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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
181/404

蜘蛛の網 其之壱

同日、

黒谷を出た壬生浪士組副長助勤(みぶろうしぐみふくちょうじょきん)原田左之助と元浪士組中沢琴の二人は、二条大橋を渡り、

木屋町通りに(まじ)わる辻に差し掛かった。


「…わらべ唄が聴こえる」

ふと立ち止まった琴が(つぶや)いた。


今や狂気が支配する都にも、

昼下がりの路地(ろじ)にはまだ子供たちの透き通った歌声が残っている。

それはこの街が持つことを許された、わずかばかりの希望に他ならなかった。


「まるたけ えびすに おし おいけ♪

あねさん ろっかく たこにしき♪

しあや ぶったか まつまん ごじょう♪」


通りを曲がると、

そこには奇妙な子供たちだけの王国がある。

芥子坊主(けしぼうず)(3歳くらいの子供の髪型)の少女たちが、細い路地いっぱいに輪になって、二人の行く手を(さえぎ)っていた。

「同じようなのがいっぱいいるな」

原田の(ほお)(ゆる)む。


「せきだ チャラチャラ うおのたな♪」


「ごめんね。通してくれる?」

琴が(ひざ)を折って話しかけると、

芥子坊主(けしぼうず)たちはピタリと歌うのをやめ、

一斉(いっせい)に二人を見上げた。

髪型のせいか、やはりみな同じ顔に見える。

大きな二つの眼、眼、眼。


芥子坊主の輪は二つに割れ、

原田と琴は、まるで玉座(ぎょくざ)に向かう王と王妃のように居並(いなら)家臣(かしん)の間をしずしずと横切った。


二人が通り過ぎるのを待ちかねたように、また唄が始まる。


「ろくじょう ひっちょう通り過ぎ♪」


同時に、輪が閉じた。


「おかしなかんじだな。こんなご時世(じせい)でもやっぱり子供が遊ぶ姿はかわんねえ」

原田が琴の顔を見て、少し(さび)しげに笑った。

「でもきっと、あの子たちもこの騒乱(そうらん)と無関係ではいられない」


「はちじょう越えればとうじみち♪」


「…あんた、子供の頃になにか(つら)い目にでもあったのかい」

「どうして」

琴は前を向いたまま問い返した。

「いや別に。なんとなく、そう思っただけさ」

原田は目をそらし、言葉を(にご)した。

そう、子供の王国は、(もろ)く、(はかな)い。


九条大路(くじょうおうじ)(とど)め刺す♪」


背後から聴こえる最後の一節(いっせつ)に、原田は苦い顔で振り返った。

「…ここいらのガキどもがよく歌ってるが、なんなんだ、あの薄気味(うすきみ)悪い歌はよ」

「都を東西に走る通りを北から順番に並べた歌よ。…丸竹夷二押御池(まるたけえびすにおしおいけ)…さっき歩いてきたのが二条通りで、ひとつ南に(くだ)ったら、ほら、押小路(おしこうじ)通りに出た」

「なるほど、そうやって道を覚えるのか」

「面白いでしょ」

「道なんざ、ガキの頃は近所を走り回ってるうちに勝手に頭に入るもんさ!あーヤダヤダ、何でもかんでもミヤビってわけかよ」

「ふふ。それって、なにかの(ひが)み?」


(かど)を曲がってからというもの、料理屋や、貸し座敷(ざしき)が目に見えて増えた。

そこへ1日の仕事を終えた人々が、いっときの遊興(ゆうきょう)を求めて集まり始めた頃、

琴が立ち止まった。

「ここじゃないかな」


二人が南下してきた木屋町通りに姉小路(あねこうじ)通りが突き当たる三つ辻(みつつじ)にその建物はあった。


「なんで?」

原田がそう言って見上げた二階の軒下(のきした)には「旅籠(はたご)」の袖看板(そでかんばん)、そして入口には「四国屋 丹虎(たんとら)」と()め抜かれた暖簾(のれん)がかかっている。


夕餉(ゆうげ)(かしぐ煙の立ち昇る母屋には、すでに(かたむ)いた陽の光が間口の奥まで射し込んでいた。


「木屋町通りに面した旅籠(はたご)で、離れ座敷があって、しかも…その怪しげな浪士は土佐者だと言ったんでしょう?」

そのあとを原田が引き取った。

「ああ。で、名前は"四国屋"か。なるほどね」


ー四国屋。

新選組に興味のある方なら、その名に聞き覚えがあるかも知れない。


この後、攘夷(じょうい)派の巣窟(そうくつ)として名を()せるこの宿、正確には旅館の離れ座敷は、表向き料亭を営み、

その2階を、土佐勤王党(とさきんのうとう)盟主(めいしゅ)武市半平太に寓居(ぐうきょ)として提供していた。

つまり、京における土佐藩攘夷派の活動拠点だが、浪士組副長(ろうしぐみふくちょう)山南敬介がすでにつきとめていたとおり、現在その二階の住人は京を留守にしている。


「おいでやす」

玄関先の行灯(あんどん)に火を入れようとしていた18、9の娘が振り返った。

「おかあはん、お客様え!」

どうやらこの宿の主人、四国屋重兵衛(しこくやじゅうべえ)息女(そくじょ)であるらしい。

「お疲れ様どした。まずは御御足(おみあし)をお洗い下さい」

この店の女将(おかみ)(おぼ)しき娘の母親が二人を中に招き入れる仕草をすると、下男が水を張ったタライを差し出す。

しかし、原田は敷居(しきい)をまたぐ手前で立ち止まった。

「客ってわけじゃねえんだ」

「はあ?」

女将が小首をかしげたとき。

先ほどの娘がまた近づいてきて、

「これ、届けに行ってきます」

と、手にした書簡しょかんを女将に軽く振ってみせ、それから二人にニッコリと微笑んだ。

「ほな、ごゆるりと」

「ふん、ごゆるりと行きたいとこだが、まだ仕事中でね。俺ぁ、壬生浪士組の(もん)だ」

娘の目が、不安と恐怖の入り混じった色を()びた。

「どうやら、俺たちがどういった人間かご存知(ぞんじ)のようだな」

その、ほんの一瞬、娘が通りの先に目をやったのを、原田と琴は見逃さなかった。

「あっちの家に誰かいるのかい?」

途端(とたん)に、娘の瞳は嫌悪(けんお)一色に塗り変えられた。

「あんたらに答える筋合(すじあ)いはあれへん!出てっとくれやす!」


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