表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
179/404

Trouble Sleeping Pt.4

さて、今度は少し時計の針を進めたい。


同日、黒谷、会津本陣近在の飯屋。

境内けいだいで行われている上覧試合も終盤しゅうばんに差し掛かったころのこと。


壬生浪士組副長助勤(ふくちょうじょきん)原田左之助は、なぜか一人メシを食っていた。


相席あいせきしてもいいですか」

聞き覚えのある声に、原田は顔を上げた。

「ん?あんた」

一瞬固まった原田の表情からは、考えがありありと見て取れた。


― 目の前にいる人物をたしかに知っている。

そう、以前、沖田総司から紹介された中沢良之助の妹、いや姉だったか。わざわざ男装してまで浪士組に潜り込んだという変わり者で、線は細いが、五尺六寸(約170cm)はある背丈のおかげで、男と言われればそう見えなくもない。

名をお琴といったはずだ。


「どうぞ。お琴ちゃんだっけ?なんだい、山南さんでも待ってんのかい」


琴は思わず漏れそうになる笑いをみ殺してお辞儀じぎした。

今も着流しに一本差しという出で立ちをしている。


「この格好で?まさか!原田さんこそ上覧試合は終わったんですか?」

「んにゃ」

原田は琴が着ている服などまったく興味なさそうに、むずかしい顔で(どんぶり)(にら)み始めた。


「…じゃあ、こんなとこに居ていいんですか」

「なんかさ、つまんねえから先に出て来たんだよ。したら、この店からいい匂いがするんで、釣られちゃってよ」

「つまんないからって、勝手に出てきていいもんでもないでしょう?」

いわば御前(ごぜん)試合を途中で抜け出してくる原田の気儘(きまま)さに琴はあきれ返った。

「俺がいなくなったって、べつに誰も困りゃしねえよ」

「…二階の座敷で食べたほうがいいかも」

琴は店内の客を見渡して声をひそめた。

「このガヤガヤした雰囲気で食うのがいいんじゃねえかよ」

昼食時の店内には、黒谷の本陣ほんじんに出入りしていると(おぼ)しき植木職人なども見受けられる。

原田は他人(ひと)耳目(じもく)など、いっこう頓着(とんちゃく)する気配もない。


「壁の品書きを見てみな。ほら、マムシって書いてあんだろ?」

「え?あ、はあ」

琴は振り返って壁に掛けられた木札の、のたくったような文字をながめて、間の抜けた返事をした。

「お高くとまった京料理にしちゃあ、なかなか思い切ったもんを出してくるじゃねえか。な?」

「あの、原田さんあれ…」

琴は何か言おうとしたが、原田は勢いに任せて話しつづける。

「そっちがそう来るなら、受けて立たにゃあ、わざわざ京くんだりまで上ってきた坂東武者ばんどうむしゃ(関東の武士)の名が(すた)るってもんだろうが」

「そういうものなんですか。でもあの、」

「と!あんたが入ってくるまでの俺は思ってたわけよ」

「はあ…」

琴はうんざりした顔で頬杖ほおづえをついて、原田の取り留めのない話が終わるのを待つことにした。

「ところがさ、話のタネにって食ってみたらよう、これがまた、なかなか。なんつーのかなあ。オツな味なんだよ。例えれば、んー、そう!(うなぎ)?みたいな?」

「原田さん、だってそれ、(うなぎ)蒲焼(かばやき)だから」

琴はそう言って、原田のどんぶりを指した。

「いやいや。運んできた姉ちゃんもマムシつったぜ?」

「だから、こっちじゃうなぎの丼をまむしって言うんですよ」

「なんで?」

「さあ」

「ふーん…俺も変だと思ったんだよ」

原田はさして驚く風もなく、(うなぎ)の切れはしを軽くハシでつまみあげてながめた。

彼の興味はすでに別のものに移っていた。

「あんたさ、なに頼んだんだ?」

原田は無遠慮ぶえんりょに琴をハシで指した。

「塩焼きのあゆ

「あのちっちぇー川魚かよ。あんなもん伊予にだって珍しかないぜ?小骨こぼねばっかじゃんよ」

「今朝、鴨川にあみを打つひとを見て、なんだかそういう気分になったから」

「なあ、聞いていいか?あの、銀鱈(ぎんだら)味噌みそ焼きってなよ、美味(うま)いのかな」

「さあ。こっちの味噌(ミソ)は甘いから、私は口にあわないけど」

「ふーん。俺ぁ、伊予の出でね。ようやく江戸前の味に慣れたと思ったら、今度は京だろ?まったくやんなっちまうよな」

「…坂東武者じゃなかったんだ」

「いや、あそこで西国出身とか言ったら話がつまんなくなるなと思ってね。そういや、あんたさ、江戸には帰んないの?」

「ええ、まだもう少し都の雰囲気を楽しむつもりです」

琴は答えをはぐらかした。

「理由は、山南さんかい?」

「え?」

原田はそのとき初めて目の前にいる美しい浪人をしげしげ眺めて、なぜか少し照れたように頭をきながら、

「総司がさあ、あんたのこと、山南さんのコレだって」

と、もう一方の手で小指を立てて見せた。

琴は少し眼を伏せて視線を外した。

「そんなのじゃありません」

「ああそ!ああそ!まあ、ありゃあ、やめといた方がいいな。どう見たって、相当な奥手おくてだかんな。待ってたって何時いつになることやら…」

「ねえ、原田さん」

琴は、いつ尽きるともしれない無駄(むだ)話を(さえぎ)った。

「んん?」

「あの頬傷ほおきずの男に、何を聞いたんです?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ