Trouble Sleeping Pt.5
原田は箸をとめて、腕から顔を上げ、急に刺すような眼で琴の顔をジッと見つめた。
「なるほど…あの野郎が言ってた野良猫ってのは、あんたのことか。んで?…あんたこそ、あんなとこで何をしてたんだい」
「あの男をつけてました。そうしたら、黒谷の本陣(金戒光明寺)に入って行ったので」
「入って行ったのでって…どうやって忍び込んだんだか知らねえが、ずいぶん大胆なことやらかすな。あんた、あの男の正体を知ってんのか?」
「そうね。売り出し中の侠客とか…」
原田はせせら笑うような表情で、残りの飯をかきこんだ。
「ふうん。ずいぶんとまた顔の広いこったな」
「別に知り合いというわけじゃありません。ただあの男には、少し聴きたいことがあって」
「へっ!ヤクザ者に何を聴くってんだよ?」
二人は互いに手の内を見せようとしない。
「…ある人物のことを」
「なーるほど。あの男、色々余計なことを知ってそうだもんな。で、あんたの調べてる、そのある人ってのも堅気じゃねえのか?」
「どうかな。私が知りたいのも、その人物の素性…いや彼の役割です」
「役割?そいつは役者かなんかか?ふん、どっちにしろ堅気の商売じゃねえがな」
「ズルいわ。私にばかりしゃべらせて」
琴は、悪戯っぽい目で原田を睨んだ。
原田はそれを軽く受け流し、湯呑のお茶を飲み干した。
「御馳走さん…ゲフ。なに、たいしたこた聞いてねんだ。木屋町にあるどこぞの宿に怪しげな土佐者が出入りしたとかどうとか…そこしか聴き取れなかった。なんなのかね、ありゃ?会津にも、お庭番衆(諜報組織)みたいのがいるのか?」
「土佐者?それは…」
爪楊枝で歯をせせる原田の眼が、さらに鋭さを増した。
「おいおい、俺がそれを知ってたとして、洗いざらいしゃべるほど、あんたのことを信用してるとでも?…コナクソ!小骨が挟まって取れやしねえ。だいたいさ…あんた、ほんとに俺たちの味方なの?」
琴は、つい先ほど仙吉にも同じことを言われたのを思い出して苦笑いした。
「さあ?敵とか味方とか、そういう風に分けて考えたことはないです」
「じゃあ、なんでそんなことを聞く?」
「…」
原田はしばらく待ったのち、楊枝をくわえたままの口元に笑みを作った。
「ダンマリかよ、ちぇ」
その問いに答える代わりに、琴は自説を開陳した。
「あの男が京都守護職の密偵だとして、会津の公用方から内偵を命じられている場所があるとすれば、やっぱり、そこは攘夷派の隠れ家ということになるのかしら?」
「さてどうだか?なんにせよ今から行って、ちょっくらそこを覗いてみりゃ分かんだろ」
「一人で?」
「他に誰かいるように見えるか?」
「そんなのダメに決まってるでしょ。危ないわ」
原田は床几にペタリと両方の腕を重ね、そのうえに顎を乗せた。
「こればっかりは、性分てヤツでな。気になったことは、その日のうちにハッキリさせとかなきゃ、モヤモヤして眠れねえんだよ」
「原田さん…」
原田はその先を言わせまいとするように言葉を被せた。
「まあ、近藤さんに話したところで、勝手なことすんなってドヤされんのがオチだしな。それに、俺の思い過ごしかもしれねえ。だろ?」
「じゃあ、私もついて行きます」
「は~ん?女だてらに威勢のいいこったねえ?」
原田はそう言って天井を仰いだが、
琴は、覆いかぶさるように身を乗り出して念を押した。
「いいですよね?」
原田は答えるより先に、懐へ手を突っ込んで立ち上がった。
「別にかまやしねえよ。…よお、ここに勘定おいとくぜ?釣りはとっときな!」
琴は伏し目がちに微笑んで、あとに続いた。
が、そのとき。
原田が振り返りざま、琴の肩を掴んだ。
「おっと、あんたが先だ」
不意を突かれたとはいえ、身構える暇すら与えず体の自由を奪った原田左之助の俊敏さに、琴は驚愕した。
ひょうきんな言動に惑わされがちだが、この男も近藤勇に選ばれた豪傑のひとりだということに、今更ながら気づく。
背の高い原田は、琴を見下ろすようにニヤリと笑った。
「悪いな?まだあんたに気を許したわけじゃねえんだ。後ろからグサリとやられたんじゃ堪んねえからな」
「…大袈裟ね」
琴はため息をつき、言われるまま前に立って歩きだした。
こうして、中沢琴と原田左之助は、奇妙な縁から連れ立って木屋町に向かうことになった。
はずだったが。
そこへ背後から2人を呼び止める声が聞こえた。
「お侍さん、これ、全然足れへん!まむし、二百文どす」
振り返ると、飯屋の下働きの娘が暖簾をかき分けて顔を出している。
「に、に、二百文て!ボッタクリじゃねーか?!」
ここまで何ごとにも動じなかった原田が、眼を白黒させて狼狽える。
琴は、無言のまま財布から銀貨を2枚出して、娘の手のひらに載せた。
原田は決まり悪そうにその様子を見ながら、モゴモゴと言い訳をはじめた。
「い、いいか!?ほんの一時立て替えてもらうだけだからな!この程度の貸しで信用されたとか思うなよ?」
「ええ、期待してない。返済は、出世払いで結構よ。原田先生」




