ、ペコペコと謝りながら、よろめくように堀川沿いを南へ引き返して行った。

そこで、愛次郎は妙なことに気づいた。

相手の男は、柳太郎に目もれず、手にした傘も閉じたままジッとこちらを見つめている。

総髪そうはつ頭頂とうちょうで結い上げたその男は、愛次郎と目が合うと、口元にわずかな笑みを浮かべた。


すみません

ピコ太郎にどハマりしてしまってついつい更新が一年もおろそかになっていました。(半分ほんと)

なんですかNHKで中沢琴のドラマが放送されるそうで、便乗して更新(笑)

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