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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
174/404

上覧試合 其之弐

「…ほう」

容保が思わず嘆声(たんせい)をあげる。


一瞬の間をおき、

会津藩士たちが万雷(ばんらい)喝采(かっさい)を浴びせた。

「お目汚めよごし、失礼致しました」

土方は優雅にお辞儀(じぎ)をしてみせる。


拍手が鳴りやまぬ中、近藤だけがけわしい顔で宙をにらんでいる。

「ケンカじゃねえんだぞ…上覧試合じょうらんじあいで型を見せねえでどうする」

その愚痴(グチ)が容保の耳にも届いたらしい。

「しかし近藤、あの男の機転きてん兵法(へいほう)にも通じる。大したものではないか」


「そのように大層たいそうなものでは…いや、お()めにあずかり恐縮にございまする」

上機嫌じょうきげんの京都守護職を見て、近藤はとりあえず胸をでおろした。

ともかく、土方という男は、我流がりゅうながら実戦には滅法めっぽう強かったと伝わっている。


しかし、近藤はすっかり忘れていた。

一癖ひとくせある門弟(もんてい)は、なにも土方だけではないことを。

つづいて佐々木愛次郎、佐々木蔵之助の名が呼ばれた途端とたん

今度は原田左之助が(はじ)かれたように井上源三郎の胸ぐらに(つか)みかかった。

「あ、あ、愛次郎?おい!なんで愛次郎なんだ?!俺はー?!俺の出番は!!」

「…じゅ、柔術…柔術の試合だからだ…く、苦しい、その手を離せ…!」

原田は思わず力一杯井上の襟首(えりくび)を締めていたことに気づき、あわてて手を離した。

「おっと、すまねえ!思わず熱くなっちまって!あ、なーるほど、柔術か、なるほどねー。愛次郎の野郎、あれで柔術の腕前だけはなかなかのもんだからなあ…ダケはな!ま、アレか、柔術じゃしょうがねえよなあ?」


「ゲホ、まったく」

井上はむせ返りながら原田を(にら)みつけた。



さて、冷や汗の止まらない近藤を余所よそに、試合は粛々(しゅくしゅく)と進む。


「いや、緊張しました」

端正(たんせい)(おもて)に浮かぶ玉のような汗を手の甲で(ぬぐ)いながら、佐々木愛次郎が引き上げてきた。

井上源三郎が、例の人のいい笑顔で出迎える。

「そうは見えなかった、なかなか堂に入ったもんだったぞ」

原田は滑稽こっけいなほど、不満をあらわにした。

「けっ!」


松平容保は、新しい戦力となった浪士組が存外(ぞんがい)に頼もしいことを知り、すっかりご満悦まんえつで、やや口も(なめ)らかになってきた。

「芹沢、近藤、そして新見。そちらの働きには大いに期待するぞ」

「は!」

三人は口をそろえた。

容保はなおも続ける。

「長州藩、それに薩摩・土佐の一部過激派は、『天誅(てんちゅう)』と称する暗殺をこの京でおおっぴらに行うことで、反対する公家の恐怖を(あお)っているのだ。

事実、彼らの意見は、朝廷を通して幕政(ばくせい)に影響を及ぼし始めている。

外様大名(とざまだいみょう)が、国政に口出しするなど前代未聞ぜんだいみもん、あってはならんことだと一橋公ひとつばしこう(後の徳川慶喜)も懸念(けねん)しておられる。

其方そなたたちの役目は、単に京の治安を守る以上の意味があることをきもめいじてもらいたい」

「京の町を守ることが、文字通り幕府をおまもりすることにも通じると言うわけですな」

新見錦がしたり顔でうなずく。


永倉新八が苦虫を()(つぶ)したような顔で、もう一人の副長山南敬助に耳打ちした。

「おーお、聞いた?新見のお追従(ついしょう)鳥肌(トリハダ)が立つね」

「しかし」

山南は、中沢琴につくろってもらったそでの縫い目をもてあそびながら眉間みけんしわを寄せる。

大樹公たいじゅこう(徳川家茂)の思惑(おもわく)を置き去りに、彼ら攘夷派が声高(こわだか)に叫ぶ”列強との決戦”は、まるで既定路線(きていろせん)のごとく一人歩きを始めつつある」

「なーにが言いてえんだよ?」

諸藩(しょはん)は、すでに(いくさ)に備え兵糧(ひょうろう)備蓄(びちく)に走っている。このところの米相場こめそうば高騰(こうとう)はそのせいだ」

「つまり何か?俺たちが奴らを一人ぶった斬るたびに米の値段が下がるとでも?くーっだらねえ戯言(たわごと)だ!」

「そうは言わん。ただ、この国に住む人間は、好むと好まざるとに関わらず、すでにみな攘夷騒動の渦中かちゅうにあるということさ」

「チェ~ッ、どいつもこいつも勇ましいこった!この国にゃあ、身体からだを張って(いくさ)を止めようってぇ殊勝しゅしょう殿様とのさま目付(めつけ)はひとりもいないのかねえ?」

永倉は親藩(しんぱん)の前当主でもある松平容保に気兼(きが)ねしてか、声をひそめて毒づいた。

汗を拭きながら席に戻って来た土方歳三が、

「ハ!いたとしてもだ。このご時勢じせい、そんな奴らが、いつまでも生かしといてもらえるわきゃねえだろ」

と、さも愉快ゆかいげに(ちまた)天誅騒てんちゅうさわぎを皮肉ひにくる。

ヒマを持て余す原田が、その意見にすかさず便乗した。

「やるかやられるか。分かり(やす)くていいじゃねえか。どっちにしろ、いつまでも兵隊さんゴッコにチンタラ付き合うのはきだぜ。この場を借りて、一丁いっちょおめえらにも命のやり取りってヤツを思い出させてやらあ!」


いつの時代も、外圧に弱腰よわごしの政治家に対して世間の風当たりは厳しい。

ましてや当事者意識のない国民が、無責任に「ヤレ、ヤレ」と(はや)し立てる現代とはわけが違う。

この時代の若者たちは、みずから切り込む覚悟でいるのだから、なおのことだ。


それはさておき、

上覧試合もいよいよ佳境かきょうに入った。

会津藩公用方あいづはんこうようがた秋月悌次郎(ていじろう)も身を乗り出して、

「殿、ごらんあそばされませ。次にひかえる両名は、隊内屈指たいないくっしの使い手にございます」

と解説を加えた。


「第三試合。神道無念流しんとうむねんりゅう免許、永倉新八、無外流むがいりゅう、斎藤一。これへ」


しかし。

試衛館一の暴れ者、原田左之助は、もはや内なる衝動(しょうどう)を抑えきれない様子で、

き腕のこぶしを左の手のひらで包み込むようにして、指の骨をポキポキ鳴らした。

「おーいおい、俺の出番てなぁ、いつんなったら周ってくんだあ?あーうでが鳴る。あー、指も鳴っちゃってる!」


井上源三郎は、いつまた原田につかみかかられるかと警戒しながら、組み合わせを書いた紙をチラリと見て、用心深く言葉を選んだ。

「あ、あ〜、いいかい?落ち着いて聞いてくれよ?つまりその、非常に言いにくいんだが、あ~、残念なことに、(ヤリ)は、本日の予定に入ってないようなんだ」


すでに立ち上がっていた永倉新八が、井上の気遣きづかいを踏みにじるように腹を抱えて笑いだした。

「ダーッハッハ!イーッヒッヒ!お生憎様アイニクサマだなあ、左之助ぇ?!そこでおとなしく座って見てろ!」


「ムキー!!てめえ、この野郎、殿様の前でこっぴどく負けて赤恥あかっぱじきやがれ!このバーカ!バーカ!」

原田は、髪をかきむしって悪態あくたいをついた。


永倉は涼しい顔でそれを受け流すと、斎藤一の肩をポンと叩いた。

「斎藤よう、んじゃま、俺たちも死なない程度に頑張るとしようぜ?」


それまで、まるで眠っているかのごとく微動びどうだにしかなかった斎藤一が、薄く目を開き、無言で竹刀をつかんだ。



今や、原田左之助はすっかり不貞腐(ふてくさ)れている。

永倉と斎藤が構えに入るや、

さも退屈した風に、(ふところ)で胸板をボリボリ掻きながら、のっそり立ち上がった。


「おいおい、どこに行くんだい?」

井上が慌てて原田の(はかま)(すそ)をつかむと、原田はシラけた顔で、手をヒラヒラ振ってみせた。

「小便だよ、しょーべん!永倉がカッコつけてるとこなんざ、アホらしくて見てられっかよ!斎藤に言っとけ、あんなドスケベ野郎に負けたら承知しねえってな!」


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