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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
188/404

祈り 其之肆

拝殿はいでんに上がる頃にはすでに芹沢は酩酊めいていしており、鎮座ちんざする大太鼓おおだいこを見上げながらたわむれに祝詞のりととなえ始めた。

(あま)益人等(ますひとら)が過ち犯しけむ

種種(くさぐさ)罪事(つみごと)

天津罪(あまつつみ)国津罪(くにつつみ)

許許太久(ここだく)罪出(つみいで)む」

彼はここで大きく息を吸い込み、力一杯ちからいっぱい大太鼓おおだいこ銀面ぎんめん大鉄扇だいてっせんを打ちつけた。

()(いで)ば、天津宮事以(あまつみやごとも)ちて!」

太鼓はひずんだ音を立てて破れた。

「ハッハァ!天津金木(あまつかなぎ)本打(もとう)ち切り末打(すえう)()ちて!

千座(ちくら)置座(おきくら)置足(おきたら)はして!

天津菅麻(あまつすがそ)本刈(もとか)り!

断ち末刈(すえか)り切りて!」

芹沢は気が触れたように、一節いっせつ、一節、祝詞のりとを叩きつける。

八針(やはり)取裂(とりさ)きて!

天津祝詞(あまつのりと)の!

太祝詞事(ふとのりとごと)()れ!」

銀面の皮はボロボロに引き裂かれていた。


芹沢の唐突とうとつな行動に、新見は目をすがめ、その訳を問いかけるように首をかしげて見せた。

芹沢は肩で大きく息をしながら、おどけた様子で目を見開き、両手を広げた。

「俺ぁ、こう見えて神に仕える身でな。今のは大祓詞(おおはらえのことば)の一節にござい。憤懣ふんまんやるかたないってお前のために、おろかな民草たみぐさみちびたまえってな、祈りを捧げてやったぜ?」

新見の口角こうかくが吊り上がった。

「それで?神は何と?」

芹沢はニヤリと笑い返し、大鉄扇の先を小刻みにふるわせながら大太鼓おおだいこを指した。

「ああ。天からご神託しんたくが降りてきたぜ。(いわ)く、『言うことを聞いてやってもいいが、ただし、ロハってわけにゃいかねえ。コイツ(大太鼓)が邪魔で、前を通る女のケツが見えねえから、何とかしろ』とさ」


駆け付けた宮司ぐうじ巫女みこたちはあおい顔をして立ち尽くしている。

他の参拝客らは、恐れて皆どこかへ行ってしまった。

「いい加減にしねえか!お前ら正気かよ!」

耐えかねた阿部が割って入った。

芹沢は赤く血走った眼で阿部を見返した。

勘違かんちがいするな。俺は別にお前の甘ったれた戯言ざれごとに納得したわけじゃねえんだ。いちいち俺のやることに口をはさむんなら、お前の首もねてやっていいんだぜ?それが嫌なら付いてくるな」

「ああ!そうさせてもらわぁ!野盗やとうの仲間なんざこっちから願い下げだ!」



こうして、阿部慎蔵はたもとわかち、水戸を離れた。

もっとも彼は、この下村嗣次こそ、のち浪士組筆頭局長ろうしぐみひっとうきょくちょう、芹沢鴨であることをつい最近まで知らなかった。

なぜなら、風のうわさでは、下村嗣次はこの頃の悪行をとがめられ、捕らわれて死罪になったと聴いていたからだ。



阿倍は、その経緯いきさつつまんで仏生寺に話した。

「なるほどねえ」

どこまで伝わったのか、昔語むかしがたりに付き合った仏生寺は、目を閉じて深くうなずいた。

「俺ぁな、口先だけの攘夷じょういにゃウンザリだ。あんたも馬関で戦うって立派な目標があるんなら、誰かれ構わず斬りつけるような安っぽい売り込みはやめるんだな」

「こりゃまた、買いかぶられたもんですね」

「バカ言え。俺にはあんたなんぞただの酔っ払いにしか見えねえよ。だが、俺の知り合いは、あんたの腕をたいそう買ってる。見たこともねえすげえ剣客けんかくだってな」

「やめてくださいよ、生まれてからこの方、そんなにめてもらったことは一度もない。誰です?そんなことを言ってるのは」

仏生寺は怖気おぞけだったように両肩を抱いて震えてみせた。


阿部は、頭に浮かんだ中沢琴の顔を振り払うように首を振った。

「誰でもいいだろ、そんなの。言っとくがな、俺だって今すぐ下関に乗り込んで、毛唐けとうどもを根絶ねだやしにしてやりてえさ!けど、その為だとしても、もう二度とあんな野盗みてえな真似マネはしたくねえんだよ!」

一端いっぱしのことを言ってはいるが、吉成勇太郎に昔のよしみで長州にとりなしてもらおう、あわよくば金の無心もできるかもしれないなどと都合のいい算段をっている。


阿倍の説得に心を打たれたわけでもなかろうが、仏生寺は何ごとか考え直したらしく、身体中から漂っていた殺気をいた。

阿倍の話に出てきた下村嗣次が芹沢鴨その人であると気づいて気ががれたのだろうか。

「まあまあ、そうきなさんな。わたしも、ここはあなたの顔を立てて引き下がりましょう。なあに、家茂いえもち公は攘夷じょういをやりげますよ。だが、おそらくこの戦いの先は長い。後に続くのは我々がち死にしてからでも遅くないでしょう?」

と、逆に阿部をなだめるようなことを言って、その胸元むなもとにユニコーンの根付ねつけを押し付けた。

「おい、これ…」

「御守りですよ。元々あなたのもんだ。後をたくすあなたにもご武運ぶうんがありますように」


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