表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
186/404

祈り 其之弐

阿部がバツの悪い顔で男の後姿を見送っていると、

「いまのはお知り合いですか?」

後ろから声をかける者があった。


ギョッとして振り向けば、”あの”仏生寺弥助がひょろりと立っていた。

「あ、あんたか…」

仏生寺は、ふところに手を入れると、

「これ、あなたの大事なもんじゃないですか?」

根付ねつけひもつまんで、阿部の鼻先にぶら下げた。

阿部は再び手元に戻ってきた根付ねつけを気味悪そうに指差ゆびさした。

「…それをどこで?」

「さあ?どこでしたっけねえ。道端みちばたで拾ったんですよ」

仏生寺は答えをはぐらかしたが、阿部は、彼がまた「例の薬」を目当てに近づいてきたのだと思った。

「残念だが、あんたのお目当てのブツはねえよ」


「そうですか…そりゃ残念」

気のない返事をしながら、仏生寺は屋敷の門をくぐる厩番うまやばんの背にチラリと目をやった。


「なんだよ、その目つきは。ありゃ別に知り合いってわけじゃねえぞ。会津の馬番とかで、さっき黒谷そこで会ったばかりだ」

「ほお。にしちゃあ、馬に乗っけてもらったりして、親密そうに見えましたが」

「あんたの知ったことか!」

「あの男の生業(なりわい)が本当に馬の世話だけなら、まあそうですな。けど男が入っていったあの家は、どうもワケアリでねえ。水戸の荒くれどもをタバねる頭領とうりょうのヤサってうわさで、最近人の出入りが多い」

「つまり、どういうことだ?」

「実はあの厩番うまやばんとかいう男も、ここのところ2、3日に一回姿を見せるんですよ。水戸とあまり仲がいいとは言えない会津の厩番うまやばんがそんなとこになんの用だろう。ねえ、なんかこう想像をき立てられませんか?なにやらキナくさい匂いがするでしょう」

仏生寺は面白そうにアゴに生えた無精髭ぶしょうひげをさすりながら笑ってみせた。

「あんたもヒマを持て余してるらしいな。そういやあんた長州方だっけ?下関に行くとか。水戸の荒くれどもは、攘夷じょういの同志じゃねえの」

仏生寺は、阿部の皮肉にやんわりと微笑ほほえみ返した。

「ところが、そう簡単に割り切れるもんでもないんで。わたしゃね、あの厩番うまやばんは会津の間者かんじゃだと踏んでるんです。どうもわたしゃ長州のエラいさんがたからおぼえがめでたいとは言いがたくてね。ここらで小物こものでも斬って点数をかせいどこうと思ったんだが、アレもなかなかカンのいい奴で、つけられてるのに気づいた途端とたん、貴方を乗せた。要するにあなた、たてにされたんですよ」

「だが、あいつが攘夷方じょういがたに寝返って、水戸に会津の情報を売ってるって事だってあり得る。味方だったらどうするんだ?」

爪弾つまはじき者のわたしに、その質問はコクだなあ。確かに、それについちゃ悩ましいところですよ。しかし、実はねえ、わたし、例の浪士組に、天狗党崩てんぐとうくずれの古い知り合いがいまして、そっちからもお声が掛かってるもんで。あの男を吐かせて斬っちまえば、どっちに付くにせよ、その首は手土産てみやげになるわけです」

つまり、あの厩番うまやばんが会津の間者なら水戸に、水戸の間者なら会津に首を持って行って、売り込みを掛けるつもりらしい。

あきれた奴だな!しかも天狗党だと?あんた、連中がどんな人種だか知ってて言ってんのか!?」

「荒っぽい連中だってことくらいは」

「ああそうとも!あんたの言ってた水戸の荒くれどもがまさにソレさ!尊王攘夷そんのうじょういなんて言葉を作り出したのも奴らの親玉おやだまだ」

「ともかく、どっちにお世話になるか、決めるのは首級しゅきゅうを上げてからにしますよ」

「ちょ、ちょ、ちょ、落ち着け!物騒ぶっそうなこと言い出しやがって。よく考えろ。あの中には水戸藩士がいるんだぞ!」

阿部は今にも単身屋敷に乗り込みそうな仏生寺の腕をあわててつかんだ。

この男は危険だ。

琴の言ったことが今なら理解できるような気がした。

「一体何が言いたいんです?何だかこんがらがってきた」

仏生寺は片目をつぶってくびの後ろをボリボリといた。

「あの厩番うまやばんがどっちの間者かんじゃにせよ、その天狗党の兄貴分の目の前で斬っちまったら、あんたの立場が悪くなるんじゃねえのかって言ってんだよ!」

「もうね、あれこれ考えるのも面倒くさくなってきましたよ。その吉成って男も一緒クタに斬っちまえば分かりゃしない」

阿部は、その名を聞いて、目を丸くした。

「え?吉成って言ったか?おいおい、そりゃあ水戸の吉成勇太郎のことか?」

この時代には表札というものがないから、外観だけでは屋敷の主人はわからない。

「おや、ご存知で?」

阿部は思わず口をすべらせたことを後悔した。

知っているも何も、水戸の吉成勇太郎には若い頃ちょっとした恩があった。

だが、ここでそれを肯定するのは賢明けんめいでないとわきまえるくらいの分別はある。

「い、いや…ひところ水戸に居たことがあるから、名前くらいは知ってる」

ということは、あの厩番うまやばんの話が本当なら、彼は吉成のコネを利用して長州に近づくつもりなのだ。

「…そういえばあいつ、水戸にくっついて下関へ行くとか言ってたぜ」

ならば自分も。阿部は、胸に期するように口元をひき結んだ。

「それが何かの証明になるんですか」

「そうじゃなくて!つまり、今や挙国一致きょこくいっちで敵も味方もないのかもしれん。そんなのを斬ったらあんただって寝覚ねざめが悪かろ」

「いいじゃないですか、奴が死ねば長州行きの席が一つ空くってわけだ」

「それだきゃ見上げた心意気だがな。じゃあ、なおさら天狗党なんぞに関わんのはやめとけ!」

激しい嫌悪けんおを込めて阿部はその名を吐き捨てた。

「昔、天狗党となにか因縁いんねんでもあったらしいですな」


「あんたは奴らのヤバさを、こころざしを持たねえ人間のあやうさを、全然わかっちゃいねえ。俺は見たんだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ